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第15話 二日目08:15

 赤星たちはホテルの内部に入るよりも先に、駐車場の死体を確認しにいった。

 死体は三人分。いずれも高校生。男がひとり、女がふたり。性別の構成は初日に会った木崎たちと同じだが、この三人は見ず知らずの他人だった。

 三人とも両手両足が揃えられ、整然と並べられている。目は閉じられ、表情は穏やかだ。一見すると眠っているようにも見えるが、声をかけても揺り動かしても反応がない。

「呼吸も鼓動もない。間違いなく死んでる」

 天童が確認し、力なく首を振った。月影は涙目になりながら合掌する。常識的には、警察や救急車を呼ぶべき場面だが、この島にそんなものはない。


 赤星はホテルを睨みつけていた。いくら睨もうと透視できるはずもないが、それを目指しているかのような力の入れようだった。

「あいつらの仕業なのか?」

 赤星の言うあいつらとは、今し方尾行した三人のことだ。彼らはこのホテルを拠点にしている。その拠点のそばに死体がある。犯人であるかどうかはわからないにしても、関わりは強い。

「あいつらが狭井みてーなことをしてるんだとしたら、俺は」

「そう決めつける前に、少し考えようか」

 天童が赤星の言葉を遮る。

「彼らが犯人だとして……、いや、この際、犯人はあまり関係ないな。とにかく、不自然だと思わないか?」

「ああ? どこがだ?」

「昨日の狭井みたいに、ここで暴力沙汰があったとする。身体強化剤を使って、三人を殺した。だとすると、どうなる?」


 教師のように問いかける天童に、先に反応できたのは月影だった。

「そっか、そういうこと……」

「な、何かわかったのか月影!」

「こーせーくん、よく見て! 身体強化剤を使って戦ったんだとしたら、この人たち、綺麗すぎるんだよ!」

「……あ」

 肉体の欠損は見られず、五体満足。それどころか、打撲の痣すらも見当たらない。赤星たちに専門的な検死ができるわけもないが、素人目で見る限りは外傷はなかった。昨日、狭井が殺した死体とは著しく異なる。

「あと、付け加えて言うなら、周囲の状況。ホテルの建物が無事だし、駐車場のフェンスも壊れてない」

「なるほどな。天童、月影、ナイス解説。馬鹿な俺でも理解できたぜ。だがよお……」

 赤星は素朴な疑問を口にする。

「だとしたら、何でこいつらは死んでるんだ?」

 一瞬、ふたりは言葉に詰まった。

「病死……なわけないよね。三人も同時に……」


 天童は正解に至っていなかった。頭をかきながらしゃがみ込み、死体を検分する。

 死んだ男子の制服のポケットを探ってみたところ、錠剤が二錠残っていた。身体強化剤の飲み過ぎによる副作用を疑ったのだが、その線はなさそうだった。

 月影は少し離れたところに立って、記憶を反芻した。無傷のように見える死体。今日尾行した黒いジャケットの金髪の男。ビジュアル系バンド風の出で立ち。そして、このホテルの設備。

 諸々に思いを巡らせた後で、ぽつりと呟くように言った。

「……もしかしたら、わかったかも」

 月影が自分の推測を語ると、赤星も天童も納得した。そして、バンド風の男たちと接触することを決めた。


 ホテルに入り、案内板を確認すると、月影が予想した通り、地下に宴会場があった。本来の用途は結婚披露宴などなのだろうが、件の三人は別の使い方をしている。

 敵を殺すための装置として転用している。

 ロビーには自動販売機があった。乱暴に破壊され、中身の清涼飲料水が抜き取られている。顔を洗うのに使ったのは海水ではなくミネラルウォーターだったか。尾行のきっかけになったことだが、今となっては些事だ。

 暗い階段を下りていく。照明は落ちているため、スマートフォンを明かりにした。宴会場を探り当て、ドアの前に立つ。

 まかり間違うと、入った途端に即死するかもしれない。天童が先に入り、赤星と月影は少し離れて待つという布陣を採用した。最悪の事態が起きても、全滅だけは避けられる。


 天童がドアを開けると、予想どおり、三人がいた。

 洋風の円卓がいくつも並んでいるが、テーブルクロス等の飾り付けがなく殺風景な印象。初日の講堂よりも小さいが、それでも百人以上を収容できる広さがあり、がらんとしている。

 三人はステージの近くのテーブルで食事をとっていた。先ほど配付所で受け取ったばかりの食糧。弁当箱になっていて、きちんと箸まで備えられていた。三人とも食べ物を咀嚼しながら、天童に気づいて全員同時に立ち上がった。

「モガガ! モガガガガガ!」

「モガガガ。モガ、モガガガガ」

「……モガ」

 全員、物を口に入れたまま喋っているので、日本語に聞こえないが、それでも意志疎通に支障はないらしい。軽やかに跳んでステージに上がった。

 ステージには楽器があった。エレキギターと、ドラムと、スタンドマイク。島に連れてこられた経緯からして、彼らの私物というわけではないだろう。ホテルの備品か、あるいは他の場所で調達して運び込んだか。いずれにせよ、彼らは見た目どおりにバンドマンだ。各自、位置について、自分の楽器を手にした。

 天童はそれを見て呟く。

「……月影さんの予想は当たってたみたいだな」

「おい、アンタ! 警告するぜ! 今すぐここを立ち去らないと敵と見なす!」

 ボーカルの男が食べ物を呑み込んで日本語を話した。

「俺たちのナリを見て、ただのバンドと思ったんなら大間違いだ! これから始まるのは『デス・ライブ』だ!」

「矛盾を感じる熟語だなあ……」

 三人がステージから天童を見下す位置関係。ボーカルは左手で天童を指さして、右手の指先で身体強化剤を摘んでいた。いつでも飲み込めるぞと、これ見よがしに強調してくる。

「コレがどんだけ危ない代物か、わっかるよなー? ま、アンタも同じ物を持ってるだろうけど、たぶん俺のほうが強えーぜ? 試してみてもいいが、アンタが死ぬだけだから、それが嫌ならさっさと帰れ!」

「予告してくれるなんて、君たちは優しいね」

 さっきの敵とは大違いだ、と天童は穏やかに微笑んだ。ゆったりとした動作で、テーブルのひとつに腰掛けた。

「少し話す時間をくれないかな? 君たちが悪い人間じゃないのはわかった。協力できればいいなと思ってるんだ」

「はっはーん! 真っ向勝負じゃ勝てなさそうだからって、俺たちを騙くらかそうって魂胆か! そんなの通用--」

「駐車場にあった死体のことだけど」

 天童が指を一本立てて、ボーカルの話を遮った。

 ステージ上の三人の顔色が変わる。明らかに緊張の度合いが増したのを確認しつつ、天童は踏み込む。

「あれって、犯人は君たちだよね?」

「……だったら、どうするー? そうかもよー? 俺たちはこわーいこわーい殺人者だぜー? 逃げるなら今のうちだぜ!」

「正当防衛だろ?」

 再び、三人の表情が変わった。天童への敵意が薄らぎ、きょとんとした顔。

「……アンタ、見てたのか? 俺たちがあいつらを殺すところ」

「まさか。見てたら僕も死んでるはずだろ?」

「なら、何でだ! 何でわかる!」

「死体を見て気づいたんだよ」

 実際に気づいたのは僕じゃなくて僕の仲間なんだけど、と補足しつつ、天童は答え合わせをする。

「君たちの攻撃手段は、音だ」



 初日、狭井から逃げるために走った彼らは、偶然にこのホテルを発見した。他に受験者はおらず、倉庫の備品も手つかずになっていたのは大きな僥倖だったが、それ以上に、地下の宴会場は彼らにうってつけだった。

 作戦を立てたのはドラム担当の大岩だった。このバンドのリーダーでもある彼の提案に、ボーカルの日下もギターの氷川も反対しなかった。

 彼らは三人で宴会場に立てこもる。敵が襲撃してきたら、日下が身体強化剤を飲み、あらん限りの力でシャウトする。電気が使えない今、最も容易に爆音を作り出せるのは日下だった。

 声の美しさはともかくとしても、声量に関して日下は自信をもっていた。それが身体強化剤によって増幅される。くわえて、宴会場では音がよく響く。

 大岩の作戦は、日下の声で敵を怯ませた後で、殴る蹴るといった攻撃を加えるというものだった。

 運営者の破芝は殺人を促しているが、自分たちは他人を進んで殺すことはしない。したくない。ただし、襲ってくる敵であれば殺すのもやむを得ない。


 この作戦を使う機会が来なければそれが一番いいと思っていたが、初日の夜、早くも好戦的な受験者三人がこのホテルを見つけ、宴会場に入ってきた。

 大岩と氷川が耳栓をして待機する中、日下は戦闘を回避するために虚勢を張って脅しをかけたが、相手は聞く耳を持たなかった。

 聞かない耳に、殺人的な大音量を叩き込んだ。

 シャウトした後で、日下は戸惑った。音に怯んだ相手と戦うというプランは瓦解した。音によって鼓膜や脳にダメージがあったのか、敵の三人がその場に倒れてしまったからだ。



「音の攻撃が有効に働くためには、密閉空間が都合がいい。つまり、君たちは自分から誰かに攻撃を仕掛けることはない。敵が空間に入ってきたら反撃する戦い方だ。専守防衛の、良心的な人たちなんじゃないか、と推測した」

 とはいえ、当てが外れた時に備えて、赤星と月影がドアを開けたまま抑えている。申し訳程度かもしれないが、これで音は拡散するし、天童の逃走の助けにもなる。

「そこまで見抜けるもんなんスね……」

 驚き呆れて敬語になった日下に、天童が解説する。

「死体が耳から出血してたんだ。あと、君たちの容姿も見てたから、音かな、って僕の仲間が気づいた」

「そもそも、死体にはブルーシートを被せておいたのだが、よく見つけたな」

 今まで黙っていたドラムの大岩が口を開いた。ギターの氷川も同じことを気にしていたようで、小さく頷く。

「ブルーシートは、僕らが来たときにはなかったよ」

「うわ、じゃあ、風で飛んだんスかね。仏さんに申し訳が……」

「重石の置き方がまずかったか」

「それ以前に、やっぱり屋内に置いておくべきだったよね」

「いや、だって仏さんが近くにあるの怖いじゃんよ! それも俺が殺したんだぜ? 怖えよ!」

 日下が頭を抱えてうずくまった。大岩と氷川は歩み寄って慰めようとする。

 その様子を見て、天童は「見た目によらず、いい人たちだなあ」と感嘆した。

 人を殺したことに罪悪感を抱ける、まともな人間だ。


 大岩は天童を見据えて言う。

「お前は、俺たちの作戦をそこまで見抜いておきながら、耳栓もせずにここに来たのだな」

「うん、まあ、いざとなったら指で塞げばいいかなと思ったし、そもそも、耳栓してたら話ができない。僕は攻撃しにきたんじゃなくて、話をしにきたんだ」

 大岩は細い目を見開いた。

「……まだ、俺はお前のことを疑っている。油断させて騙し討ちをしようとする卑劣な奴ではないか、と」

「それは無理もない。命に関わることだしね。僕らもさっき、そんな人たちと戦ってきたところだし」

「だが、話だけなら聞いてもいいと思っている」

 そう言って、大岩は丸めた紙片を天童に投げてきた。受け取って広げると、電話番号が書かれていた。

「面と向かっての会話は拒否する。だが、お前たちがこの場から離れてくれた後で、通話するなら受ける」

「……ありがとう。そうすることにするよ」


 この危機意識の高さは僕以上だ、と天童は敬意に近いものを抱いた。同時に、この慎重さを少しくらい赤星に分けてくれたらいいのに、とも思った。


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