表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マルボロメモリー

作者: 常煮一人

少なからずあるでしょう。

スリルを感じたこと。

 チャイムが静寂に包まれた校内で鳴り響く。それを合図に、筆箱にシャーペンを入れる音、椅子を引く音などで賑わう。その音がしばしの休憩時間の名物とも言える。

 

「ちょっと保健室行ってくるわ」

「おう」

 

 近くの級友にそう告げた俺は具合悪そうな顔付きで教室を出ると、スイッチが入ったように階段を駆け登る。

 目指すは屋上。俺は俺なりの休憩時間を過ごすぜ。

 

 三段抜かしで駈け登ると、佐倉が待っていた。

「おっせーよ」

「悪い悪い」

 

 佐倉の文句をさらりと受け流すと、職員室で盗んだ屋上に入るための鍵を差し込み、錆ついたドアをこじ開けた。

 

「うえーい」

 俺が歓喜なる声を上げる。ここはもう、俺らの秘密基地だ。

 

 屋上内を走り回り寝転がる。

 

「すっげー」

 

 空はとてつもなく広く、太陽が明るく照らす。紫外線が初冬で凍えた俺の体を温める。

「あんまりうるせーと先生来るぞ」

 いつまでもクールな佐倉は、学ランの内ポケットに忍び込ませておいたマルボロの箱を俺に見せつける。

 

「うるさくしないから一本ください」

「たくっ、しょうがないわがままさんだな」

 まるで馬鹿にしたような言動にカチンと来て、屋上の鍵を落とそうとした。

「やめてくだせぇ、オイラの憩いの場が、憩いの場があ…」

 俺はそうだよな、と同意を求めながら一本もらい火を着けた。

「いやぁ、授業中に溜め込み溜め込んだストレスが抜けるな」

 

 まるで煙と共に吹き出すように、ストレスがスーッと抜ける。

 

 訳わからない公式や文法に頭を悩ませる。わからないけど分かろうとしないからだと思うが、50分も静かにしなければならないなんて俺にとっては拷問だ。

 

「たくっ、なんで20歳まで吸っちゃいけねえのかさ。こんなにいいのに」

「そうゆう制限がスリルを味わえるいい素材になれるじゃねえの」

「それがいい思い出になるよな」

「なぁ、卒業文集に書きそうだ」

 

 それはやめてくれ。

 俺は心の中でそう願う中、佐倉はゆっくりと口から煙を吐く。

 

 この煙も、ヤニ臭いこの匂いもいずれは消えるけど、こんなスリルを味わった思い出はいつまで経っても消えないだろうな。

 

 

 

 授業開始の合図を知らせるチャイムが鳴った。屋上にメガホンの形をしたスピーカーがあるからうるさくて仕方がない。

 

「授業始まったぜ」

 佐倉が火を床に押し付けて消しながら俺に知らせる。

「いいんだよ、俺保健室にいくって言ったし」

「偶然だな。俺もだ」

 佐倉は笑顔でそう言いながら、俺にもう一本渡した。

 

 

 

 

 そして時間が経ち、今日は卒業式となった。

 

「もうあそこには…」

 俺は誰にも聞こえないように呟きながら屋上を見上げた。

 

 そして俺は決意した。

 

「なあ佐倉」

「ん?」

「最後の思い出造り、いきますか」

「よしきた」

 

 俺らは走りながら校舎へと向かう。担任に忘れ物をしたと念を押し、屋上へと向かう。

 

「早く早く」

「おう」

 俺はポケットから屋上の鍵を取り出し、素早く穴に差し込む。

 ガチャ、と鍵が開き、錆び付いた引き戸を引くと、そこには誰もいなく、哀愁漂う屋上が見えた。

 

「ここも今日で最期か」

「なんか黄昏ちゃうな」

 

 ゆっくりと屋上の床を踏み締める。

 

  

 スリッパ型の上履きから伝わる床の温度がやけに体全体に行き届く。

 それは屋上がこれで最期の俺らに対しての、細やかなプレゼントかもしれない。

 

「よし、早速」

 

 

 

 

 ガチャ

 

 ガラガラ

 

 佐倉から一本をもらう所で錆び付いた引き戸が悲鳴を上げ開く。担任か、同級生か。誰かわからない。

 

 俺らは身を潜めながら、隠れる。

 

「うわぁ、初めて入った」

「まさか開くなんてな、屋上」

「誰かが開く音が聞こえてな。てか誰が開けたんだろう」

 

 この声は、俺らにひっついていた一学年下の後輩だ。

 後輩たちは屋上内を観察している。

 

 出るか?

 佐倉がコクリと頷く。

 

「クォラー!!何をしてるんだ!?」

 

 ビクッと後輩が震え、周囲を確認する。だがすぐに俺らを見つけて、安堵の表情を浮かべた。

 

「なんだー、先輩たちか」

「開けたの先輩たちですか?」

「ああ、拾ったんだ」

「すごいっすね」

 

 後輩が尊敬するまなざしで俺らを見ている。

 

 そうか、こいつらなら…。

 

「おい」

 後輩が振り向く。

「これやるよ」

 俺は後輩目掛けて鍵を放り投げた。

 鍵は綺麗な弧を描き、太陽の反射で何回か光りながら、後輩にキャッチされる。

 

「これ鍵っすか?」

「ああ、次期屋上主はおまえらだ」

「俺らの箱入り娘だ。可愛がってくれよ」

「はい!ありがとうございます」

 

 後輩は深く一礼する。

 

「じゃ、吸いますか」

 佐倉は笑顔でマルボロの箱を取り出した。

 

 

 

 俺らのスリルもこいつらが引き継ぐことになるだろう。

 

 もしかしたら、こいつらが落ちてたと言って鍵を渡すかもしれない。また知らない後輩に託すかもしれない。

 

 だけど、このスリルとヤニくさい匂いはここに残っている。

 

 ずっと、ずっと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 自分自身に多様な経験があるのですが(自分は中学でしたが)繋がる思い出、っていうのは何処かしら美化されていて、そんなところも含めて実に楽しく見事に書かれていました。これからも、という未来への期…
[一言] こんにちは、はじめまして。 読ませていただきました。 すごく爽やかな、私にとってはとてもノスタルジックなお話で、高校時代とか戻りたいなああと思わされました。 (私の化学の先生もはげてました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ