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#5 ジンクス

 空が朱から群青に塗り替えられようとしている。

俺は駅の改札を出た。家路につくサラリーマンやOLの間を縫う。駅前では、何人かのミュージシャンが歌っていた。珍しい光景ではない。いつもの光景だった。あの日も、そうだった。

 いくつもの音が聞こえる。

 雑踏の中にいくつもの音楽が混ざっている。ごちゃごちゃとしてやかましいくらいだ。そんな中で、ある音が、あるメロディだけがはっきりと俺の耳に届いた。音に導かれるように、俺は人の波をわけて進んだ。

 音の発信源の周りには人が集まっていた。5、6人くらいだろうか。足を止め、その音に耳を傾けている。サエの奏でる音に。

 あの日のライブで俺の心を揺さぶった、GUNSLINGERの新曲だ。アコースティック用に少しアレンジが加えられているが、間違いようがなかった。

 演奏が終わり、人が散る。俺だけがその場に残った。

 夕日が、サエを朱色に染め上げていた。

「遅かったやん」

 朱い彼が俺を見て言う。

「待ちくたびれたわ」

「毎日、ここで歌ってたの?」

「せやで。待ってるって言ったやろ?」

 ニヤリと笑う。

 自信ありげな彼の笑み。俺は、自分の鼓動が速くなるのを感じていた。

「勝手に、待ってるって言われても——」

「ここ、ジンクスがあるんやって。知ってる?」

 サエが俺の言葉を遮った。

「理想のボーカリストに出会えるってヤツ?」

「それそれ。以外やな。いっちゃんが知ってるやなんて」

 知らなかった。ヤナから聞いたのだと俺は応えた。

「まぁ、ジンクスの張本人やからな」

 サエが笑う。

「Bitter Tearsの事、俺の事。全部知ってたんだね」

「全部やない。ただ、Bitter Tearsっていうバンドにイツキっていう、俺好みのボーカルがいるって事は知っとった。その事を話さんかったんは、話す必要がないと思ったからや。森口樹っていうボーカルと俺はバンドを組みたい、伝えるのはそれだけで十分やろ」

 サエの視線は真っすぐ俺を捉えている。

「ここに来たって事は、何かしらの返事を聞かせてもらえるって事やんな?」

 返事。

 俺はどうしてサエの元に急いで来たのか。

 ここに、俺は何をしに来たのだ。

 彼に会って、どうしようと思っていたのだ。

 シゲちゃんとの約束。

 いや、違う。それは俺の一方的な誓いだ。シゲちゃんは俺に歌うな、なんて言っていない。シゲちゃんの曲以外を、シゲちゃんの隣以外で、もう詩を歌わないと俺が勝手に誓ったのだ。彼が望んでいるかいないかは関係なかった。それは、俺のエゴだ。

 俺はシゲちゃんの曲が好きだ。シゲちゃんと一緒にステージに立つ事が好きだ。Bitter Tearsが好きだ。他のバンドで歌ったらその大好きな物達を失ってしまう様で、それが恐いから、歌うことを辞めた。

 ずっと逃げていた。

 けれど、俺はボーカリストだから、歌が好きだから。歌うことが大好きだから。もう一度歌いたい。俺が、俺自身が歌いたいと思うその曲を。

 俺は、サエの瞳を見た。

「さっきの曲」

 GUNSLINGERの新曲。あのライブの日、彼らが演奏した、彼らの新曲。

 ヤナの言葉を信じるならば、俺の為に書かれた、サエの曲。

「俺ならもっと格好良く歌えるよ」

 俺はサエに言った。

 この場所にはジンクスがあるらしいから。俺たちが生み出したジンクスが。

 シゲちゃんにとって、『理想のボーカリストに出会える場所』。

 なら、俺にとっては?

「俺ならもっと良い詩で、もっと格好良く歌うよ。だから」

 俺は一呼吸置いてから、告げた。

「俺に、歌わせてよ」

 俺にとって、ここは『理想のギタリストに出会える場所』だ。

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