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君の温もりと北風

 暦の上では、もう春を迎えたらしい。それでも寒さは変わらない。暦とは違って、実際の春が来るのはまだ先のようだ。

 冷え切ってしまった手を擦り合わせ、温めようとしてみる。冷たい手を少しでも温めようとしてみる。

 しかし北風が吹くと、体温は一気に奪われてしまう。小さな努力も、全て無駄になってしまう。

 まだ君が愛おしいと感じている。冷たい体は、なんだか妙に熱かった。当分の間、心には冬が来なそうだ。

 もう二度と会えないことは、僕自身が誰よりも知っている。会えない、会うべきでない。それを知りながらも、尚求め続けてしまう。

 そしてそんな気持ちすら、北風が吹くと冷めてしまう。いつも僕を嘲笑っているようなので、北風が嫌いだった。


 鬼は外。悲しみから逃れたくて、一人呟いてみる。一人で寂しく、豆をまいてみたりする。悲しみを齎しているであろう存在を消したくて、豆をまいてみたりする。

 そんなことをしても、気持ちが変わりはしなかった。何をしても、頭の中にはいつも君のことだけ。君の姿だけが浮かんで来るんだ。

 もしかしたら、鬼は君なのかもしれないね。君はとても優しいのだけど、僕に悲しみを齎しているのは君だから。絶対に離れてくれないで、僕の頭を埋め尽くす。君は何よりも悪い、他のどの鬼よりも卑劣。幸せを与えて突き落とすなんて、最低さ。


 接吻を求めてしまう節分になると。

 寒さのせいで、温かい君が欲しくなるのだろうか。温もりを求めて、君のあの口付けを思い出してしまうのだろうか。節分ではなく、大寒日の恐怖なのかな。

 もう一度あの幸せが欲しい。柔らかくて、優しくて、温かくて。僕をいつでも元気にしてくれた、君の唇。今の僕に気付いたら、君は戻って来てくれるのだろう。触れることが出来るんだろう。あの時よりも、アツクアマク。

 接吻を求めてしまう節分になると。

 君との温かい記憶が悪いのであろうか。お互い幸せになろうと別れたのに、また君の元へと戻りたがって。それが君のことも、後の自分のことも苦しめる。わかっているのに、醜い欲望が溢れていく。欲望って、怖いね。

 君の唇を、もう一度。欲張りはしないから、もう一度だけ僕の元へ。



 君の笑顔、僕の笑顔。二人で笑い合った、あの夏。懐かしい夏を思い出す。

 すると、目元はじわじわ熱くなって。そこだけ火傷しそうなくらい熱い気がして、その分寒さは増しているように感じた。目元が赤いのは鼻が赤いのは、熱さのせいだよ寒さのせいだよ。目から落ちる水は、汗じゃないかな。

 そして流れ落ちた雫も、北風が攫って行ってしまうんだ。やがて頬を滴る雫も、北風が乾かして温かさは消えて行くんだ。

 秋になると、君は悲しい表情を浮かべることが多くなった。そして僕と君の距離はどんどん開いて行ったんだ。それを思い出して、秋が巡り来る度に僕は胸が締め付けられるような気分になる。

 もう二度と会えない。もう忘れるべきだって、僕が一番思っている。それを知って尚、哀しんでしまう。

 落ちていった恋さえ、北風が吹き飛ばしてしまう。破れた気持ちさえ、北風が全て攫っていってしまうんだ。


 福は内。幸せを手に入れたい。自分で戦うしかそれを手にする方法はない、それはわかっているけれど。幸せが来てくれないか、と願う。幸せになりたいと、豆をまいてみたりする。

 頭では忘れたいと思っている。それでも体が君の温もりを覚えているんだ。その温もりを求めているんだ。離れてくれないんだ。

 そんなんだったら、絶対に離れないようにして欲しい。僕を覆うのではなく、僕の中に残り続けて欲しい。


 接吻を求めてしまう節分なると。

 孤独でいるせいなのであろうか。孤独であることから、君の温もりを探しているのであろうか。独りである恐怖から、君を探しているのであろうか。寂しいよ。

 君の美しい唇に触れたい。いつよりもきっと、ずっと。あの日よりも、アマクフカク。

 接吻を求めてしまう節分になると。

 パックリと胸に空いてしまった穴。この塞がらない、傷の痛みのせいなのかな。僕が一番恐れているのは、君。きっと、君なんだね。

 君の唇を、もう一度。欲張りはしないから、もう一度だけ僕の元へ。


 凍える体。それを温めてくれる君は、もういない。

 押し潰されそうになる、重い想い孤独。冷たく吹き抜ける北風、伝う辛い雫。それを乾かし、残る寒さ。僕は震えることしか出来なくて。

 たった独りになった僕は、何をすることも出来ない。ただ怯えているしかなくて。

 ずっと僕の強さだと思っていたものは、君の強さだったと気付く。そうすると僕は、自分の弱さが悲しくなってくる。あまりの弱さで、もう苦しいよ。


 接吻を求めてしまう節分になると。

 果たしてこれは、寒さから温もりを求めるものなのであろうか。節分の想い出ではなく、大寒日の恐怖であろうか。

 君が帰ってくることはない。それは理解しているから、せめてあと一度。あともう一度だけ、美しい唇に触れさせて欲しい。以前よりも、アツクアマク。

 接吻を求めてしまう節分になると。

 幸せの日々の記憶が僕に残って、決して離れない。そんな素敵な記憶のせいなのであろうか。幸せを求める、人間の欲望には恐怖を感じざるを得ない。

 僕の唇は、君のことを求めている。頭では別れを認めていても、未だ求め続けている。僕の唇をもう一度だけ、君の元へ。


 わかっているよ。どんなに求めたって、あの幸せが戻りはしないと。君が戻って来てくれたりは、しないと。

 僕の心は君の想い出で温かくて、まだ夏はこれから。僕の心には穴が空き、冷たい風が通り凍える。僕の心埋め尽くしているもの、それは。

 君の温もりと北風。

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