きつね、拾われる
初めまして。
きつねさんが主役、ほのぼの系コメディーのはじまりです。
「きつねさんと主人公の出会い」を是非お楽しみくださいませ。
「おっ、今日は餅巾が安いな」
そんなことを言いながら夕飯のおでんをいくつか見繕った。
「ありがとうございましたー」
扉の開閉音と店員の声に見送られながらコンビニを後にする。
外は雨だ。
土砂降り…というほどではないが、傘を差さずに歩くのは無理な雨量だった。
俺は仕方なく、鞄から常時携帯している折りたたみ傘を取り出した。
暦は3月下旬。
そろそろ暖かくなってくる時期だが、最近の異常気象の影響だろうか。
悪天候、そして現在の時刻が夜ということも相まって、気温は10℃下回っていた。
もちろん温度計を持ち歩いているわけはなくあくまで俺の体感ではあるが。
風が吹くと思わず「さむっ」と言ってしまうくらいには寒かった。
そんな訳で、せっかく買ったおでんが冷めないように少し早足で我が家を目指す。
現在地から家まではゆっくり歩いても10分ほど。
買ったばかりのおでん完全に冷めたり、ましてや雨に濡れてびしょびしょになることは決してない。
……はずだった。
道路沿いの店が立ち並ぶ道を抜け、歩道と車道の区別もないようなに入る。街灯はほとんどなく、住宅から漏れる明かりと、小さな酒屋に設置された自動販売機が放つ灯りがあるだけで、少なくとも都会とは言えない。
その先にたった5、6軒の家が並ぶこじんまりとした小さな住宅地があり、俺の家はその中のひとつ。
ここまで来るのになんら障害はない。
ただ一つあるとすれば道路沿いの道の一角。
フェンスに囲まれた、ベンチだけが置かれた空き地。
「ゆうぐれ公園」
という彫文字がなければ誰も公園だとは思わないだろう。
そんな公園ーもとい空き地が俺にとっては障害物になりうる。
何故かって?
「動物を捨てる住民と動物を愛でる俺によって引き起こされる特異反応」
簡単にいえば
「捨てられた動物を拾わずにはいられないから」
である。
まあ単に動物好きなだけなのだが。
この公園にはたまに住民のペットだったであろうものが捨てられていることがあり、俺はそれを見つけては拾って帰ってしまうのだ。
さて、説明が長くなってしまったが話を進めよう。
俺が公園の前に差し掛かったとき、視線に飛び込んでくるものがある。
ダンボール。
白いタオル。
その隙間から覗く耳。
またか、しかたないじゃないか。
だってこんなに
「かわいいんだからあああぁぁぁ」
思わず連れ帰ってしまった。
これが動物じゃなく人だったら立派な誘拐だな
あ、でも捨てられてたんだから違うか
次の瞬間。
……我に返る。
「あれ?おでんは?」
持っていたはずのおでんがない。
ちょっと待て、順を追って思い出してみよう。
公園に入った俺の手には確かにおでんの袋がしっかりと握られていた。
視界の端にダンボールが置いてある、まだおでんは無事だ。
ダンボールの中で何かが動き耳が見える。
その瞬間、俺は傘とおでんを放り出し、まるで抱きしめるかのような体制でダンボールを掴みにかかった。
もうお分かりだろう。
今現在俺の両手にはダンボール。
地面に淋しく佇むおでんと傘。
「……」
夜の暗闇の中、しばし沈黙。
「……、くしゅんっ」
とにかく帰ろう、そう思い俺は家路を急いだ。
家に帰ると、一目散にダンボールを覗く。
タオルにくるまれていたとはいえ、濡れた体では体温が下がってしまう。
「猫じゃないよな。犬か…?」
いや、俺は知っている。
これは狐だ。
以前見たテレビ番組に出てきたキタキツネの映像がはっきりと脳裏に浮かぶ。
「…きつね」
その台詞は俺ではない何かから発せられた。
不審に思い辺りを振り返って確認するが、そもそもひとり暮らし、自分以外の声が聞こえるなんてあり得ないことだった。
聞こえなかったことにしよう、とタオルで狐(?)の体を拭きだしたそのとき
「きつねだって言ってるんじゃこのボケー‼︎」
か細い声ながら、それに釣り合わない内容の言葉が聞こえてきた。
目の前の狐から。
「は?」
俺は動物が好きだ、会話をしてみたいと思ったこともある。
だがさすがに実際に動物が喋るなんてことは信じられない。
オウムならまだしも狐だし。
空いた口が塞がらない、耳を疑う、鳩が豆鉄砲を喰らう、そんな表現をどれだけ並べても足りない。
状況を飲み込めない俺の眼前、さらに信じられない光景が繰り広げられる。
目の前にいた狐がポンと音をたてて消えた。
代わりに現れたのは金髪の幼女。
「よろしく…お願いします」
礼儀正しく美しい角度に下げられた頭には、髪と同じく金色の耳がピクピクと動いていた。