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銀花  作者: kiko (詞、若月夢)
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「ー なぁ?」

「…」

「ー おぉい?」

「…」


夜。カーンと、耳鳴りが響きそうなくらい静まった病室内。

ステンレスの壁を経て伝わって来る声。昼間の馬鹿共が騒ぎ立てたのとはまた違う声。私にだけ呼び掛けるくらいで大きさでそれは木霊する。


「 ーなぁ、銀花さんよぉ。あんたなんだろ?女の患者って」

「…」


さっきからしつこくこの隣人は私を呼ぶ。

うるさい奴だ。

長い1日からやっと解放されたってのに。弱ってる時くらい黙って寝かせてくれよ。

「なに、警戒するこたぁねぇさ。今夜は静かだろ?今日で頭の悪い連中は皆帰ったからな。今は俺とあんたの二人だけだよ」

「…」

私は耳だけを傾ける。

正直、もう眠い…

「頑固だねぇ、まぁいいか。俺の声は聞こえるだろ?気が向いたら返事してくれや」

「…」

聞くだけは聞くが…眠いんだよ、こっちは。

「とはいえ、これって話しでもないんだが…」

「…」

「…」

「…」

「…」

話しが無いなら寝るぞ。

と、思った矢先、また隣人は話し掛ける。

「あんた、ここの生活、結構長いよな」

「…」

さぁね。

「俺もだ。俺は親の虐待エゴでここに居るのよ」

「…」

「あんたもだろ?ん、いやね、そんな感じがしたのさ。あんた、俺と同じニオイがするんだよ。体臭じゃなくて、タイプってやつだ」

「…」

ほっとけ。

私とお前の人生いきかたを安く括るな。腹立たしい…

「親ってのは残酷だよなぁ。テメェの勝手な言い分で子供を改造する…たった一度、ほんのささやかな抵抗だったのに、その罰で爪を全部剥がされちまった」

「…」

「ガス室行きの強制麻酔で寝てる間に改造済みだよ、ったく…」

「…」

「他の奴らもそうさ、キンタマ取られたり、腹の中弄くられたり」

「…」

「何度も言ったんだ。何度も何度も叫んださ。このままじゃ殺される、頼むから勘弁してくれって命乞いまでした。だが病院の奴らはまるで聞く耳を持ちやしねぇ」

「…」

「異常だよ!ここは!この人間共は」

「…」

「俺ぁいい加減アタマきたからよ、ここを脱走してやろうと思ってんだ」

「…」

ん?脱走…?

「復讐さ。これはな、俺が奴らに対しての。そして自由と命を賭けた逃避だ」

「…」

「丸腰になっちまった今、逃げた先で生きて行けるかはどうかは知らねぇ。それにコレに失敗すれば俺は処刑だろうよ」

「…」

「だがな、それでもあんな親の元に戻るよりは遥かにマシってもんだ。命賭ける価値は充分にお釣りが来る」

「…」

「バカバカしいか?いや、いいんだ、そう思ってくれる方が救われる。まぁ、こっちはこっちで勝手にすることだからな。手筈は万全でね、ここにぶち込まれた日から入念に練り込んできた計画でな、実は今もさっきも試したんだが…成功したんだ。明日、奴らの悲鳴をあんたにプレゼントしてやるよ」

「…」

「あんたも親に壊される前に自由を求めた方がいいかと思うぜ」

「…」

「俺みたいに愛されてないならな」

「…」

「ふふ、へへ。フヘヘヘ、ははっ…アーッハッハッハァ!」


隣人はしばらくずっと高笑いをしていた。

結局は自分だけが満足なオナニーに付き合わされただけだった。しかし、完全に目は覚めてしまった。


親か…


私には両親の記憶が無い。物心ついた時には奥様に仕えていた。

ならば奥様が親になるのか。

隣人は親の虐待を受けた、と。壊される前に逃げろ、と。

私は、どうなのだ。

私は愛されていないというのか。

そんな訳がない。私は聞いた、奥様が愛していると言って下さったのを。この傷が愛ではないのか?愛されるから壊される…違うのか?愛されてないから壊されるのか?

ならば。

奥様…貴女は何故、真実を偽るのですか?何故事実を捻じ曲げるのでしょうか?

それは暴力を愛とすり替え、その暴力を隠すため、なのですか?

そう、なのですか?

何故。

なんで。

なんで…

いいじゃないか!たとえ本当の事を告げても。貴女が私を愛してくれるのであれば、貴女は貴女の愛の形を堂々と示してくれれば良いのだ。私だけにでなく、ここの人間達にも示してくれれば良いのだ。

なのに…

なんで…


私は愛されているの?

道具なの?

そもそも愛って、何…

知らない。分からない。

でも心にいつも言っていた。愛してもらっているのに…愛が欲しいって…


泣きたいのに涙が出ない、長い夜。残酷な夜。

今までで一番永く感じた夜。




〜ー


眠れないまま朝を迎えた。

胃はムカムカしてるが、気分は高揚している。徹夜明けはいつもこんな感じだ。


看護師の佐田がやって来た。続いて新人の伊東も来た。

私達の床替えをしながら容態のチェックを手早くして、終わるとすぐさま食事が与えられる。

普段は慌ただしいが今朝は隣人が言ってた通り、誰も居ない様子で落ち着いて食事を摂る事が出来た。


そういえば、隣人は昨晩ここを脱走すると宣言していたが、果たしてどうやって抜けるのだろうか。

逃げるにしても内側からじゃ絶対に開かない扉をどうやって…


確か奴は昨晩、もう成功したと言っていた。じゃ知らずの内に消えたのか?

今朝は打って変わって奴の気配はまるで無い。


「あれ…?なんでケンタ君“〜”から抜け出しているんだろう…佐田さぁん、ちょっといいですか?」

「なに?」

「ケンタ君なんですけど昨日確かに“〜”に入れたはずなんですが、出てるみたいで、佐田さんがしたんですか?」

「あたし?いや、知らないよ。あ、でもさ…」

「〜」

「ー」

イマイチ二人の会話が聞こえ辛かったが、なにやらその話題は隣人を指してる様子で、奴は脱走した訳ではないが、その部屋に違和感があるらしい。


それがはっきり分かるのは、今日のあと何時間か先の事になる。



午後を回った頃だと思う。

隣人は退院することになった。結局朝の違和感はどこへやら、何がどうなることも無かった。

結局ただの見栄っ張りってとこだ。強がりのひとつも言いたくなるのは当然のこと。

でも私は笑わない。奴のプライドくらいは理解しているから。

最も他人に興味は無いが。


「ー よぉ、銀花さん。起きてるかい」

「…」

居たのか、まだ。

「結局あんたとは口交わせなかったな。ま、いいさ。昨日は楽しかった。今から、奴らとはバイバイだ。ふっ、五分だ。五分後、奴らの悲鳴が上がったら…俺は消えたと思って笑ってくれよ。俺ぁ、もう楽しみで楽しみで顔が歪みっぱなしでさ、朝から笑うのを我慢してたんよ。逃げた時にションベンとクソ漏らしながら笑ってやろうと思ってな?ククッ」

「…」

「ケンタ君。お迎えだから帰ろうねぇ」

「はいはーい、いーきますよ」

伊東の呼び掛けをバカにした返事をして、そして隣人は小さく呟いた。


アホな奴らだ、お前らは。

あんだけヒント与えたのに気付きもしない。

ここに閉じ込めておきゃ俺は出れず終いだったものを。

でも今は感謝してるわ、アホのお前らに。

さ、行きましょうかね…


「…?」

聞こえる声ではない。でも確かに呟いていた。

「じゃ、銀花さん。あばよ。いつかシャバで会うかもな。お互い生きてればの話しだが」

「…」

そう言って隣人は伊東に連れられ、ここを後にした。


直後。


「キャァァァァ!!!」


伊東の悲鳴がした。


「ケンタちゃぁァん!!」


聞き慣れない中年女性のヒステリックな金切り声も響く。


「どうした!」

「ケンタ君が!ケンタ君が!!」


「なんだと!早く追え!探しなさい!」

「は、はい!」

「佐田さん!佐田さん!」

「はいっ」

「佐田さん、何だってこんなことに!"〜”は…ケージはちゃんと閉めたのか!」

「間違いありません!確かに伊東さんがケージに入れてからルームにしまいましたし、私も確認しました…!…そういえば…!」

「⁈」

「昨日の夕方、ケンタ君をケージに私が入れたのですが帰る前に抜けていまして、もう一度入れたんです。でも朝、伊東さんが言うにはルーム見た時にケージから出ていたと…私、てっきり先生が夜に開けたのだと思いまして…」

「何言ってんだ、出す訳ないだろう!」

「とにかく、私も行きますので先生は三村さんのフォローを!」


私には会話のみだが、そこには罵声やら怒号やらで穏やかではない。病棟全体が大パニックに陥っている様だ。

「…」

そうか…!

奴は逃げたんだ。

どうやったかは知る由もない。分かる事は、彼は憎むべき親の眼前で綺麗さっぱりと消えた。

私に言った通りに消えた。


消えたのか…あいつ。

今、どこに居る?どんな気分だ?

クソとションベンを漏らしてやるって言ってたな。高笑いしながら、それをしてるのか?

爽快だろうな、快感だろうな。

喉から手が出て掴んだんだ、そりゃそうさ。

ふふふ、そうだよな。クソとションベン漏らすくらいの極上だよ。


私は興奮を覚えていた。発情期でもないのに子宮が疼きに疼きまくっている。今すぐにでも私をメチャクチャに犯してもらいたい気分だ。

そう…犯してもらいたい…私も帰ったらあいつに…



脱走します→はい、出来ました。って…バカバカしいこと言いやがって。私は鼻にも掛けなかった。

そりゃそうさ!

私には無理なんだから。

それが出来てしまうとはなんたることだ。…叫びたい、嗚呼神よ!と。


切ない…切ないよ、親の気持ちを汲み取ると…切な過ぎて笑えて仕方がない。

マヌケな顔してるんだろ、あんたは。だから馬鹿みたいな金切り声あげるのさ。

ションベンとクソを漏らすのは親の方なのかね。だったら傑作。


笑おう、隣人。

それがあんたへのお祝いだわ。


ふふふ、あはは。

アハハハハッ!


理解わかる!

理解したさ。

そうだよな、だから私に聞いて欲しかったんだよな。あぁ、全くその通りさ。


ふぅ…

ひと息入れても私の微笑みは止まらない。

隣人の名前、なんだったか…忘れた。


外は雨が降っているみたいだ。それもかなりの嵐、雷も聞こえる。

窓もないし閉鎖された空間だが、私の耳ならばそれくらいは壁を伝って感じ取る事が出来る。

そうか…恵みの嵐。


この中は人間の喚きふためく嵐、外は自由を手にした祝福の嵐。


癒してくれる二つの雨音。

今日はもう誰も私を構わない。

さぁ寝るか。

今夜は昨日よりも短い夜になるだろから。


おやすみ…



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