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第14話 二日目07:50

 ほどなく赤星の麻痺が解けたので、三人は尾行に動いたが、その前に、天童は倒れている田賀原から薬を回収した。まだ気を失っているが、目覚めたときに薬を持っていたら脅威になりかねないからだ。

 ポケットを探ると、三錠出てきた。一錠は昨日の配付分、一錠は今日の配付分、もう一錠は他の受験者から奪い取ったものだろう。

「そういや、建物の中にいた奴らは放置でいいのか? あいつらも薬持ってるだろ?」

「彼らのはもう回収済みだよ」

 赤星の問いかけに、天童はさらりと答える。戦闘直後に、すべきことは抜け目なく終えていた。

 とはいえ、彼らに止めを刺すことまではしない。自分の手で人の命を絶つのは強い抵抗がある。かといって、野放しにしておくわけにはいかない。薬を奪うのは、天童にとってちょうどいい落としどころだった。

 薬を失った彼らは今日一日、身体強化した者に襲われたときに身を守る術を持たない。狭井兄弟に遭遇しようものなら容赦なく蹴散らされるだろう。天童が自分で手を下したわけでなくても、間接的に死に追いやることになる。罪悪感を覚えるところではあるが、これは必要悪だと自分に言い聞かせた。


 出発時に手間取ったため、尾行対象の三人はかなり先を行っていたが、天童たちが見失うことはなかった。道路はほとんど一本道で、見通しがいい。

 しかし逆に言えば、先を行く三人が振り返れば、天童たちを確認できるということでもある。

「電柱に隠れながら行こう」

「何だか、小学生の遊びみたいで懐かしい感じ。ケードロとか」

 天童の提案に、月影が微笑で応じた。

 小学生の頃からの仲だ。昔から優等生で通している天童も、低学年の頃は学校の休憩時間や放課後によく遊んだものだった。

 五年生や六年生になると、その手の遊びをする機会が段々と減っていき、競技性のある種目をするようになった。これは天童だけでなく、周りの友人皆がそうだった。

 年齢を重ねるごとに、ルールの整った方向に進む。

 不自由な方向に進む。

 それが悪いことだとは思わない。競技なら、見ず知らずの赤の他人ともルールを共有できるから、より広い世界に立てる。ただ、代償として何かを失ってしまったような気もする。

 唯一、その枠から外れていた友人は、赤星恒晴だった。


「しっかし、本当に淡水なんかあんのか?」

 赤星が素朴な疑問を口にした。

「見たとこ、川とかなさそうじゃねーか? この島」

「山があるんだから、川があってもおかしくないと思うけど……」

 月影が自信なさげに応じ、

「彼らが使った水が川とは限らない。地下水かもしれない」

 天童は淡々と指摘したが、赤星は珍しく思案気な顔つきになった。

「あいつらも普通の高校生だろ? 地下水をそんな簡単に使いこなせるのか? 結局、海で洗ってましたってオチだと思うけどなあ」

「それならそれで別にいいんだ。水は得られなくてもいい。かわりに、海の近くに拠点を置くことのメリットとデメリットを観察できる」

 天童としては、他の受験者の情報を少しでも仕入れたいところだった。どんな敵がいるか、前もって知っておけば対策が打てる。また、この島で生きていく術を学ぶ機会にもなるかもしれない。

 相手に見つかって戦闘になるリスクは当然あるが、昨日と違って今は身体強化剤が潤沢にある。逃げることは容易い。

「それに、もしかしたら狭井の居所の手がかりになるかもしれないよ? 拠点にできる土地ってことは、それなりに利便性があるってことだろうし、彼ら以外にも人がいるかもしれない。狭井本人がいる可能性もあるし、いないとしても、狭井の手がかりを知ってる人がいるかも」

「……そういうことは早く言えや」

 天童の思惑通り、赤星の表情に気力が漲った。倒すべき敵のことになると、赤星はやる気を出す。あまり煽りすぎて暴走されると厄介だが、加減を心得れば問題ない。

「天童くん、こーせくんのこと、よくわかってるねえ……」

 赤星の耳に入らない程度の囁き声で、月影が感心した様子で言った。


 二十分ばかり尾行した。市街地から離れ、海沿いの車道をひたすら歩いていく。海風が吹きすさび、着ている服がはためく。音が響いて尾行がばれないように、自分たちの身体を抱くようにしながら進んだ。

 東に海、西に林を見ながら北上していく。やはり彼らの使った水は海水だったということだろう。結論は一応出たが、彼らの拠点まで尾行は続ける。

 道は緩い登り坂になっていて、坂の上に一軒だけ建物が見えた。

 白い洋風の館。三階建てで、エントランスと思しき部分だけが三角屋根。近づいていくにつれて、他の部分が広い面積を占める扁平な作りだとわかった。

 観光客向けのリゾートホテルのようだが、看板が壊されていて施設の名称は不明。繁華街と同じく、破芝たちの仕業だろう。

 男たち三人は尾行に気づいた様子もなく、ホテルに入っていった。

 赤星、天童、月影の三人は、ホテルの入り口が見える位置まで近づいて、生け垣に身を潜めた。

 潜めて、動けなくなった。


「ねえ、こーせーくん、天童くん、あれって……」

 月影の顔は青ざめていた。

 視線の先にはホテルの駐車場がある。車は一台も停まっていないが、三人ほど、人が倒れているのが見えた。

 赤星と天童も、目を凝らして観察する。

 月影は、声を震わせて問う。

「死体、じゃないよね……?」

 死体だった。



 初日を生き延びた二百人ほどが、島の四カ所にある配付所に向かうため、一カ所あたりの平均は五十人。とはいえ、配付所にたどり着く前に殺された者や、生きているのに配付所へ行く気力がない者もいたため、実数は五十を下回る。

 田賀原は、偽の配付所を作って、あわよくば五十人全員を騙して殺すつもりで臨んだが、赤星たちに敗れたため、最初に来た三人を殺せただけで終わってしまった。

 自らは重傷を負い、薬も奪われ、全てを失った状態で、意識だけは取り戻した。

「あー……」

 道路標識柱の下で、仰向けの姿勢のまま、空に溜息をつく。

 配付所は午前九時にクローズする。今は何時だろうか? もう一度行けば、薬を追加で貰えないだろうか?

 そんな希望を抱いてみたが、すぐに打ち消す。あの運営者たちに慈悲があるとは思えない。今日はどこかに身を隠し、明日の配付を待つしかない。

 そう思っていると、


「起きたわね」


 至近距離から声をかけられた。知らない女の声。

 慌てて身を起こし、姿を確認する。

 砂色の軍服ではなく、高校生の制服。受験者だ。気の強そうな顔立ち。口元には笑み。余裕に満ちた雰囲気で、強者が弱者をあざ笑う表情にも見えた。

「……何か、用か」

「ええ。ちょっとね」

 秋野レミは名乗らなかったし、その後ろにくっついている藤春祥子はおどおどしているだけで何も言わないため、田賀原は彼女たちの名前を知る術がなかった。

 もっとも、知れたところで何ができるわけでもない。

 田賀原は彼女たちの目的を推測する。田賀原を殺すつもりであれば、気を失っている間に手を下せばよかったはずだ。しかし、だとすると何だ? 共闘でも持ちかけにきたか? こんな怪我人に?

「ちょっと、協力してくれないかしら? 私の言うこと聞いてくれたら、その手の傷、どうにかしてあげる」

「……どうにかできるような技術があるのか?」

「私、薬学部志望なの。応急手当の心得くらいはあるつもりよ?」

 秋野は自信満々に言う。田賀原は秋野の言葉を鵜呑みにしたわけではなかったが、ここは話を聞いてみようと思った。思ってしまった。

「俺に、何をしてほしいんだ?」

「まず、目を閉じて」

「こうか?」

「で、ちょっと口開けて」

「あ」

 言われるままにする田賀原。すると、口の中に何かが素早く侵入してきた。


(! 何だ? 女の、指?)


 突然の事態に動揺して、目を開け、声をあげようとしたが、

「噛まないで。まだ、口を開けたままで」

 秋野が淡々と指示しつつ、後ろにいる藤春に合図を送った。秋野の影に隠れていて、田賀原からはよく見えないが、何か動作をした気配があった。田賀原の口から、秋野の指が出ていった。

「はい、オッケー。噛んでいいわよ」

 田賀原が噛むと、口の中で小さな硬い物が砕けた。

「……俺に何を飲ませた?」

「身体強化剤」

 秋野が平然と答えた。

 田賀原には訳がわからない。数に限りがある身体強化剤を、どうしてこんなところで浪費する?

 疑問を口に出そうとする前に、秋野は、

「はい。じゃあ私からのお願い。この子と戦って。タイマンで」

 後ろにいる藤春を指した。

 藤春は田賀原をまっすぐ見据えているが、明らかに腰が引けていて、迫力がない。

「……確認しておきたいのだが、お前たちふたりは仲間ではないのか?」

「それ、私のお願いと関係ある?」

「俺に身体強化剤を飲ませたんだろ? 戦えば殺してしまう。いや、お前もさっき薬を飲んでたのか? なら、互角ということになるが、しかし何のために……」

「ごちゃごちゃ言ってると傷の手当してあげないわよ?」

「……戦えばいいんだな?」

「ええ、この子を倒すまで戦って」

 そう言うと秋野はその場を離れる。去り際、藤春に「あなたもせいぜい頑張って」と声をかけた。

 田賀原には、秋野がしようとしていることが理解できない。薬を飲ませたことといい、戦うことといい、秋野にとって何の得もないように見える。

 だが、田賀原としては悪い話ではない。戦って、相手を死なせれば『試験』が終了に近づく。相手も身体強化しているかもしれないが、さっきの月影と同様、精神面が弱そうだ。こちらが圧倒できるはずだ。

「悪く思うなよ」

 田賀原は自分の手の傷を庇い、蹴りで攻撃しようとする。全身が痛むし、何カ所かで骨折しているが、走ることも、蹴り脚を振り上げることもできた。通常の数十倍の速度で駆け、藤春を殺しにいく。


 だが、


「ひいっ!」

 田賀原の蹴りが藤春に届くことはなかった。藤春が反射的に田賀原の脚をたたき落とした。文字通り、田賀原の脚が地面に落ちた。

「……は?」

 膝の部分で切断された。短くなった自分の脚を見て、痛みと、驚きと、怒りと、疑問と、頭の中で様々な感情が衝突し、処理できない。片足ではバランスをとれず、田賀原は藤春に向かって前のめりに倒れ込む。

 自分が飲んだ身体強化剤が偽物だったのか、と田賀原は疑ったが、そうではない。秋野は身体強化剤の性能を確認するための実験として、田賀原にも藤春にも本物の薬を飲ませていた。

 ただし、田賀原には一錠。


 藤春には三錠である。


「わ、わわわ悪く思わないでくださいっ!」

 藤春は、通常の数十倍のさらに三倍の威力で、田賀原の顔をひっぱたいた。

 そこで、田賀原の意識は途絶えた。

 彼の頭部は著しく変形し、胴体を離れた。回転しながら宙を舞い、見えなくなるほど遠くまで跳んでいった。

「なるほど、三錠まとめて飲むとこうなるのね……」

 秋野レミは感慨深げに呟いた。

 初日に大量の薬剤を拾得したからこそできる実験だった。この結果を踏まえて、彼女は次の構想を練る。

「次は五錠くらいいってみる?」

 初めて人を殺した罪悪感から、藤春の呼吸は荒くなっていたが、秋野は対照的に明るく提案した。破芝が述べた『一日三錠まで』という目安を守る気はさらさらなかった。


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