男嫌いのアラサー女は、異世界転生したら修道女になりたいのだが。
現在連載中の作品『令嬢は生きるのがツライ』と同一世界観のお話です。
そちらを読んでいなくても差支えのない内容となっております…。
「有紗、ごめん。他に好きな人ができたんだ」
――え?
「だから、俺たち別れよう」
――ちょっ、ちょっと待って!じゃあ結婚は!?この前うちの両親に会ってくれるって言ったじゃない!
「だから。結婚もなかったことにしてほしい」
――そんな!そんなの私、全然納得できない!
――ねえ、待って!待ってよっ……
待って……
****
「私の5年返してよー!!」
寝台がギシリッと一際大きく鳴いた。
無意識に夢の中の人物に縋ろうとしたのだろう。片腕が天井に伸ばされていた。
「夢…か」
投げ出した手をしばらく見つめ、ぎゅっと宙で握りしめる。
細く長く息を吐く。
ここ1年見慣れた天井をぼうっと見つめ、私は身を起こした。
「久々に見たな、前世の夢…」
そう、前世。
今見た夢の出来事は、本当にあったことだ。
ただそれは遠い遠い過去の出来事。
私の魂が、このアリーシャ・リベラになる前の女性――田中有紗の記憶だ。
なんの因果か。私は前世の、田中有紗の記憶を持ったまま転生とやらをしたらしい。
*****
田中有紗、つまりは前世の自分は。
それはそれはかなーり男運が悪かった。ろくでもない恋愛しかしていなかった。それに尽きる。
ヒモに貢いだり、ヒモに貢いだり…それからヒモに貢いだり。ごく稀にDV男、ストーカー…。
そして極めつけは――浮気男!
元カレは同じ会社の同期で、よく恋愛相談なんかに乗ってくれる優しい人だった。
それがきっかけで付き合うようになり、交際自体はすこぶる順調だった。
結婚の約束もして、ゼクシ〇なんかも買っちゃったりして。お互いの両親に会う日取りなんかも決めていた矢先――
あっけなく。そう。本当にあっけなく。
……フラれたのだった。他に好きな人ができたとかで。
その彼にフラれた日――私は家にひとり帰るのも嫌で、居酒屋でひとり、浴びる程酒を飲んだ。もう本当にしこたま飲んだ。これ以上ないってくらい飲み続け……。
そして泥酔状態のまま真冬の公園で眠りこけ、というよりも意識を失い倒れ……、凍死だか急性アル中だかでこれまたあっけなく死亡。享年29歳。チーン。
気づいたらこの異世界の、サイラスという国の子爵令嬢・アリーシャとして生まれた。
こうして有紗の人格・記憶を持ったまま17年が過ぎようとしている。
そして……。
「シスター・アリーシャ、起きてますか?」
ノックの音とともに修道院長の声がかかる。
「はい、起きています。今行きます」
私は返事を返し、素早く身支度をする。
鏡の前に立って栗毛色のウエーブがかかった髪をまとめベールにしまいこむ。
修道服に着替え、くるりと一回り。……服装の乱れは、なし。完璧だ。
鏡の中のシスター・アリーシャは、本日も天使のような笑みを浮かべにっこりと微笑んでいた。
――そう。ついでに。
アリーシャ・リベラ、この私が修道女(見習い)となり1年が過ぎようとしていた。
******
昨年、私の両親が放った一言が全ての始まりだった。
『アリーシャ、おまえに良い話があるんだよ』
両親は朝食の席でそう切り出して私をにこにこと見つめていた。
『良い話?ですか』
『ああ、良い――縁談だよ』
私は瞬間頭が真っ白になった。
え、え、え、縁談だと!?
『お父様、お母様!私の体質をお忘れですか!?』
悲鳴に近い声で私は叫んだ。テーブルをばんっと両手で叩き、立ち上がる。
普段反抗らしい反抗をしなかった私のその行為に両親はちょっと驚いたようだったが。
それ程までに両親の話に衝撃を受けたのだ。
『落ち着きなさい、アリーシャ。ああ勿論だとも。おまえが身内以外の男性――特に見目麗しい男性に触られると……蕁麻疹と全身の震え、アナフィラキシーショック並みのアレルギー反応を起こすことは重々よく理解しているとも』
『~~っ!だったらどうして!?』
父は困ったように眉尻を下げた。
『先月、アーレン公爵家のダンスパーティに招待されただろう?その席でおまえを見初めた男性がいてね…。とても熱心におまえを妻に欲しいと言ってくださっているんだ。……おまえの体質のことも話してある。それでも構わないと。どうだ、とてもありがたい話だろう?』
父親は『これでおまえも結婚ができるな』と胸を張っていた。
私は父の話を聞きながらわなわなと震え出した。
確かに先月、アーレン公爵家のダンスパーティに行った。渋々。ほんとーに渋々。
勿論男性とダンスなんて踊れないから、壁の花に徹してはいたのだが。
『一体、どこの誰ですか…?』
母は手を口に当て、「聞いて驚きなさい」と告げた。
『ミッドワルズ伯爵様って言ってね、とっても優秀な方なのよ。陛下の覚えもめでたく、お人柄も評判だわ。ええと年齢はそうね……、私達と同じ位の方で、まぁちょっと髪も寂しいし、お腹も出てきてしまったみたいなんだけど。昔は大層格好良い方でそれはそれはおモテになっていらっしゃったの。それでね、その方の――』
『いやぁぁぁぁ!!!』
私は絶叫した。
何が悲しゅうて自分の両親と同じ年代のハゲ男+小太りのおっさんを夫にせねばならんのだ!
しかもパーティで私を見初めたって!とんだロリコンじゃないか!
――そう。そんなこんなで私は勢いのまま家を飛び出し、この修道院に身を寄せているのである。
******
私は教会でまず我らが全能なる神・ルドゥーダ神に祈りを捧げていた。これは毎朝の日課だ。
(ああ、ルドゥーダ神さま。…どうかあなたの敬虔なる信者、アリーシャをお守りください)
具体的には、まず男。これに限る。ひとつめ。
それからそれから…結婚をさせようとする両親。次はこれだ。ふたつめ。
「この2つの魔の手からどうぞ私を!守ってくださいませぇぇぇ」
私はひれ伏さんばかりの勢いで、ルドゥーダ神をかたどった像に縋りつく。
両の手を胸でクロスさせて穏やかな顔をしているブロンズの彼。この国の唯一神である彼に縋るしか私には生きる術がない。
「もう、もう男はこりごりなんですぅぅぅ!あいつらマジ最悪ですよ。害悪です!人をさんざん弄んでポイですよ!私はあんた達の財布になるべくして生まれたわけじゃないっつーの!!あんな女を食い物にする害獣、滅んでしまえぇぇぇぇ~~!!!」
私が修道女(見習い)らしからぬ発言をしたとき、「コホン」と後方で咳払いが聞こえた。
はっとして振り向くとそこにいたのは見慣れた青年だった。
「失礼。シスター殿…、あまりにも熱心に祈りを捧げていたものですから。お声をかけるのも忍びなく…」
だったらそのまま黙って立ってろや、と思ったが私は努めて笑顔を作る。
「いえ。こちらこそ、気づかずに申し訳ありません。オミ様、今日はどうされました?」
「告解を。シスター殿」
オミはその長身でずいっとこちらに近寄って来た。
私は思わず後ずさる。ひぃぃ
「? シスター殿?」
「うあ、はい…。ええとですね、司祭様が今ちょうどお留守なんです。申し訳ありませんが出直して……」
「そうですか…、なら貴女に聞いていただきたい」
「うえ!?いや、あんまり近寄られるのはちょっと……」
「は?」
「い、いや。何でもなくてですね……、私は修道女といっても見習いの身ですので…」
「構いません。誰かに聞いていただきたいのです」
彼はそう言って、サラサラの黒髪を揺らしながら私の方へ歩を進める。
(ひぃぁぁぁ!!)
オミが一歩進めば私は二歩下がる。オミが二歩進めば、私は四歩下がる。
ふたりの距離は縮まらない。
オミは呆れたようにこちらを見た。
「……シスター殿」
「お話ならばっ!ここで聞きますわっ!」
3m。これが限界だ。イケメンとの限界至近距離。
私は壇上に設置されてある演台から身を隠すように…顔だけ出して言った。
******
この「オミ」という青年――年齢は私と同じかちょっと上かと思われる。
彼は半年前に教会主催で開かれたチャリティーバザーからこっち、この教会へ頻繁に通っている男性だ。
髪と同様、闇のように黒い瞳がこちらを見つめていた。
やはりどこか呆れた様子だ。
私は奥歯を噛みつつ、手足が震え出すのを必死で堪える。
気分は肉食動物に狙われた小動物である。
「どどどどうされましたか?さぁ、早くぶっちゃけるならぶっちゃけて下さい」
「……ぶっちゃける……」
オミはため息をつき、大きく一歩を踏み出した。
私は短く悲鳴を上げた。私が身を隠している演台――そのすぐ後ろに彼はどかっと座り込んだのだ。
演台を挟み背中合わせ状態である。い、い、異性と!しかもイケメンと!!
「貴女は何でかな、俺をそんなに避けるのは。俺だって多少は傷つくのだが」
「さささ避けてなどおりませぬ…」
「はぁ。……何故こんなのが良いのか」
彼はぼそりとぼやく。
「? …何か言いましたか?」
「別になにも」
私は身を震わせ、そんな自分を、自分の両腕で抱きしめるような形で堪えた。
妙齢の異性と至近距離で会話をしている――何ということだ。
いや、考えるな。これは野菜だ。ベジダ・ボーだ!しゃべる野菜なのだ。
「告解を。シスター殿」
「……ひゃい」
「……」
歯の根も合わないせいで少し噛みました。
続けて下さい、ええ。構わないでください。
「兄上に好きな女性がいるのですが。俺はどうにも好きになれそうにありません。兄上はその女性との結婚を望んでいるそうですが、俺は激しく反対したいところです」
「……そっすか。それ、半年前から言ってますよね」
反対したいところ、というか、反対してらっしゃるようですが。現在進行形で。
「……ええ。まぁ」
彼は若干決まり悪そうにしている。
恐らくこのブラコン野郎がその結婚に反対しているせいで、彼のお兄さんは好きな女性との結婚ができていないのではないかと予想している。面と向かって聞けないけど。恐らくそうだろう。
私はすうっと息を吸い込んで、彼に重々しく告げた。噛まないように一言一言気を付けながら。
「あなたの罪は赦されました。父なるルドゥーダ神も、あなたの行く先を導いてくださいます。安心してお行きなさい」
*****
――翌朝。
「♪偶像 磨くっきゃない~綺麗にみーがくっきゃない♪今より誰より輝いて~♪」
私はルドゥーダ神の像をゴシゴシ磨いていた。
本日の彼もふつくしい。
ふんふんと上機嫌に磨いていると、これまた聞き慣れた声が後方から聞こえた。
「なんですか、その不敬な歌は」
「げ。オミ様」
昨日に引き続き、またも彼がげんなりした様子で、礼拝堂のベンチタイプの椅子に寄りかかっていた。
「あのぅ、何の御用ですか?告解ですか?今日なら司祭様いらっしゃるのでお呼びしますよ」
彼は軽く手を上げ私の動きを制した。
「いえ。今日は貴女に用があって来ました」
「は?私にですか?」
「ええ。貴女のことをもっと知るべきだと思いまして」
「…なぜ急にそのようなことを」
良い迷惑である。別に私のことを彼に知ってほしいとは思わないのだが。
こちとらあなたは路傍の石だ。いいや、石に失礼だ。
イケメンというだけで路傍の石のように無視できる存在ではないのだった。くそ、忌々しい。
「……兄上に言われるだろうから。仲良くしてほしいと。それで何故貴女がここにいるのか。その理由をちゃんと知り説得しなくてはと思いまして。下手に刺激して他に逃げられるよりかはと思って時間をかけたつもりでしたが、時間をかけた割には何の成果も得られていないし。……外国で忙しくしている兄上に代わって俺が迎えに来ているのだから。役目をちゃんと果たさなくては」
「……? おっしゃっている後半部分の意味がよく分からないのですが」
正直前半部分もよく分からない。
なんで彼のお兄さんが私と仲良くしろって言うんだろう。
「いえ。こちらの話です。……シスター殿。何故貴女はここにいる?」
「なぜって?」
「家は?家族は?恋人…いや、許嫁や結婚の話もあったでしょう? 貴女は何故ここにいる?」
私はぽかんとして思わず彼をまじまじと見つめてしまった。
いやに断定的な物言いをする。
「私が身寄りのない孤児だという可能性はあなたにありませんの?」
「それはありませんね。貴女は時々おかしな行動も取るが、やはり身寄りのない孤児とは違う。所作に品があるし、字の読み書きもできる。計算もできる。そういった貴族の子女が持つ教養がある」
ああ、そうか。
彼との出会いはこの修道院で開かれたチャリティーバザーだったっけ。
そこでお金の計算や帳簿をつけている様子を見られていたのだろう。
私は「ふう」と息をついた。
別に彼に隠さなければいけない話でもないだろう。
「確かに私は至って恵まれた家の出です。両親もまだ健在ですし、何不自由のない生活をしておりました」
「ならば、なぜですか?何が気に食わなかったのですか?」
「それは勿論、結婚です!」
「え?」
今度は彼がポカンとして私を見つめていた。
「結婚が…?何故…?兄上は俺から見ても良い男ですよ?」
「? あなたのお兄さまがどうしてそこで出てくるの!?私の結婚相手はねぇ、ハゲてて小太りの、自分の親と同じ年齢のロリコン野郎なのよ!!」
「ええ!?どうしてそんなことに……」
「こっちが聞きたいわよ!!」
私は地団駄を踏んだ。
「ただでさえ、男が大・大・大・大嫌いなのにっ!そんなおっさんの妻になるなんてっ!私の人生詰んだも同然よぉ!」
「ええと、貴女は何かとんでもない誤解をしているのでは…確かに俺の父はハゲているし小太りだが。ロリコンではないし。……何より俺の兄上はそれはそれは見目麗しいぞ」
私は「ぎゃー!」と叫ぶ。
「だから何でそこであなたのお兄さまが出てくるの!さりげなく褒め称えつつも滑り込ませてくるんじゃない!私はねぇ、イケメンなんて大嫌いなの!ロリコンおっさん以上にだいっきらいなのよ!!」
「そ、それは何故…」
私はビシッと彼に指をさして宣言した。
「イケメンなんて生き物は滅ぶべきなのよ!」と。
「あいつら……妹が難病で治療費足りないって言うから50万貸したのに返って来ないし!さんざん良いように遊ばれて。飽きたらボロ雑巾のようにヤリ捨てポイ!さんざん私で温まった後でポイされるのよ!私は使い捨てカイロかよ!!」
「そ、そうか……」
「誰が上手いこと言えと!」
「誰も言っていない……」
彼は片頬をひくひくしさせていた。これは引いているな。
その態度に若干イラッとする。
おまえが聞きたかったことだろうに。なんだその態度は。
「だから、私は男なんか嫌いなの。あとブログですっぴんをUPする女とか、アラレちゃん眼鏡をかける女も嫌いよ!アラレちゃん眼鏡なんてかけて美人になるアイテムじゃないのに。……あれかけている女は自分が美人だから抜け感てやつを出しているのよ。アレでワンクッション置いて我々平凡な顔族の女と同じ土俵に立っているつもりなのよ。くそ、鼻につく。ああいう女が人の彼氏とったりするんだから!!」
私は前世の元カレを奪った女を思い出していた。
腸煮えくりそうだ。
オミは死んだ魚のような目をして、黙っていた。
「何を言っているのか半分も理解できなかったが…。シスター殿が極度の男嫌いだというのは理解した。しかも結構闇が深いな…」
私は肩で息をしながら彼を睨みつけた。
「ご理解いただけて何よりです。確かに私は男が嫌いだわ。でも、シスター見習いになったのにはね、他にも理由があるわ。ちゃんとした理由が」
「理由?」
オミは片眉をあげる。
「ええ、そうよ。神様が好きだからよ。だからシスターになっているの!」
「神が?貴女はそんなに信心深い女性なのか?」
「信心なんて知らない。でもそうね――…」
私はそっとルドゥーダ神像を見て微笑む。
ああ、いつでも穏やかな彼。変わらないその姿に私はほっとする。
「――神は……私の愛を重いなんておっしゃらないもの…っ!!」
「――は?」
「男の人は皆私の愛を重いって言うわ……それで2回フラれたわ。くっ…また前世に塩を塗りやがって……はぁ。あいつとあいつ…何番目の男だっけ…。いや、そんなことはどうでもいいわ。そう、神様はそんなことおっしゃらないもの!全身全力で愛しても『うぜえ』って言わないわっ!」
「……はぁ」
オミはぽりぽりと頬をかいていた。
聞いているんだか聞いていないんだか分からない様子だ。
やがてふっと吐息に混じって息を吐きだす。
「――神はそれで。貴女に思いを返してくれるのか?」
「は?」
「貴女のその、重たい想いとやらを神は受け入れてくれるだろう。でもそれだけだ。貴女と同じだけの気持ちを返してくれるはずもない」
「私は…そんなこと」
「そんなこと望んでいない?本当に?貴女は…愛し愛される対象が結局のところ欲しいのではないのか。神は貴女を愛し祝福してくださるだろうとも。でもそれは平等の愛だ。貴女にだけ特別に注がれるものじゃない」
彼は淡々と続けた。
「敬虔な修道女や神に仕える者はそれで良いでしょうが。だが貴女は違う。俺にはそう思える。貴女はもっと俗物だ、誰かにとって1番になりたいと愛情を欲しがっているように見える。…でも神はそれを叶えてはくれまい」
私はひゅっと短く息を吸い込んだ。
途端、涙がぼろっと溢れて落ちた。何故泣いているのかも分からなかった。
ショックだったのか。だとしたら何がショックだったのだろうか。
――彼の言っていることがいちいち図星で。痛い所を突かれたからか。
「違う。私はもう…そういうのはいいの。疲れたの。ただ静かに暮らしたい…誰にも心乱されずに、ツライ思いもしたくない、傷つきたくないの」
どうして誰も私を愛してくれなかったの。
私はいつもあなた達に両手を広げていたのに。
「私はいつだってこれが最後の恋だって思いながら恋をしていた…いつもいつも、本気で人を愛して、そのたびに傷ついてきた」
悲劇のヒロインぶるつもりはないのだけれども。やはり私はどこかでそんな役割を演じていたのだろうか。
下を向いた途端、やはり大粒の涙がぼろっとこぼれて床に染みを作った。
オミはそっと私に近づき、私の頭を引き寄せる。
「申し訳ない。泣かすつもりはなかったのだが…。こういう時はどうしたら良いものか…」
彼は本気で困っているようだ。困惑した様子の声が物語っていた。
彼の皺ひとつない上等なシャツをぎゅっと握りしめ、私はぐしぐし泣いた。
オミは頭をぽんぽん叩きつつ、私が落ち着くのを待ってくれた。
「なるほど。貴女は情が深い女性なんだな。いささか暴走が過ぎるところがあるが。いつでも全力なのか。……はぁ、これは。確かに危なっかしくて放っておけない…」
「参ったな…」というため息交じりの声が頭上から降ってくる。
未だぐずぐず鼻をすすっている私を胸に抱きながら、彼は苦笑交じりに漏らす。
「シスター殿。もう一度人間を――男を愛してみたらいかがか?きっと次は同じだけの想いを返してくれる男に巡り合う。俺が保証しよう」
私はぱっと彼のシャツから顔を離す。
彼の言葉を聞き、反射的に彼を見上げた。
――と同時に尻もちをついた。
(わ、わ、わたし…今、このイケメンに抱きしめられていたっ!?)
私は修道服の長袖をぱっとめくった。白い肌に赤い発疹が点々と…。
(今更ながらに、肌にぶつぶつがぁ!か、かゆい!!)
そのまま床に座りこみ、がくがくと震えている私を見て、オミはやっぱり「まだ時間がかかるか」と笑った。
そう言いながら目の前に座り、私の目を覗き込む。
「告解を。シスター殿」
「……え?」
「兄上の好きな女性を、どうやら俺も気になり始めてしまったらしい。こんな不埒な男を神は――貴女は赦してくれるだろうか?」
私はあんぐりと口を開けたまま、彼を見た。
オミは何かを抑えるような、切ない顔をして私を見つめ返している。
一体いつの間にそんな事態になったのだろう…。
私は腫れぼったい目をこすりながら、「コホン」と咳を一つした。
「……赦します。父なるルドゥーダ神も…この私も」
「そうか」
彼は目を細め私を見つめた。嬉しそうな顔に見える。
私はその穏やかな瞳に映る自分を見て、ある決意をした。――告白の。
「告解を。私の懺悔もあなたは聞いてくれますか?」
「? シスター殿の?」
オミは居住まいを正して私に向き直る。
私は手を合わせた。まるで彼が私の神かのように。
「……もう一度恋をすることを神は赦してくれるでしょうか。あなたに言われて、私単純だけど、やはり自分が恋愛体質なんだって気づいたの。男を愛することをやめられないわ。でも、ねえ?私が人を愛することは、神への裏切りになるかしら?きっと私、その人を好きになったら、神様のことなんてどうでも良くなってしまうわ…」
オミは笑った。「神もそこまで狭量ではないだろう」と。
私は涙を拭きながら、立ち上がった。
何かの決意を固める様に。
「ならば、私は還俗します!」
彼もつられて立ち上がる。
「それが良いよ」
「それで、ミッドワルズ伯爵の奥様になるわ!!」
「……伯爵の?」
彼は訝し気に聞き返した。
私はぐっと拳を握りしめて力強く断言する。
「ええ、そうよ!ハゲでデブでロリコンでオッサンでも構わないわ!いいえ、その方がむしろ良いわ!浮気できなさそうじゃない!」
「……いや、見合いの話は伯爵の息子では……」
「むしろ若くてイケメンな男性はやっぱりまだ苦手だわ。うん、断固お断るわ。それに前世の男と全然違うタイプの男となら上手くいきそうだものっ!きっと私、伯爵の愛される妻になってみせるわ!!」
「……聞いてない…父には母がいるんだけどな」
彼は「はぁぁぁ」とおでこに手を当て物憂げな表情を浮かべている。
「なにか言いましたか?」
「いいや。…兄上も俺も苦労しそうだなと思っただけだ」
「?」
「……分からないならいい。じきにわかるさ、シスター殿」
彼は何故か私を見て、嬉しそうにしていた。
教会のステンドガラスから差し込む青や赤の光が、彼を照らしている。
――私はちょっとの間だけ、その笑顔に見惚れてしまったのだった。
初めて予約投稿機能を使った…。
色々な鬱憤を発散するために勢いがつきました…。
ちなみにオミさんはアリーシャより年下だったり…という裏設定がありました。