第19話 三日目03:00
夜の見張りに起きた天童は、風に当たりながら思索していた。状況が急変した昨日と比べて、ある程度落ち着いて、視野を広くもつことができた。
破芝は、この島に一千人連れてきたと言った。
日本本土ではどのように報じられているのだろうか。これだけの規模で一斉に拉致されたとなれば、大騒動になっているのが普通だろう、と感じる。両親や友人たちは心配しているはずだし、多数の捜索願が警察に届くはずだ。
だが、同時に、それをもみ消せるような力を破芝たちが持っている、という可能性も頭を過ぎった。
島を所有し、舞台を整え、武器を揃え、何より、身体強化剤を数千、数万錠用意できるだけの力。
どこかの大企業や軍と繋がっているのかもしれない。破芝自身も、背景にある組織の存在を匂わせていた。普通に考えて、一介の高校生である天童玲にどうこうできる問題ではない。
破芝たちに楯突こうとしている赤星恒晴は、はっきり言って無謀だが、そういう男なのは前から知っている。問題は、暴走しないように制御できるかどうかだ。
月影芙和は、まだ戦力として計算するのは危うい。朝、身体強化剤を飲むのには躊躇しなかったが、敵を攻撃できなかった。赤星が駆けつけていなければ、薬の効果が切れて、月影は死んでいたかもしれない。
自分の力を過信するわけではないが、この三人の中で一番安定した戦力になるのは自分だ、と天童は自負している。
(朝の襲撃も、僕の策がなければ確実に決まっていた。僕がしっかりしていないといけない。何かミスったら、それだけで三人全滅もあり得る……)
司令塔としてまっとうな危機感と責任感だったが、いささかひとりで背負い込みすぎていることについては無自覚だった。天童の精神状態は、今後の展開を少なからず左右する。
見張りを続け、午前三時を回ったところで、通信端末が振動した。通話ではなく、ショートメッセージだった。赤星や月影からの連絡かと思ったが、違った。
氷川:夜分にすみません
氷川:起きていたら返事がほしいです
昨日の昼に会ったバンドの、無表情なギタリスト。寡黙でほとんど印象に残らなかったが、何か伝えそびれていたことでもあるのだろうか。
起きている旨を返信すると、氷川は立て続けにメッセージを送ってきた。
氷川:昨日はどうもありがとうございました
氷川:急ぎの用ではないんですが
氷川:日下や大岩の振る舞いで、そちらの気分を害したんじゃないかと思って、謝罪したいです
氷川:すみませんでした
天童は意外に思った。憮然としているようにしか思っていなかったが、内心でそんなことを考えていたとは。
天童は別に気を悪くしていないし、赤星も月影も同様だろう。当初、日下は天童を恫喝し、大岩は不信の目を向けてきていたが、それは自分たちの身を守るための当然の行いだ。
その旨を返信して話は終わりかと思ったら、氷川はさらに続ける。
氷川:明日(といってももう今日ですが)一緒に配付所に行けるというのも
氷川:とても心強いです
氷川:日下も大岩も同じ気持ちだと思います
氷川:昨日は敵に襲われないか、ずっと不安でした
率直で、好印象だ。そして、信頼してもらえていることを嬉しく思う。
だが、氷川の文章からは少し卑屈さも感じる。別に、天童が氷川たちに施しをしたわけではない。共闘することでお互いにメリットがあるから成立したわけで、立場は対等のはずだ。
という旨の返事を書くよりも早く、氷川のメッセージは続いた。
なぜか身の上話が始まり、天童はその後の数十分のうちに、彼らのバンドが「ギャラクシー・メテオ」という名称であること、由来は彼らの苗字であること、拉致されたのはライブで演奏した帰りだったことなどを知った。話を制止するタイミングを失った感があるが、知っていて損する話でもないし、何も起きない夜の見張りで、うっかり寝てしまうのを防ぐ意味では有益かもしれないと思って付き合った。
氷川:ギャラクシー・メテオは本当は四人組なんです
氷川:この島には三人しか来てないですけど
天童:……残りのひとりは、本土に?
氷川:おそらくそうです
氷川:ベーシストの銀林由貴
氷川:ギャラクシー・メテオの紅一点なんですが
氷川:俺たちがいなくなって、心配してるはず
天童がさっきまで考えていたことと似通っていた。この島にいるひとりひとりに、家族や友人がいる。当然、開始早々に狭井に蹴散らされた者にも同じことが言える。
氷川:これは本人には言わないでほしいんですが
氷川:うちのボーカルの日下は銀林のことが好きです
氷川:銀林は日下のことが好きです
氷川:でも、まだ彼氏彼女ではありません
氷川:ふたりとも自分が片思いしてると思ってます
天童としては反応に困る話だった。ふたりの恋愛を応援してくれということなのか? 共闘相手とはいえ一度会っただけの日下と、顔も知らない銀林さんとやらの仲に、天童がどうこう言えるとも思えない。
が、氷川の意図はそんなところにはなかった。
氷川:もし、俺たちが襲われて、誰かを見捨てないといけないとなった場合
氷川:俺や大岩よりも優先して、日下を守って欲しいんです
氷川:俺たちが生き残って帰れたとしても、日下が死んでいたら銀林が悲しむ
氷川:まあ、銀林はいい奴なんで、俺や大岩が死んで悲しんでくれると思うんですが、
氷川:一番大事なのは日下なんです
氷川:だから、もしものときは頼みます
氷川が長々とメッセージを連ねたのは、これを言うためだったのか。ずいぶんと回りくどい話だが、丁寧な人だとも思った。少なくとも天童に不快な念はなかった。
天童としては「いやいや、六人で行動していれば絶対にそんなピンチにはなりませんよ」と、根拠のない返事で安心させることもできたが、氷川が求めているものは、そんな気休めではなさそうだった。
天童:本当に、それでいいんですか?
天童:それで氷川さんが死ぬことになっても、後悔はしませんか?
氷川:しない
氷川:逆に、日下を死なせてしまって、俺が生き延びてしまったときのほうが怖いです
即レスだった。
ならば、何も言うまい。彼の意志を尊重すべきだ。
天童は氷川に約束した。可能な限り全員の生存を目指すが、優先順位をつけざるを得なくなったら、日下の保護を優先する。
氷川:ありがとうございます
氷川:メッセージ、長々とすみませんでした
そうして、氷川の連絡はようやく終わった。午前四時前になっていた。配付所が開くまで、あと三時間。