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第12話 二日目07:36

 田賀原は痛みに耐えかねて膝をついたが、まだ諦めていなかった。

(薬を、薬を飲めれば……!)

 予め身体強化している受験者がいたのは彼の想定外だったが、何も向こうの専売特許ではない。薬は田賀原も、仲間のふたりも所持している。飲みさえすれば、状況は五分に持っていける。

 だが、粉々に砕けた指で、ポケットから錠剤を取り出すという難事がある。それも、敵の眼前で。

 ただし、その敵はと言えば、


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 月影芙和は泣きそうな顔になって田賀原に謝っていた。田賀原に危うく殺されるところだったにもかかわらず、指を砕いてしまった罪悪感が勝ったらしい。

(この女なら、出し抜けるな)

 本来であれば、問答無用で田賀原を殺すべき場面なのに、そうしていない。指を破壊しただけで謝罪してしまうようなメンタルでは、殺人に対する抵抗感、恐怖心を乗り越えられまい。人間としてまっとうだと言えるが、今この場、この島では絶対に不利な姿勢だった。


「ど、どうしよう……。とりあえず、止血しないといけないですよね? 傷を見せてもらっていいですか?」

「ああ、そうだな……って待て待て待て!」

 田賀原は月影の申し出を受けそうになったが、すんでのところで自分の間違いに気がついた。座った姿勢のまま、慌てて後ずさりをする。

「今、お前が俺に触ると怪我がますますひどくなる!」

「あっ……。そうか、そうですよね……」

 たとえ月影が田賀原を治療するつもりであったとしても、力加減をほんの少し間違えるだけで、今度は田賀原の腕が砕かれ、肘から先がなくなってしまうだろう。今の月影には、それだけの怪力が備わっている。

「俺に近づくな。だいたい、お前が俺を助ける筋合いなどないだろう……!」

 そう言いながら、逃げるように距離をとろうとした。月影の目の届かないところに行ければ、田賀原も薬を飲んで反撃できる。

 たが、月影は小走りでついてくる。薬の影響で、一歩一歩の踏み出しが強く、進み方が大きい。月影自身、力の加減に戸惑いながら進んでいた。

「そ、そうかも、しれませんけど、でも、何か私ができることはないかな、って……。怪我をさせたのは、こっちだし……。自分では手当、できませんよね?」

「そこまで言うのなら」

 田賀原は月影を振り切るのを諦め、

「俺に薬を飲ませろ」

 月影のほうに向き直り、堂々と見据えた上で要求した。


 普通なら、こんな物言いが通るわけがない。敵が強化するのを見過ごす愚か者はいない。だが、相手が月影ならば丸め込めると踏んだ。

「俺が薬を飲めば、身体が強化される。強化された者同士であれば、接触しても負傷しない。昨日の戦いを見ていたのなら、わかるな? つまり、俺が薬を飲めば、お前に触られても平気になる。手当ができる」

 当然、手当などさせるつもりはない。身体強化したら、即座に月影に襲いかかる。身体強化した者同士、手こずる可能性もあるが、月影のほうが数分早く薬効が切れて麻痺するのだ。田賀原が圧倒的に有利になるはずだ。

 が。


「ごめんなさい、それだけはダメです」

 田賀原を気遣う態度から一転し、月影は悲しそうな表情を浮かべ、淡々と述べる。

「天童くん……私の仲間から前もって言われているんです。相手が薬を飲もうとしていたら絶対に止めろ、って。それ以外のことは、だいたい何でもいいんですけど、薬を飲むのだけは、ダメです。薬を飲んだ途端、あなたは豹変するかもしれない。そしたら、私は負かされて、こーせーくんも、天童くんも、死んじゃう」

 月影は自分の気弱さを、仲間を守る使命感で補っていた。

 田賀原は意外に感じた。てっきり、どうぞどうぞと迎合してくるものだと思っていたのだ。さすがに甘く見過ぎていた、と反省する。

 だが、動じない。

「お前の言うことはわったが、それに俺が従う義理はないな」

 傷を負った手を、ポケットに突っ込む。時間はかかったが、親指と小指で不器用に錠剤を探り当てた。

「やめてください!」

 月影は険しい表情で警告したが、声が震えてうわずっていた。

「俺が言うことを聞くと思うのか?」

「やめてくれないなら、こ、攻撃します! あなたを!」

「無理だな」

 田賀原は悠然と言い切った。

「俺が何をしようと、どうせお前は攻撃なんてできない。そもそも『攻撃』なんて言葉を使ってる時点で、お前はまるでダメだ。どうやって攻撃するか、決めていない、考えていない人間の言葉だ。『殴る』のか、『蹴る』のか、具体的にイメージできてないだろう?」

 余裕の表れか、田賀原が饒舌になって、月影の至らぬ点を指摘する。図星を突かれ、月影は苦しそうに「うぅ……」と小さく唸った。

「そもそも『攻撃します』なんて予告せずに問答無用で飛びかかるべきだ。お前には覚悟がない。俺を死なせてでも生き残ろうという強い気持ちがない。俺たちは昨日、覚悟を済ませた。勝負になると思うな!」


「勝負するつもりなんてねーよ」


 田賀原の口上を遮ったのは、赤星だった。建物から出てきて、不機嫌そうな表情で田賀原を睨んでいる。

 どうやら、中にいた田賀原の仲間が倒されたらしい。策を弄して有利を作った田賀原たちだが、赤星の地力がそれを上回った。

「だいたい、てめーが『勝負』と言うか。騙して、後ろから襲って、殺して、それがてめーの『勝負』か? 『勝負』って言葉が泣くぜ」

「文句があるのか? この島では、すべてが認められている。咎められるいわれはない」

「そうかよ。なら、怪我してるてめーに追い打ちをかけても、俺を責めないんだな?」

 赤星が腰を落とし、臨戦態勢に入った。月影とは違い、様になっている。昨日のことといい、今日のこの雰囲気といい、赤星が荒事慣れしているのは初対面の田賀原にもわかる。

「ああ、責めない。だが、できるかな? その距離からお前が駆けつけるのと、俺が薬を飲むのと、どちらが早いか」

 月影と会話しながら、時間稼ぎを兼ねて移動していたため、およそ五十メートル離れている。俊足のアスリートでも五秒から六秒かかる。その間に、田賀原は自分のポケットから口まで、一メートルほど錠剤を移動させればいい。田賀原は自分の優勢を確信した。

 赤星が退く様子はない。

 どちらかが動けば、相手も動くしかない局面。

 先に動いたのは田賀原だった。自分が負けるとすれば、慌てて薬を取り落とすようなミスをした場合だけだ。慣れない親指と小指での作業だけに、慎重に、指先に神経を行き届かせる。やみくもに急ぐ必要はない。相手が五秒かかるのだから、二秒ほどかけても間に合う。

 だが、その考えは間違いだったと、一瞬後に判明した。

 薬を持ち、服用寸前となっていた田賀原の目の前に、赤星は既にいた。常人を超越した速度。接触するまでもなく、風圧で錠剤が飛ばされた。


「なっ……!」


 あり得ない速度だった。

 身体強化していない人間には不可能な速度。一秒も経たぬ間に接近し、田賀原を蹴るための脚を振り上げていた。

 馬鹿な。薬は一錠しか持っていなかったはずではなかったのか。

 そう思った直後に、理解した。

(こいつ、薬を奪って--)

 田賀原の仲間を殴り倒して、薬を強奪し、服用した上で月影のところに駆けつけた。

 薬を飲むための時間稼ぎをしようとした田賀原を見て、放置できないと判断したのだ。

(負け、た)

「こーせーくん、待って!」

 赤星は、月影の声に耳を貸さず、蹴り脚を振り抜いた。


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