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嫌魔  作者: 桝田空気
3/5

十三歳


ああ、そうだ。





そろそろあいつのことを話さないとな。





おれの初恋の相手、缶藤美代子のことを。



中学一年の春、昼休みの学校の廊下で、初めて彼女を目にした。



髪が短く、色の白い、静かな目つきの娘だった。



窓際に立って外を眺めている彼女を見て、おれは息を呑んだ。



彼女の体も、おれと同じ膜に包まれていたんだ。



頭が真っ白になった。



まさか、自分以外にも、膜に包まれた人間がいただなんて、思いもよらなかった。



話しかけねえとって思った。なんか声かけねえとって思った。でも、言葉が浮かばない。五歳の頃からずっと人に嫌われつづけて、会話なんてものとは、ほとんど無縁の生活を送っていた。話し方ってものを、忘れてしまっていた。



彼女も膜に包まれていたが、おれは彼女に対して嫌悪感を感じなかった。



どうやら、膜に包まれた者同士では、嫌悪感を感じないらしい。



結局うまい言葉が浮かばなかったおれは、相手に先に気づいてもらおうと思い、ゆっくりと彼女の背後に歩み寄った。



そのとき彼女は、無言で窓から外へ身を投げ出した。



あまりにもためらいのない動きだったので、ここが校舎の三階であることを思い出すのに数秒かかった。



ずしゃ、という音がした。



おれは窓からそっと、下を見おろした。



一目見ただけで、死んでいるとわかった。頭の中身をぶちまけて、生きていられるわけがない。うつぶせになって落ちていて、表情が見えないことがありがたかった。



落ちた場所は裏庭で、人の気配がなく、おれ以外誰も彼女の死に気がつかなかった。



おれはぼうぜんと突っ立っていた。頭の中がしびれたようになっていて、何も考えられなくなっていた。



昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴りひびいた。数人の男子生徒が、楽しそうにしゃべりながら後ろを通りすぎていった。





その時、異変が起きた。






彼女の死体を包んでいた膜が、小刻みに震えはじめたんだ。



それと同時に、死体の耳から、白い汁のようなものが、大量にあふれだしてきた。



おれは口を開いたまま、その様子をながめつづけた。



汁は、膜の内側の面に当たると、すうと消えていった。おれには、膜が汁をすすっているように見えた。それが数秒程続いたとき、突然汁の一部が人の顔の形になった。



背筋が冷たくなった。



汁が形をとったその顔が、死んだ彼女のものだったからだ。痛そうな表情を浮かべながら、その汁は膜の内側の面に吸い込まれていった。





おれはその時わかった。



あの白い汁が、彼女の魂だと。



理性ではなく、感覚でわかった。



それと同時に、この膜の習性をなんとなく理解した。



まずあの膜は、人間を包み込む。そしてまわりに嫌悪感を発し、その人間が他人に嫌われるようにする。



その人間は深く絶望し、やがてあの少女のように自殺する。



膜は、そうやって死んだ人間の魂をすする。



あの膜は、そういう何かなんだと、そのときのおれはさとったんだ。




それからしばらくの間、おれは完全に気持ちが歪んでいた。



ちょっとおれの指を見てくれよ。ほら、形が変なふうになっているだろう?



あのあと、おれは彼女が死んだのは自分のせいだと思って、何度も指をかじったんだ。それでこうなった。おかげでいまでも、缶ジュースのプルトップをうまく開けられない。



だってそうだろう?



あの時おれが、もっと早く話しかけていれば、自殺を止められたかもしれないんだ。



彼女の名前が缶藤美代子だということは、その後、学校中に広まった噂を聞いて知った。



缶藤美代子。彼女も膜のせいで、様々な苦しみを味わってきたのだろう。だから、あんなことをしてしまったんだ。



いまでも後悔しているよ。なんで、話しかけなかったのか。おれだったら、彼女の苦しみを分かち合うことができたんだ。



あの日の後、おれは毎晩、缶藤美代子のことを考えた。



もしあの時、自殺を止めて、彼女と仲良くなれたらという仮定の出来事を何度も想像した。缶藤といろんな話をしたり、いろんな場所へ二人で遊びに行くところを、思い浮かべた。



そのうちに、おれはその空想上の缶藤に恋をした。



それが、おれの初恋さ。



気持ち悪いって?わかってるよ。



毎晩、彼女との逢瀬を空想した。夢にも見た。



そして我にかえり、彼女が死んだことを思い出しては、うめきながら指をかじった。









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