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第13話 二日目07:37

 赤星が蹴ったのは、田賀原の脚だった。

 得意とする後ろ回し蹴りではなく、普通のローキック。

 身体強化した状態で頭や胴体に蹴りを当てたら、死なせてしまう。それは赤星としても望むところではなかった。だが、打撃を加えなければ、田賀原が薬を飲んでしまう。落としどころとして脚を狙った。


 ただし、全力で蹴った。

 力を加減する余裕がなかった。

 結果、田賀原は、


「………………!」


 ピンポン球のように弾き飛ばされ、道路を転がっていった。悲鳴すら上げられない激痛。何度かバウンドした後、道路標識柱に激突してようやく止まった。柱は曲がり、標識が傾いた。


「……やりすぎた」

 赤星は表情を歪めた。遠目で田賀原の姿を確認する。立ち上がってくる様子はない。

「死んでたり、しないよね……?」

 月影が青ざめた顔で、怖ず怖ずと問う。赤星が人を死なせてしまうのが怖くて、蹴るのを制止しようとしたが、間に合わなかった。

「わからん。つーか、月影は優しいな。あんな奴のことも気遣って」

「え?」

「敵だぞ? さっきまで、月影の首を絞めてた」

「だって、島に連れてこられたって意味では、私たちと同じ被害者でしょ……? それに、こーせーくんだって、蹴るとき、ちゃんと力を抑えてた」

「いや、俺は」

 赤星は言い淀む。確かに、殺すのは嫌だから、頭ではなく脚を蹴った。しかし、力加減はしなかった。大怪我したり、最悪死んだりしても構わない、というつもりで蹴ったのだ。それを率直に月影に言うのははばかられたが、口八丁で誤魔化せるだけの器用さもなかった。

 今の蹴りは正しかったのだろうか、と赤星は自問する。

 天童から課された「戦っていい条件」は満たしていたが、力任せに蹴るのでは、狭井たちと変わらないのではないか。

 もっと穏便に田賀原を拘束する手段はなかったのか。

「思い悩むな。赤星は月影さんを守ったんだ。それは正しいことだ」

 天童も建物から出てきた。中にいた敵に苦戦したらしく、息が上がっている。ただし、負傷はないようだった。身のこなしの軽さにかけては、天童は赤星を上回っている。

「それよりも、今、僕たちは急ぐ必要がある」

「どこにだ?」

「本物の配付所だよ」


 先に薬を服用していた月影は、もうすぐ麻痺してしまう。その数分後には赤星も動けなくなるだろう。

 そうなる前に、赤星たちは食糧と薬剤を受け取った。

 本物の配付所は、田賀原たちの偽配付所の五軒ほど先にひっそりとあった。中には武装した運営スタッフが三名いたが、近くで戦闘が起きているというのに、いっさい動いてなかった。まさか、気づかなかったということはあるまい。受験者同士の戦闘には介入しない、すべて黙認する、という姿勢は、破芝だけではなく、末端にも徹底されていた。


「ところで、僕らが戦闘していて、たまたま、故意ではなくて、本当に偶然であなたがたのほうに瓦礫が飛んでしまったりした場合、どうなります? 『運営者に対する反逆行為』と見なされますか?」

 天童が試しに話かけると、スタッフは口数少なくではあるが、応じた。

「故意でなければ、許す」

「なるほど。ありがたいです。でも、故意かどうか、どうやって判断するつもりですか?」

「お前は我々の眼力を疑うつもりか?」

 スタッフが凄んできたが、天童は作り笑いで受け流して、その場を後にした。


 そして、麻痺した月影を守るために、手近な民家に身を潜めた。横たわった月影のそばで、作戦会議をとりおこなう。

「つまり、彼らは僕たちの戦闘を自分の目で見なくても、故意かどうかを判断できるということだね。たぶん、そこらじゅうに監視カメラが仕掛けてあるんだろう」

「あ、私、いくつかそれっぽいの見かけたかも……」

「マジか!」

「まあ、それがわかったところで『試験』で有利になるわけじゃないけど、破芝たちの手口は、知っておいて損はない」

「しかしよお、このあたりから離れなくてよかったのか?」

 三人が隠れている家は、配付所と道を一本挟んだ真向かいにあたる。食料と薬剤の配付時間はまだ終わっていないため、他の受験者がやってくる可能性がある。

「何かあったら巻き込まれるよな?」

「そのときは僕が薬を飲めば対処できる。それに、何か起こるとしたら、この目で見ておきたい」

「珍しいな、天童が積極的なのは」

「赤星こそ、気が抜けてるね? あるいは、気づいていないだけかな? 配付所には狭井だって来るかもしれない」

 そう指摘されて、赤星は戦意を俄然高揚させた。窓の外を食い入るように見つめたが、結局その通りにはならないまま赤星の薬効も切れた。十分間動けなくなったので、天童の助けを借りて、月影の隣に横になる。


「来なかったじゃねーか」

「知らないよ。『かもしれない』って言っただけで、本当に来るとは言ってない。島には配付所が四カ所あるって話だから、確率は四分の一だった」

「来ても、私はこーせーくんには戦ってほしくないな……」

 月影は横になったまま、ぽつりとこぼした。

「こーせーくんが怪我するのも嫌だし、こーせーくんが人を殺すのも嫌。あ、もちろん天童くんもね」

「…………」

 月影の言葉を聞いて、ふたりは黙った。

 もちろん、月影の言うような平和的な振る舞いで解決するなら一番いい。だが、この島の環境はそれを許さない。

 月影に言って聞かせればいい問題でもない。月影も重々わかった上で言っているのだ。

「なあ、月影。もし、俺がさっき蹴った男が死んでたら、俺のことを軽蔑するか?」

 赤星が試すように尋ねると、月影は目を細めた。数秒、何かを考えた後で、言葉を絞り出す。

「……わかんない。軽蔑はしないと思う。私を守るためにやってくれたんだもんね。でも、怖いな、とは思う」

「そうか」

 赤星は短く応じたが、胸のうちでは珍しく思考を巡らせていた。


 月影を悲しませたり、心配させたりすることは本意ではない。だが、その程度で済む。怖がらせてしまう程度で済むとも言える。月影の生命を守る代償としては、怖がられるくらい何でもない。

 今後、似た状況になったとき、迷ってはいけない。迷わずに蹴る。赤星はそう自分に言い聞かせた。

 そんな時、窓の外を見ていた天童が、人差し指を立ててふたりの会話を遮った。

「誰か来た」



 その光景を見られたのは、薬を使わなかった天童と、麻痺から回復した月影だけだった。赤星が倒れ伏しているうちに、その三人は来て、去っていった。

 天童はそのうちのひとりに見覚えがあった。

 光沢のある黒のジャケット。インナーはドクロ柄のシャツ。身体の線は細いが迫力がある出で立ち。

 昨日、講堂での質疑応答で食糧について質問した男だ。顔を洗ったらしく、ビジュアル系バンド風の派手なメイクは落ちており、素顔を晒していた。意外と木訥とした顔立ちだった。

 仲間をふたり従えている。いずれも男。ひとりは筋肉質で、目を細めて笑っている。もうひとりは小柄で、こちらも目を細めているが、筋肉男とは対照的に、何かを憎んで睨んでいるかのような険のある目つきだ。

 三人は何事もなく配付所へ入っていき、何事もなく出て来て、去っていった。

 何事もなく。

 道に倒れている田賀原に気づきはしたが、少し驚いた素振りを見せただけで、介抱も、介錯もせずに素通りした。


 その様子を、天童と月影も何もせずに見送ったが、

「あの人たち、顔洗ったんだね」

 月影は記憶の中の彼らと、今見た彼らを比較した感想を述べた。派手なメイクが消えてなくなっているのは、遠くからでも一目瞭然だった。

 天童もそのことには気づいていたが、月影はさらに一歩推論を進めた。

「いいなあ……。お水があるんだね、あの人たちのところ」

「!」

 天童は衝撃を受け、その後、数秒逡巡した後で、

「尾行しよう」

「え?」

「彼らの拠点まで、ついていく」

 唐突に提案した。受け取った食糧に手をつけることなく、荷物をまとめだした。


「え? え? 天童くん、どーゆーこと?」

「今、月影さんが言ったんじゃないか。彼らのところには水がある」

 この島のインフラはほとんど機能していない。電気も、ガスも、水道も通っていない。にもかかわらず、彼らは顔を洗った。

「もちろん、海まで行って海水で洗っただけなのかもしれないけど、もし淡水があるなら……!」


 様子を見に行く価値はある。一晩シャワーなしで過ごしたが、これが続くのは辛いし、何より、飲み水を運営からの配付頼みになるのを避けられるとしたら、生存がかなり楽になる。

「うん! いこう!」

 天童の案に、月影も乗ったが、

「ちょっと待て、俺を置いてくなよ、おいって!」

 麻痺が解けない赤星は、必死にふたりを呼び止めた。


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