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第11話 二日目07:35

 砂色の服を着た男、田賀原が立てた作戦は、単純ではあるが効果があった。

 殺し合いの様相となったこの「試験」において、受験者は皆、自分の身を守るために気を張っているが、運営者に対しては警戒が緩む。運営者は、違反行為者の粛清以外では、受験者を攻撃しないと約束した。憎むべき存在ではあるが、ある意味では安心できる相手だ。

 その運営者になりすまし、油断した受験者を襲う。

 襲って、殺す。

 受験者を減らさないと試験が終わらないというのであれば、やってやろうじゃないか、と田賀原は覚悟を決めた。つい昨日までは殺人とは縁のない、平和な高校生活を送っていた彼だが、やると決めたら早かった。

 昨日の夕方のうちに作戦を仲間に伝え、準備を始めた。偽の配付所の場所を選び、攻撃の手順を決め、何度もリハーサルをした。

 最も難航したのは、破芝たちが着ていたのと同じ服を調達することだった。服を売っている店を探すのがまず一苦労だったし、店を見つけても、軍服など当然置いていない。色と形状の似たものを何とか見繕って組み合わせた。近くで観察されたら見破られるが、短時間、遠目に姿を晒すだけだ。堂々と振る舞えば誤魔化せる。

 そして、誤魔化しきった。

 騙して、殺した。

 既に、早朝にやってきた受験者三人を殺害し終えている。恐怖はあったが、やり遂げた。思ったよりも簡単だった。これなら、他の受験者も殺せる。

 だが、殺す前に利用し尽くす。


「お前たちが持っている薬を渡してもらおう」

 月影芙和の首を絞める手を強めながら、田賀原は油断なく、淡々と命じた。

「渡さなければ、この女は殺す。その後、お前たちも殺す」

「……なあ、天童? これは『戦っていい条件』に当てはまらねーのか?」

 赤星は鬼気迫る形相で田賀原を睨んだまま質問した。目を血走らせ、歯をすり減らさんばかりに食いしばっている。凶器を構えている敵ふたりには目もくれない。

 天童は、手を軽く振って赤星を制止しつつ、田賀原に応答する。

「渡すのは吝かじゃないけど、僕たちが今、薬を何錠持ってるか知ってます?」

「……そうか、昨日戦ってた奴らか。あの時、二錠使っていたな」

「ご名答です」

「一錠でいい。よこせ」

 天童は自分の制服の懐に手を入れて、内ポケットを探る。探りながら、尋ねる。

「ところで、これを渡した後、僕たちをどうするつもりですか? 危害を加えずに解放すると約束してくれますか?」

「ああ、約束しよう」

「約束を守ってくれるという保証は?」

 天童の矢継ぎ早の追及が気に障ったか、田賀原が表情を歪めた。

「……あまりくどいようだと、この女を殺す」

 月影の細い首を掴む五指に、さらなる力が込められた。月影は目を閉じて耐えている。

「じゃあ、最後に一個だけ、俺から聞かせろ」

 険しい表情のままで、赤星が人差し指を立てた。

「てめーは、てめーらは、あの破芝の野郎が言った『試験』に乗ったってことなんだな? 俺たちから薬を奪って、他の奴らを殺して生き延びようとしている。それで合ってるか?」

「当たり前だ。それ以外にどうするというのだ。生存者が減らない限り『試験』は終わらない。ならば、減らす。それだけだ」

「ああ、そうかい。薬を集めて、何か賢い使い方をして破芝たちを倒す、みてーな考えはないんだな? ってところを確かめときたかった」

「それが無駄に終わることは、昨日、お前が最も痛感したのではないか? 受験者がどう動こうと、返り討ちに遭うだけだ。破芝は甘くない」

 田賀原にとりつく島はなかった。

「無駄話はここまでにしてもらおう。言っておくが、脅しではない。既に俺たちは三人殺した。お前たちが従わない場合、殺すことに躊躇はない」

「……なるほど、わかったわ」

 何かを諦めた風に赤星が言い、

「なあ、天童、例の『戦っていい条件』の話だが」

「当てはまる!」

 天童は問われる前に答えて、

「月影さん、頼む!」


「……うん」


 月影は、意を決したように小さく頷いた。

 羽交い締めにしている田賀原は、怪訝そうに目を丸くする。今の今まで、三人の中で最も非力に見えた月影芙和。人質には最適だと踏んで動きを封じたのだが、彼は間違っていた。

「痛いと思うけど、ごめんなさい」

 月影は自分の首を締める田賀原の指を、引きはがすように掴んだ。

 それだけのことで、田賀原の指先が、

「熱っ!」

 高熱と勘違いするほどの激痛。反射的に手を離した田賀原が見たのは、破壊された自分の指だった。

「な……? なあああああああ!?」

 両手の人差し指から薬指、計六本が見るも無惨な姿になっていた。第一関節から先、肉はおろか骨まで潰れている。血が容赦なく流れ出て、地にこぼれ落ちていく。

 田賀原の仲間ふたりも動揺した。

 月影が拘束されてから、身体強化剤を飲んだ様子はなかった。そもそも、薬を飲ませないために腕の動きを封じたのだ。無抵抗のまま殺す、あるいは虐げる。それが目的だった。

 なのに、この惨状は。

 田賀原は痛みの中で思考し、ようやく理解した。

「お前っ、あ、あ、あ、予め薬を!」

「正解」

 答えたのは天童だった。


 天童は最初から、配付所近辺で他の受験者と遭遇することを警戒していた。遭遇するだけであればいいが、戦闘になると話が大きく変わってくる。身体強化剤を一錠しか持っていないため、複数人に囲まれたら終わりだ。

 囲まれないためには先手を打つ必要があった。

 何かがあった後で薬を飲むのでは遅い。前もって薬を飲んでおき、即座に対処する。

 もちろん、この方法では、何事もなかった場合に薬を浪費することになる。見過ごせないデメリットではあるが、この局面を無事に乗り切れば、薬を三錠受け取ることができる。補給を見越した上での使用だった。

 赤星でも天童でもなく月影を選んだのは、月影の身を守るためだ。他のふたりは、ある程度自力で護身できる。最も危険度の高い月影に薬を飲ませることに、誰も異論はなかった。


「ちっ、ちくしょ……!」

「させるかよお!」

 赤星は、自分の目の前の敵を思い切りぶん殴った。月影に対抗すべく薬を飲もうとしていたのを、赤星は見逃さなかった。

 天童から命じられていた「戦っていい条件」。

「相手が、積極的に受験者を殺そうとしていること」

「放置しておくと、自分や他の受験者たちに害が及ぶこと」

 それが確認できた今、赤星を止める制約は何もない。


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