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第1話 初日17:00

「落ち着いてもらえたかな? では、今回の試験について説明させていただこう!」


 赤星恒晴の眼前の男は、不敵な笑みを浮かべてそう言った。つい数秒前に殴りかかられたことなど、一切意に介していない。怒りも、恐怖も、焦りもなく、十分な余裕をもって、片手のみで赤星をあしらった。


 決して赤星が弱いわけではないはずだ。普段から喧嘩慣れしていて、この男の部下を五名ほど殴り倒して突破できる程度の実力はある。だが、一味の最上位者と思しき、この男は化け物だった。


(今、何が起きたってんだ……?)


 敵の顔面を殴るはずだった右拳が、いとも簡単に握り止められた。尋常でない握力を感じた次の瞬間、赤星の身体は上方に投げ飛ばされ、講堂の天井に激突した。普通の建物の二階以上に相当する高さから、そのまま落下し、床に叩きつけられ、虫けらのように這いつくばっているというのが現状だ。


(どうやったら、あの高さまで人間を投げ飛ばせるんだ? つーか、下手したら今ので死んでただろ、俺……)


 身体のあちこちが痛む。幸い、後に引くような怪我ではなさそうだが、大事をとって、今は動かない。

 動けば、今度こそ、この男に殺されるだろう。


「私の筋力に驚いた者が多いようだな? はっはっは、まあ無理もない! 早いところ、種明かしをしておこう! この力は今後、君たちにも使ってもらうことになるからな!」


 男がマイクで「君たち」と呼びかけた相手は、赤星を含む約一千名である。全員が高校生で、全国各地から個別に拉致されて集められている。拉致計画の全てはこの男によって取り仕切られ、無事完了した。

 赤星は、自宅に帰る途中に武装した集団に取り囲まれ、薬を嗅がされ意識を奪われた記憶がある。目が覚めたら、この講堂だった。おそらく、ここにいる全員が同じような経緯でここにいるのだろう。講堂の出入り口には武装集団が立ちふさがって、一千名を閉じこめている。


「君たちの座席の下にあるバッグを確認してほしい! ひとりにひとつずつ用意してある! さあ、赤星くん、立てるかね? 君も座席に戻りたまえ!」


 倒れ伏す赤星を起こすために、男が笑顔で手を差し出してくるが、その手を取る気にはなれない。何とか、自力で身を起こす。自分たちを拉致した犯人に対して、友好的な態度は少しでもとりたくなかった。


「うむ、息災なようで何より! こんなところで死なれてしまっては、手間暇かけてここに招いた甲斐がない! もっとも、我々の意に反する者を生かしておく理由もないから、今後は留意してもらいたいがね! 赤星くんだけでなく、君たち全員、次はないと思ってくれたまえ!」


 そして、男は配付物について説明を始める。



 さて、配付したバッグには通信端末と錠剤が一錠入っている!

 通信端末のほうは見てのとおり、市販のスマートフォンをベースにしたものだ。といっても、いくつか改造を施してあるがね。一一〇番や一一九番を押しても、どこにも繋がらない。通信できるのは、この島の内部に限る。

 そう、島だ! 日本列島から二百キロほど離れているから、泳いで帰るのは難しいだろうね。帰りたい者は、我々の用意した試験に真摯に取り組んでもらいたい!

 ちなみに、島の全域が我々、組織の私有地だ。住人はいないし、警察等の機関も存在しないので思う存分に--、おっと、何でもない。何でもないぞ? いやあ、私としたことが、先走った説明をするところだった。

 今この場では、最低限のことしか説明しないので、そのつもりで聞いてもらいたい。全貌は後日、その通信端末で説明するので、肌身離さず携帯するように!

 さて、通信端末よりも、錠剤のほうが重要だ!

 この錠剤を飲めば、身体能力が飛躍的に向上する。詳細は伏せるが、某国の軍事技術が流出したものでな。その薬効は一般に流通しているものと比較にならない。何と、常人の数十倍から数百倍の筋力、持久力、敏捷性が得られるのだ!

 ……という説明だけでは非現実的で説得力がなかっただろうが、先ほど、私の怪力を見てもらったから、実感してもらえたと思う。赤星恒晴くんのおかげだな。ありがとう! 尊い犠牲に感謝している!

 とはいえ、私は先ほど、貴重な人材のひとりである赤星くんを死なせないように、細心の注意を払って手加減をした。本来の薬効はあんなものではない。本気を出せば、この講堂の天井を突き破ることも容易かった。こうやって話している今も、マイクを握り潰さないように、やさしく、摘むように持っているのだ。ふふっ、意外と不便なものなんだ、これは。

 この錠剤は、歯で噛んで服用することを想定して作られている。薬はその場で効き始め、きっかり十分間だけ、服用者の力を引き上げ、無敵の存在にする!

 ただし、この薬には副作用がある!

 十分経過した後、肉体は力を使い果たし、一時的に機能停止してしまう! きっかり十分、全身麻痺に近い状態になると思ってくれ!

 つまり私もあと数分で麻痺してしまうわけだが、私は部下に介抱してもらうから、大過ない。

 君たちも、この錠剤を使う際には、麻痺した後のことまで考えて使うようにしてほしい。

 一応、君たちをここに招くにあたって、面識のある者同士が三人組になるように人選させていただいた。強制はしないが、助け合って対処することをお勧めしておく!

 もっとも、錠剤を使わずに済むなら、それに越したことはない。使えば、肉体にいくらか負担がかかるからな。一日一錠程度であればさしたる問題はないが、これが四錠や五錠になると中毒症状を招く恐れがある。三錠までに留めておくのが賢明だろう。

 今、君たちの手元には一錠ずつしかないが、今後、毎日一錠ずつ配付するので、出し惜しみせず、必要だと思った場面で使ってくれて構わない。と言っても、今はまだダメだ! 公平を期しておきたいのでな。試験開始の合図があってからにしてくれたまえよ? 配付方法は別途、通信端末で伝達する。

 当面、君たちの目標は『生き延びること』だ!

 生き延びて、我々からの通信を受信すること。これが第一関門だ。ここに集まっている面々には、そう難しいことではあるまい。我々は、君たちの持つ技術を高く評価して、この島に招いたのだ。身に覚えがあるだろう? 君たちは少なくとも自分の学校で一番、あるいは、都道府県内で、地方で、日本全国で一番だと自慢できような特技を持っているはずだ。「貴重な人材」と言ったのは決してお世辞ではない。我々はそういう人選をしている。持てる力を十全に発揮して生き延びてもらいたい!

 そもそも、この試験は我が組織の人材発掘のために行っている。多少、乱暴な手段で集まってもらったが、悪く思わないでほしい。こうしなければならない事情があったのだ。民間企業のように求人広告を打てればいいのだが、我が組織はそういうことができんのでな。

 試験に真摯に取り組んでもらえれば、賞金を出す。賞金獲得基準はまだ伏せておくが、最大で一億円を進呈する準備があるので、張り切ってもらいたい。また、優秀な人材は相応の待遇でスカウトさせていただく。年俸も福利厚生も充実しているが、その辺りの委細も後日通知させていただくことにする。

 申し遅れたが、私は試験の実施責任者、破芝良という!

 では、質疑応答に移ろう。何か質問はあるだろうか?



 質疑応答どころではなかった。会場の沈黙を破ったのは、破芝に対する罵詈雑言だった。赤星と同じかそれ以上に血の気の多い者が、自分たちを拉致したことを非難し始めた。他の者たちも追随し、今すぐ解放しろという要求が口々に叫ばれ、会場は騒然とする。

が、銃声が立て続けに三発鳴り響き、一瞬、この場の全員を黙らせた。

 最前列にいる赤星からはよく見えないが、後方の座席にいた高校生が三人、狙撃されたらしい。返り血を浴びた近くの男女が狼狽えて悲鳴を上げ始めたが、その他大勢に対しての脅しは効いた。非難の声はもう上がらない。

 破芝は余裕をもった表情で告げる。


「あー、怖がらせてしまったようで申し訳ない。そこの三人は先ほどの私の指示に従わず、『今この場で薬を使用して身体能力を高めて、あの破芝とかいう奴をぶっ倒そう』というような相談をしていたので、先手を打たせてもらった。いや、貴重な人材をこんな形で失うのは、私としても大変残念だ。残念だが、やむを得なかった。ご理解いただきたい」


 破芝は銃器を持っていない。狙撃したのは講堂の後方にいる破芝の部下たちだった。対処の迅速さと容赦のなさから、彼らの錬度の高さがうかがえる。

 大半の人間が目の前の事態についていくのがやっとのところ、赤星恒晴は違うことを考えていた。


(さっきの漫画みてえな怪力は、薬の力だってのか……)

(正直、この薬はヤバすぎるが、それよりも……)

(『生き延びること』)

(このフレーズのほうが、ヤバい)


 赤星は理解していた。

 破芝が「生き延びる」という言葉を執拗に連呼した意味を。


(つまり、生き延びるのが難しくなるような事態が、この後、起きるってことだろが--!)


 この赤星の覚悟は、直後、自身の命を救うことになる。

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