三話
ちょっと長くなりました。一部編集しました。
追記、話を一部改変しました。
「アレクシス……?」
驚きました。彼は私が丹精込めて作ったNPCだったはずです。ええ、NPCですよNPC。
実は《ベルセルク・ワールド》では自分でオリジナルのNPCを創ることが出来るのです!あ、勿論費用はかかりますがね。
その中でも特に拘ったのは私専用の執事さん、所謂お世話係りさんみたいなものです。
全身に至っては装備やら武器、話し口調やら声音、性格までこと細かく設定した苦労はアレクシスのみです。あれだけで3日も掛かりましたからねぇ。懐かしい思い出ですね。
それにしても、ゲーム時のアレクシスの顔つきがより精悍になったように見えます。元々綺麗な顔をしてましたが、私の記憶より少しだけ歳をとったよう。といってもほんの5歳程ですが。
……そういえば、私達魔王が消えて500年経ったんでしたね。それでは、このアレクシスは--。
「--アンジェ、リーナ、様」
「っ!」
囁くような重低音の声が部屋に響いて思考を戻し、改めて部屋の中央に居る彼を見ると、記憶にある、ゲーム内では表情を動かさなかった彼は、何故か顔を大きく歪めました。
私は焦りました。顔を歪めていながらも、一歩も動けないというような彼に胸が押し潰されそうでした。親に捨てられた子供のような、そんな表情を浮かべる彼に向かって足を運び、目の前に立つと彼はよりいっそう顔を歪めてしまいました。
彼がこんな表情を浮かべるなんて、前のゲーム時でしたら思いもよらないことでしょう。
NPCは所詮NPC。何の表情も浮かべることなく決まった台詞、決まった行動をするのが彼等がNPCと呼ばれる所以でしたが、今ではもうゲームではない、これが現実なのだと改めて実感します。
それに私自身が丹精込めて創った子です。アレクシスが自分で考えて行動するという一個の精神が出来たことに胸が熱くなります。
腕を伸ばして彼の褐色の頬に触れると、彼は堪らなくなったとでもいうように、ただ静かに透明な雫が流れ、零れ落ちる前に私の紫色の手袋に染み込みます。
知っているようで知らない、でもやっぱり知っている。私が創り上げた彼は、私の手を取り緩慢な動作でゆっくりと跪いた。
「……お帰りなさいませ、我が、主」
「--ただいま帰りました。アレク」
500年もの間、私を待ってくれていたアレクシス。貴方のためにも、私はこの世界で生きることを誓いましょう。
500年の時間分を埋めなければなりませんね。
********
「アレク、今この世界で何が起きているのか、教えてくれる?」
私とアレクシスは、先程の空気を替えて一先ず埃っぽいこの部屋を掃除致しました。といっても、私は殆ど掃除させてくれませんでしたが(アレクシスが自分一人でやると言って聞かなかったからです)。
私は自分の執務机の、クッション材の多い椅子に座りました。全部一人で掃除を終わらせたアレクシスにお茶の一杯でも飲ませたいものですが、この部屋の棚にあったこの部屋専用の、私のお気に入りのティーセットまで何処かへ行ってしまったようです。盗まれたということでしょうか、人間許すま……え、アレクが逃げる時に一緒に持っていったの?それなら良いわ。
私が親しい間柄にだけ見せる崩した口調にアレクは少しだけ微笑みながら質問に答えてくれました。
「アンジェリーナ様を含めました魔王様十名、その他有能な者達が500年前に突如として消え去り、我々が混乱に陥った直後に人間界からの攻撃を受けました。我が国は最初に攻め込まれた場所から遠かったため、物質的な物はあまり被害は出ずに済みましたが、それでも人間に見つかった魔族は悉く惨殺され、今では魔族の存在は500年前より1/3ほど減少してしまいました」
大体は製作者からの通知の内容と同じですが、僅かな疑問点が挙げられます。
まず第一に、私達プレイヤーが居なくなった直後に攻撃を受けたという点です。まるで私達が消え去ることが分かっていたように感じます。
ということは……。
製作者という存在が怪しいですね。
NPCとはいえ、魔族。
魔族が己の仲間を人間に売る筈がありません。
なので、製作者の存在が怪しいということが妥当でしょう。
そういえば通知にありましたね。
……『ここはゲームのベルセレク・ワールドとは少し違う』と。
少しどころではないのですが、つまり人間が作った世界ではない。
神の御業、とでも言うのでしょうか。
そこはかとなく、製作者が人間ではない様な気が致します。
………………今はこれで納得しましょう。うん。
そしてもう一つの疑問点。それは人間が魔族を惨殺したという点です。
元々ゲーム時の人間は設定通りならば魔族より圧倒的に弱かったはずです。戦いを挑んでくる人間は殆どいませんでしたから。それが惨殺までするということは。
「人間(NPC)が意志を持って強くなったということ……?」
これなら話は頷けますが、それにしたって惨殺とはどういう事でしょう。取り敢えずNPCのことは伏せて疑問点をアレクシスにぶつけてみました。
アレクシスも同じことを思っていたのか、神妙に頷いてみせます。
「はい、アンジェリーナ様が疑問を持つ事は当然です。アンジェリーナ様方がいなくなられた後、私は残っている者で調査に行かせた部隊に情報を探し、そして殺された魔族の死体に斬られた傷と刺し貫かれたがあるとのことでした」
「成程……傷だけで殺されていたのね?」
「はい。魔法が使われた形跡が無く、あったのは複数の斬り傷のみで殺されていたと。あとはこの手錠が死体に嵌められておりました」
そう言ってアレクシスは亜空間から少し変わった手錠を取り出しました。本当にこの子は有能ですね。
私はそれを受け取って眺めます。見た目が少し変わっているように見えるだけで何の変鉄も見当たりませんが……。この場合はこの手錠のステータス効果を見てみる事が一番でしょう。
手錠に触れながら『ステータス』と呟くと、以下の事が表示されました。
『 《魔封じの手錠》
触れるだけなら問題はないが、これを対象者の手首に嵌めると対象者の魔力を封じ、魔法が使えなくなる。対魔族用』
なんですかこの手錠は。
まるで魔族を奴隷のようにしたいかのような代物。
こんなものを人間が作れるはずありません。
NPCが意志を持って強くなったとしても、これが完成して魔界に攻め込むとしてもタイミングがあまりに良過ぎます。
この世界の製作者が関わっていない限りは。
製作者が何を考えているのか分かりません。
溜息を吐きそうになりましたが、アレクシスの方が何倍も苦労したに違いないので我慢です。それでも顔は顰めてしまいますが。
それにこの子は500年もの間、ずっと私を待っていてくれたのです。十名の魔王と有能な者達がが忽然と消え、そして同族が人間に惨殺されてきたことにずっと耐えてきたはずなのです。
先程、私が憎くないのかと問うてみました。何も言わず唐突に消え、500年経って漸く戻ってきた私に怒りを覚えるはずだと思ったのです。意図してやったわけではありませんが。
ですがアレクシスは私の言葉で目を閉じ、微笑んで小さく言ったのです。
『どれ程私が貴女を待ち望んでいたか、貴女は分からないのでしょう』と。
精神的に土下座したくなりました。でもそれをすると変人に思われかねないので、俯いて謝ることしか出来ませんでした(少し涙目になってしまいました)。今度彼に何か貢ぎましょう。そうしましょう。
「アンジェリーナ様、これから如何なさいますか?」
これからどうするか、と聞かれたら答えは一つ。やることは決まってます。
「取り敢えずは人員の確保と城の修復、それから情報収集ね。……最終的に魔界で蔓延っている人間共には報復を与えてやるわ」
そして製作者が何を考えているのか、問い合わせしなきゃね。
多分今の私の顔は、真っ黒に微笑んでいるでしょう。アレクシスも同じように何やら黒い笑みを浮かべておりますね。あれはツッコんだら死ぬタイプです。
さて、待ってなさい人間共。生きていることを、いや存在していることを後悔させてやりますから。
********
報復といっても、先ずは魔人員ですね。全くもって足りません。まあ私一人でも相手に出来ると思いますが、人間がどれだけ強くなっているのか情報も欲しいところです。取り敢えずアレクシスに聞いてみましょう。
「アレク、我が国に与していた者で生き残っている魔族は?」
「私は勿論のこと、侍女のミリアも生き残ってはおりますが……」
ミリア――本名はミリアレーヌで、アレクシスと同じお世話係りの、私専属の侍女です。その子も私が創り出した子です。アレクシスよりは時間を掛けてはいませんが、彼と同様思い入れは深いですね。
そしてミリアレーヌはアレクシスの妹という設定です。
しかし彼の言い方を考えると、その他のNPCは多分もう……。
「……分かりました。アレク、ミリアと連絡は出来ますか?」
この国で唯一生き残ってくれたアレクシスとミリアレーヌ。多分私がNPCのステータス上限ギリギリまで上げ、二人に見合った最強装備を付けたおかげでしょう。そういえばミリアレーヌもアレクシスと同じように外見が違ったりしているのでしょうか。
「既に連絡を入れております。もうそろそろこちらに到着するかと」
「……流石ね」
私が設定したのもなんですが、アレクシスが有能すぎて怖いですね。私には勿体無い執事です。自嘲しながらそう言うと滅相も御座いません、と少し困ったように微笑ました。本当に彼は表情豊かになりましたね。子が成長して(意志を持って)くれたので母親のように嬉しいです。
アレクシスと暫くお喋りしていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたと思ったらバァンと勢い良く執務室のドアが開かれました。それと同時に清楚で伝統的な膝下程長さのあるメイド服を着た、二十歳程の、金髪に近い茶髪を軽く巻き、ライトグリーンの瞳の女の子が大きなトランクケースを抱え、息を切らしながら入ってきました。ゲーム時の記憶とあまり変わってませんね。いえ、少し大人っぽくなったでしょうか。少し幼かった顔立ちは今では消え去り、変わりに大人の女性の色気が少し見え隠れしてますね。
――アレクシスの妹とは思えない外見だとお思いでしょう。彼の妹と設定した私ですら兄妹とは思えないほど外見は全く違いますからね。
部屋に入った途端、彼女は何処か呆けたように私の顔を凝視し、それから一歩も動きません。
「ミリア?」
心配になって彼女――ミリアレーヌに声を掛けると、更に驚いたように瞳を大きくし――目を潤ませてしまいました。
ぎょっとして立ち上がりかけると同時に胸元に衝撃が走り、咳き込みそうになってしまいますがグッと我慢します。
視線を下に向けてみると、先程泣きそうになっていた彼女の頭が私の胸にダイブしてました。
「姫様ぁぁあああーーーー!!いっ、いっ、今、までっ、何処に……っ!!」
おいおいと号泣してる彼女に申し訳なさが沸き起こります。意図してやったわけでは……あれ、この台詞前にも言ったような。まあそれは置いといて。
それにしても、彼女はこういうキャラだったでしょうか……。まあ全てのNPCはこのように感情的になることは決してありませんでしたからね。意志を持った新しい彼女の顔が見られて新鮮です。
見かねたアレクシスがべりっとミリアレーヌを剥がし、執務机の上から降ろしました。
実は私とミリアレーヌの間には執務机があったのですが、彼女はそれを飛び越えて私に文字通りダイブしてきたのです。ダイブですよダイブ。吹っ飛ばされなかったことに関しては自分を褒めたいですね。
まあそれも置いといて。
私は亜空間からハンカチを取り出して、涙でぐしゃぐしゃになってしまった彼女の顔を拭きました。
これでは冷やさないと瞼が腫れてしまいますね。そう言いながらハンカチに小さな氷魔法を施します。
「ひ、姫様、そのような」
「良いのよ。……ただいま、ミリア」
そう言って微笑むと、彼女はまたくしゃりと顔を歪め頬を濡らしてしまい、暫くの間しゃくり上げる彼女を宥めたのでした。
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