聖夜の人生リセットスイッチ
すみません。以前、連載で投稿していた作品を訳あって、再投稿しなおしました。
よろしくお願いします。
12月15日。
広さ20畳ほどのリビングの片隅に置かれた高さ2mほどのクリスマスツリー。
ツリーに取り付けられた色とりどりの電球は、大きな窓から差し込む陽光に負けじと、小さな明滅を繰り返していた。
*この写真はイメージです。
「のぞみおねえちゃん」
のぞみおねえちゃんと呼ばれた女の子は6歳になったばかりで、呼んだ男の子は4歳で、その名前を陽太と言った。
自分たちの部屋から持ち出してきたおもちゃが一面に広がったど真ん中に座っていたのぞみが、陽太に視線を向けた。
陽太はちらばったおもちゃのすぐ外で、両手を後ろに回して立っていた。
何か大切なものを隠している。そんな感じだ。
「おねえちゃん。僕ね。ずっと前に公園で拾ったものが、すごいものだって知ったんだ」
のぞみは陽太の言葉が終わるか終わらないかの内に、手にしていたおもちゃを放り出して、陽太の所に向かって行った。
「夢じゃなかったのね」
のぞみはそう言ったかと思うと、小さな右手を陽太の前に差し出した。
「渡しなさいよ。それ」
口調は少し恫喝気味だ。
「何の事?」
陽太は両手を後ろに回したまま、後ずさりした。
「分かってるんだから。
それを私に渡しなさい」
恐怖を感じた陽太は身をひるがえして、逃げはじめた。
すぐにそれを追いかけはじめたのぞみ。
リビングを出た先の細い廊下の途中で、陽太はのぞみに取り押さえられた。
のぞみが陽太の右手を掴んだ。
その右手には小さな箱状のものが握られていた。
その手の中にある物は、おもちゃにしてもちゃちい代物で、ボタンが一つついているだけのものだった。
「いやだ。渡さない」
陽太は激しく体をよじって抵抗している。
のぞみは陽太のしっかりと握りしめられた右手の指を掴んで、その手の中のものを取り出そうとし始めた。
「渡しなさいよ」
「嫌だぁぁぁ」
「どうせ、私に渡すはずだったんでしょ。
私は一度、それをあんたからもらって、試したんだから」
陽太の抵抗が止んで、涙目でのぞみを見つめた。
「本当?」
「もちろんよ。
昨日? って言うのかな。
陽太が私にこれを差し出して、時間を戻せる箱だって言ったんじゃない」
陽太が小さく頷いた。
「そんなものある訳ないじゃないって言ったら、陽太が試してみてよって、私に渡したのよ」
「そしたら?」
陽太は自分の状況を忘れたかのように、きらきらした瞳でたずねた。
「確かに一日前に戻っていたわ。
最初は夢でも見ていたのかと思ったけど、知っている事が立て続けに起こるじゃない。
だから、夢なんかじゃないって気はしてたのよね。
もしかしたら、私は未来を予知できる超能力って言うの? それを手に入れたんだと思ったわ」
「やっぱり、時間を戻せるでしょ。すごいでしょ。これ」
陽太は純粋に興奮気味だ。
「そう。全てはこれの力だったのよ。
だから、私に渡しなさいよ」
その箱を守る事をすっかり忘れていた陽太の体からは力が完全に抜け落ちていた。
ぴんと伸びきった陽太の右手。
まだ、握りしめてはいたが、その箱がのぞみに取り上げられるのは時間の問題だった。
「嫌だ」
自分の右手の指とその箱の間に浸食してきているのぞみの手をどかせようと、陽太が左手を重ねた。
箱に取り付けられているボタンの上には透明のカバーが付いていたが、そのカバーが跳ね上がり、カバーに覆われていたボタンがむき出しになった。
その一瞬、もつれ合う二人の指がそのボタンを押した。
くらくらとした眩暈にも似た感覚に包まれた二人。
目を開けた時、そこは廊下ではなく、再びリビングだった。
リビングに掛けられた時計の日付は12月14日。二人にとっては一日前に戻っている。
だが、二人の記憶のさっきまでとは違い、リビングの床におもちゃは散らかっておらず、テレビにはティモシー映画のダンポが映し出されていて、ソファにお母さんと三人で座っていた。
「陽太。早く私に渡しなさい」
眩暈のような感覚から解放されたのぞみは一瞬、きょろきょろと辺りを見渡したかと思うと、立ち上がり、陽太の前に立って、やはり右手を陽太の顔の前に差し出した。
二人の母親からしてみれば、脈絡のない突然ののぞみの行動に意味が分からずきょとんとしている。
陽太は横に座っているお母さんの腰に抱き着き、顔をのぞみからそむけた。
そんな陽太を引きはがそうとするのぞみ。
「のぞみちゃん。何をしているの」
お母さんはお怒りモードだ。
「だって」
「だってじゃないでしょ。突然、陽太に何だって言うのよ」
「陽太が私に時間を戻せる箱を渡さないんだもん」
突然の言葉にお母さんは目が点である。
「おねえちゃんって、ばっかじゃないの?
時間を戻せるって、ノラえもんの見過ぎだよ」
「言ったわねぇ。このうそつきが。私はもう二度も使ったんだからね」
のぞみは陽太の服を掴んで、お母さんから引き離そうとした。
「のぞみ! いい加減にしなさい」
きっ と、お母さんを睨み付けたかと思うと、のぞみはその場を離れはじめた。
「お母さん。ありがとう」
陽太はお母さんに、にこりと微笑んでみせた。
お母さんとの安心なひと時。
でも、陽太はのぞみの事が気になり始めた。
姿を消してから、戻って来ない。
階段を駆け上がる足音がしていた事から言って、のぞみが向かって行ったのは二階にある姉弟二人の部屋。
そこで、のぞみは何をしているのか?
大きくはないが耳を澄ませば、何かが床とぶつかっているような音が聞こえてきている。
不安になった陽太がすくっと立ち上がると、二階を目指しはじめた。
階段を上った先にある左側のドア。そこを入ると二人の部屋である。
陽太がそのドアを開けた。
8畳ほどの広さの部屋のカーペットの上には足の踏み場もないほど、おもちゃが広がっていた。
部屋のドア横にあるクローゼット。そこは二人の布団とおもちゃがしまわれている。
のぞみはクローゼットの中にあるおもちゃを入れた箱の中から何かを探すかのように、次々とおもちゃを箱の中から引っ張り出してはカーペットの上に放り投げていた。
陽太の大事なゲーム。車に飛行機のおもちゃ。
「何するんだよ」
のぞみに突進した。
小さな弟とは言え、自分もまだ小さな6歳児。
陽太の突撃を全身で受け止めてしまったのぞみはその衝撃を受け止めきれず、おもちゃが散らばるカーペットの上に後ろ向きに倒れ込んでしまった。
ベキッと言う音と、「いったぁい」と言うのぞみの声が混じりあった。
倒れ込んだ時、のぞみのお尻は何か固いものを押しつぶしていた。
そこに何があったのか?
お尻に何かがあたった瞬間、のぞみの頭の中は、その処理に集中していた。
その答えはすぐに出ていた。
恐る恐るのぞみが自分がお尻で踏みつぶしたであろう物に視線を向けた。
そこには無残にも、半壊状態と言って言い、自分のお気に入り、「ゴルバニアファミリー」の「森の和服屋さん」があった。
「どうしてくれるのよ」
真っ青な顔で、のぞみは陽太を怒鳴りつけた。
「そんな事、僕知らないよ。おねえちゃんが自分で潰しちゃったんじゃないかぁ」
「何言ってるのよ。あんたが私を突き飛ばしたからでしょ」
「おねえちゃんが、勝手に僕のおもちゃを放り投げてたからじゃないか」
「私はね。あの箱を探していたのよ」
そう言った瞬間、のぞみの目が見開いた。
「そうよ。あれよ。あれを使って時間を戻せば、ゴルバニアファミリーも壊れていないじゃない。
陽太。早くあの箱で、時間を戻してよ」
怒りは消え、真剣な表情に一瞬の内に変わっていた。
「だめだよ。あれは一日しか戻せないんだよ。
さっき、使ったばかりだから、今は使えないんだ」
陽太は困惑顔と言うより、申し訳なさそうな顔である。
「えーっ。じゃあ、どうしてくれるのよ。これ」
のぞみは部屋の中の本棚の中に置かれている時計に目をやった。
「そっかぁ。手が無い訳じゃないわよ。
陽太。あんたも、私の大事なゴルバニアファミリーを壊したんだから、協力しなさいよね」
「どうするの?」
「あんたは時計は読めないでしょうけど、私は読めるのよね」
ちょっと、威張り気味だ。私はおねえさんよ。そんな感じだ。
「あの箱のボタンを二人が押した時間から、さっきゴルバニアファミリーが壊れるまでには20分はあったわ。明日のその間にあの箱のボタンを押せばいいのよ。
分かる? 陽太」
分かったような、分からないような陽太は少し小首をかしげたが、分からないと言うのは悔しくて、大きく頷いてみせた。
再び巡ってきた12月14日。二人はついさっき、あのボタンを押していた。
お母さんと三人で座るリビングのソファから、突然のぞみは立ち上がった。
子供の事である。突然の動きにも、それほどお母さんは驚いてはいない。
視線をのぞみに向けて、にこりと微笑んだ。
「陽太。二階に行こう」
のぞみはお母さんの笑顔に反応を示さず、横にいる弟の陽太にそう言った。
「うん」
陽太も立ち上がり、ぱたぱたと二人リビングを後にし始めた。
「大好きなダンポは見ないの?」
「うん。もういい」
お母さんの問いかけに、のぞみがちらりと振り返ったが、そのまま二階に消えて行った。
のぞみが二階にある自分たちの部屋のドアを開けた。
カーテンが開けられた窓から陽光が差し込んではいるが、暖房が入っていない部屋の中は肌寒い。
クローゼットの前にはお気に入りのゴルバニアファミリーの森の和服屋さんが置かれていた。
「すごいや。おねえちゃん。
おねえちゃんの言ったとおりだね」
陽太は尊敬の眼差しである。
「もしも、時間を戻しても、壊れたままだったら、どうしようかと思ってたんだけどね」
のぞみはえへって感じの笑顔を作った。
「だから、陽太のおもちゃも箱の中に入ったまんまだよ」
陽太はうれしそうに微笑んだ。
「と言う事はだよ。陽太。
昨日話した話なんだけど」
「昨日? 明日? ついさっき?」
時間が入り乱れて、陽太はそれをいつと言っていいのか、決められずにいた。
「そんな事はどうでもいいのよ。
陽太は仮面ノイダーの変身ベルトに、なんだっけ、変形するロボットのやつが欲しいんだったよね」
「うんうん。そうだよ。おねえちゃん。
おねえちゃんの言った通りすれば、それだけじゃなく、もっともっとおもちゃをサンタさんからもらえるんだよね」
「当り前じゃない。おねえちゃんを信じなさいよ」
「分かったよ」
二人の頭の中は欲しいおもちゃで渦巻いていた。
12月25日早朝。
雪がちらつく夜空。
どこかから聞こえてくるかすかな鈴の音。
耳を澄ませば、近づいてくる。
来る、来る、来るよ。サンタクロースさん。
*この写真はイメージです。
そりを降りて、小さな戸建の屋根に降りたサンタさん。
ずっしりとおもちゃを入れていそうな白い袋を担いで、何かを探すようにきょろきょろとしている。
「早く来てぇ」
陽太の胸は高鳴っていた。
「な、な、無いじゃないか。この家には」
サンタさんは困惑顔だ。
「えっ? 何が?」
そう思ったのはほんの一瞬だった。陽太はすぐに驚愕の結論に達した。
「僕んちには煙突が無い!
サンタさんは入って来られないじゃないか!」
意識が急速に覚醒し、上半身をがばっと起こすと、叫んだ。
「嫌だよ。来てよ。おもちゃ、置いて行ってよ」
陽太はあたりを見渡した。
カーテンを通り越して差し込む薄明かりの中、陽太がいるのは自分たちの部屋の中の布団の中だった。
「なんなのよ?」
陽太の横で眠っていたのぞみは、目をこすりながら鬱陶しそうな表情だ。
「うちに煙突が無いから、サンタさんが入って来れないよぅ」
陽太は現実と夢が入り混じって、混乱気味だった。
「あんた馬鹿ねぇ。いつだって、サンタさんはプレゼントくれてるでしょ。
サンタさんは入って来れるのよ」
「ど、ど、どこからぁ?」
「そ、そ、そんなの窓に決まってるじゃない。サンタさんなのよ。
鍵が閉まっていても入って来られるのよ」
のぞみとしては自信は無かったが、それ以外ありえない。それがのぞみが出した結論であって、胸をそらしながら言った。
「本当にぃ?」
「あんた男の子のくせにしつこいなぁ。
だったら、もうプレゼントが置いてあるはずよ。
行きましょ」
のぞみは立ち上がった。それに続いて、半べその陽太も立ち上がった。
この家ではプレゼントはリビングに置いてあるツリーの根本に置かれることになっていた。
のぞみは自分たちの部屋を出ると、壁に光る小さな明かりを頼りに廊下の照明を点けた。
突然の明るさに少し顔をしかめながら、階段を下りて行く。
階段を下りた先の廊下からリビングを目指す。
リビングと廊下を隔てるドアには3つほどの小さな小窓が付いていて、その向こうの世界が色とりどりの明滅を繰り返しているのが見て取れた。
二人はそのままドアを開けて、リビングに入って行った。
リビングにあるソファ、テレビがその時に応じて、色を変化させる薄暗い空間。
二人はツリーが置かれているリビングの片隅に駆け寄った。
その根元にはリボンがかけられた箱が二つ置かれていた。
「ほらね。私の言ったとおりでしょ」
「うわぁ。どっちが僕んだろう?」
陽太はもうのぞみの話など聞いていなかった。
陽太は箱のリボンをほどいて、クリスマスツリーが描かれた包装紙をべりべりと破いている。
「本当にもう」
のぞみは陽太に視線を向けながら微笑んだ。
のぞみがカーテンを開けて、部屋の中に外の光を取り入れようとしたが、12月25日早朝の外はまだ薄暗く、部屋の中はツリーの輝きの方がまぶしいくらいだった。
12月25日朝。6時27分。
二人が去ったリビングは蛍光灯の白い明かりに満たされた空間になっていた。
そこに聞こえてくるのは、ぐつぐつと何かを煮込む音。軽やかなテンポを奏でる包丁の音。
「おはよう」
ぽりぽりと頭をかきながら、パジャマ姿で現れたのはこの家のお父さん。
キッチンで朝の支度をしているお母さんにちらりと視線を向けた後、ツリーに視線を移した。
そこには破られた包装紙とリボンが転がっていた。
「早いな。あいつら」
「それだけ楽しみだったって事なんじゃない」
「まあ、そうだな。
子供にとったら、一大イベントだもんな。
で、今回何を買ってやったんだっけ?」
「ツリーにぶら下がってるでしょ。
それ見ても何の事だか、分からないかも知れないけど、のぞみにはアニメの動くぬいぐるみで、陽太には仮面ノイダーの変身ベルトよ」
「なるほど」
お父さんはツリーの飾りに混じってぶら下がっている二枚の紙を手に見ながら、頷いた。
この家では、サンタさんに欲しいものを紙に書いて、ツリーにぶら下げる。それが約束事だった。
もちろん、それを読むのは真夜中にやって来たサンタさんである。
サンタさんはそこに書かれている子供たちの願いにあったおもちゃを白い袋の中から取り出して、ツリーの根本に置いて去っていく。
メリー・クリスマス。
そう言い残して。
サンタさんからもらったおもちゃの箱が、カーペットの上に散らばり、中に入っていたおもちゃは二人の手の中にあった。
保育園に行っている間、まったく触れなかったサンタさんがくれたおもちゃ。
せき止められていた水が一気に流れ出すかのように、二人は一心不乱にもらったばかりのおもちゃで遊んでいた。
満面の笑みの二人。
しばらくは時を忘れて遊んでいたが、のぞみがおもちゃを手にしたまま立ち上がり、クローゼットを開けた。
そんな事にはかまわず、陽太は変身ベルトでヒーローに変身しきっていた。
のぞみはその中にある箱におもちゃをしまうと、カーペットに広がっていた自分のおもちゃの箱もクローゼットの隙間に詰め込んだ。
「あんたもさっさとそれ、片付けなさい」
「えぇ。なんでぇ」
「何でじゃないでしょ。
それはしまっていないとまずいでしょ」
よく分かってはいないが、分かったような素振りと、不満を訴える尖った口先をしたまま変身ベルトを腰から取り外すと、クローゼットの中にしまった。
陽太がクローゼットの中におもちゃをしまうと、のぞみはクローゼットを閉じた。
「行くよ」
「うん」
のぞみの掛け声とともに、日向はあの箱を取り出し、差し出した。
日向の手の上にある箱のカバーを外して、ボタンにのぞみが手をかけた。
「いっせーの」
二人がボタンを押した。
くらくらするめまいに似た感覚に、目を閉じ、少しよろめいた二人。
リビングに掛けられた時計のカレンダーは12月24日。
二人が慌ただしく、階段を駆け下りてリビングのドアを開いた。
キッチンで夕飯の支度をしていたお母さんが、二人に視線を向けた。
「どうしたの?」
「お母さん。サンタさんのプレゼントを書く紙、ちょうだい」
のぞみはそう言って、お母さんの前に手を伸ばした。
「プレゼントを変えるの?」
お母さんはちょっと困惑気味だ。
「うん」
二人はにこりと声をそろえて、頷いた。
「陽太ちゃんもなの」
「うん」
お母さんはソファから立ち上がると、部屋の隅に置いてあるローボードに向かって行った。
2枚のガラスの戸の左右に3段の引き出し。
その一つから、色とりどりの細長い紙を取り出した。
「はい」
お母さんは二人はその紙を差し出した。
「でもね。サンタさん大丈夫かなぁ?
もう二人の願い事聞いて、おもちゃ用意してるんじゃないかなぁ」
「えっ? そうなの?」
陽太はがっくし全開の表情だ。
「そんな事、分かんないじゃない。
サンタさんの袋の中にはいっぱいおもちゃが入ってるんでしょ?」
のぞみは自分の考えが間違っているとは思っていない。いや、間違っていると思いたくなかった。
のぞみはお母さんの手から、紙の束を受け取ると、電話機横のペンシルボックスから鉛筆を取り出して、ダイニングテーブルに向かった。
「陽太。あんたのも書いてあげるよ」
「ありがとう」
満面の笑みで陽太がのぞみのところに向かって行った。
「あのね。今度は僕ね」
そんな二人のやり取りを複雑な表情でお母さんは見ていた。
やがて、新しいおもちゃを書き終えると、それぞれが手にしていた紙を持って、ツリーに向かって行った。
すでに数日前からつるされている紙を外し、新しいものと取り換えた。
二人はにっこりと頷き合い、古い紙をゴミ箱に捨てると、二階に駆け戻って行った。
「困ったわねぇ」
二人の後姿を見送りながら、お母さんはため息をついた。
二階に戻った二人はクローゼットの扉を開けた。
さっきと言う一日後にクローゼットの中に片づけたサンタさんにもらったおもちゃを取り出すため。
クローゼットの下には二人の布団がたたまれていて、その上に造られた棚の上にはおもちゃが入った箱がずらりと並んでいる。
「あれ?」
「どうしたの? おねえちゃん」
「さっきここに片づけたぬいぐるみの箱が無いんだよねぇ」
陽太が慌てて心配げな表情で、のぞみの前に割り込みクローゼットを覗き込んだ。
「僕のベルトの箱も無い」
その言葉が終わらない内に、陽太はクローゼットに飛び込んで、さっき自分が変身ベルトをしまった箱を引きずりだした。
「無い、無い、無いよ。おねえちゃん」
陽太は半べそ状態だ。
のぞみは泣き出してはいないものの、呆然としてしまっていた。
何が間違っていたのか?
確かに一日戻った。
でも、ここにはサンタさんからもらったプレゼントは無い。
そうなんだ、一日戻ったのだから、おもちゃは無い。
それが当然なんだ。
のぞみは大きく頷いて、目の前で半べそになって座り込んでいる陽太を見た。
さて、どうしたものか?
のぞみはすぐに結論を出した。
しゃがみ込むと、陽太の両肩に手を置いた。
「いい。陽太。お姉ちゃんの言う事をよく聞きなさい」
「なに? 僕の変身ベルトはどこなの?」
「一日前に戻ったんだから、サンタさんにもらったプレゼントはここには無いのよ」
「そんなぁ」
「泣かないの。だって、明日またもらえるんだよ」
何だかよく分かったような分からないような気分だが、陽太は少しこの事件が解決できたような気分になって、腕で涙を拭うと、にかっとほほ笑んで見せた。
「じゃあさ。明日になったら、プレゼントは戻っていて、また新しいのももらえるんだよね?」
のぞみにとっては予想外の質問だった。
あの時、クローゼットに隠してきたおもちゃが、また明日同じ時間になったら、クローゼットの中に戻ってきているのだろうか?
戻って来ているようでもあり、やっぱりそんな訳は無いようでもある。
でも、ここで分からないなんて、弟の前で言えやしない。
自分はおねえちゃんなんだ。
じゃあ、どっちが正しい答えなのか?
考えてもよく分からない。ただ分かっているのは、戻って来ていないと言えば、陽太が大泣きしそうだと言う事だけだ。
のぞみは頷いた。
「当り前よ。おもちゃは戻って来てるわよ」
すくっと立ち上がると、腰に手を当て、胸をそらして言いきった。
「わーい。わーい」
陽太はのぞみの言葉を信じて、満面の笑みで立ち上がり、二、三度飛び跳ねてみせた。
一回目の12月25日の二人の朝は悪夢にうなされた陽太によって訪れた。
二回目の12月25日の朝は違っていた。
わくわく気分が二倍に膨れ上がった陽太は寝付けず、朝になってもぐっすりと眠りこけていた。
のぞみは本当におもちゃは戻ってくるのだろうか、と言う不安にさいなまれて寝付けず、これまた陽太と同様、朝になってもぐっすりと眠りこけていた。
「二人とも、さっさと起きなさい」
二人を現実の世界に引き戻したのはお母さんの声だった。
「うーん」
そう言って、寝返りを打って、まだ眠るぞ的な態度を示す二人にかまわず、ずかずかと部屋の中に入って行って、カーテンをがぁーっと開けた。
明るい日差しが一気に部屋の中に差し込んだ。
布団をかぶって抵抗する二人から、お母さんは布団を引きはがした。
「時間が無いわよ」
「ふぁーい」
しふしぶ、目をこすりながら布団から出て行く二人。
ぱたぱたと階段を下りて行く内、意識は完全に覚醒して行った。
「プレゼント」
のぞみはそう一言言ったかと思うと、階段を下りる速度を速めた。
その言葉で陽太の頭脳も完全に覚醒し、のぞみの後を追って一気に階段を駆け下りた。
どたどたと大きな音を立てて廊下を走り、リビングに駆け込んだ。
リビングの真ん中には、出勤前のスーツ姿のお父さんが立っていて、ツリーの根本に置いてあるプレゼントに駆け寄る二人の姿ににこりとした。
「うわぁ。どっちが僕んだろう?」
陽太は大きな箱の方を手にして、リボンを外した。
のぞみは陽太がとらなかった方の箱を手に、リボンをほどき始めた。
「時間が無いんだから、見るだけにしておいてね」
背後からお母さんの声が聞こえたが、夢中になっている二人には聞こえていない。
「えーっ。なんでぇ。」
陽太の悲しげな声が響いた。
「どうしてんだ。陽太」
お父さんは作った困惑顔で、近づいて行った。
「サンタさんがおもちゃを間違えているよ。
ほらぁ。僕はね、僕はね」
半べそで、陽太が訴えかけている。
そんな事、お父さんは承知の上だ。
「そっかぁ。サンタさんも持っていなかったんじゃないかなぁ。
でも、ほら。この仮面ノイダーのベルトは、お前が欲しいと言っていたものだろ?
サンタさんはずっと前から、これを用意していたんだと思うぞ」
お父さんは陽太の頭を撫でながら、のぞみにも目を向けた。
お願いしたおもちゃとは違うおもちゃが置かれていたと言うのは、のぞみも同じだ。
のぞみは半べそではないものの、嬉しそうな表情でなく、呆然とした感じだった。
どうしたものか分からず、お父さんまで固まってしまった。
「はい、はい。時間が無いんだから、トイレに行って、顔を洗って、朝ごはんを食べてよ」
そんな三人に背後から声がした。
「おう。そうだな。
ほら、のぞみ、陽太。用意しないと」
お父さんは二人の肩をぽんぽんと叩いた。
その手を振りほどきたいと言わんばかりに、体をよじって陽太は立ち上がると、ずたずたとトイレに向かい始めた。その瞳は涙で潤んでいた。
のぞみは呆然とした表情のまま、ゆらりと立ち上がり、陽太の後を追って、リビングを出て行った。
「困ったなぁ。どうする?」
「ほっとけばいいのよ。そんな急に欲しいおもちゃを変えるなんて。
なんでも、自分の思い通りに行く訳じゃないんだから」
「そうだな。じゃあ、俺、会社行くわ」
お父さんはダイニングテーブルの椅子の上に置いていた鞄を手に、玄関に向かって行った。
25日、16時頃、のぞみと陽太はお母さんと一緒に保育園から帰って来た。
いつもなら、「ねぇ、ねぇ、お母さん。今日ね」とにぎやかで喋りっぱなしののぞみが一言もとまでは行かなくても、無口なままお母さんの車に乗っていた。
陽太も何か不機嫌そうな表情で、黙り込んだまま後部座席に大人しく座っていた。
「ねぇ。のぞみちゃん。今日、保育園で何かあったのかなぁ?」
お母さんは玄関のドアの鍵穴に、鍵を差し込みながら、のぞみにたずねた。
「何で? 何も無いよ」
「そう。だったらいいんだけど」
保育園でなければ、まだ朝の事だろうか?
お母さんとしては朝の出来事が少し気にかかったが、それはしつこすぎてあり得ないと、心の中で否定した。
さっきまで、むすっとした感じだった二人の子供たちはお母さんが玄関のドアを開けると、家の中に飛び込んで行った。
きっと、朝、手を付けれなかったサンタさんからのプレゼント。それが楽しみで、元気いっぱい家の中に走り込んだんだ。
そう思ったお母さんは、気にし過ぎだったかなと、思い直し軽く首を数回横に振った。
「ただいまぁ」
玄関の中に入ったお母さんの目に、サンタさんからのプレゼントであるおもちゃが置かれたままのリビングではなく、廊下を曲がって、階段に駆け込む二人の姿が映った。
自分たちの部屋に向かったに違いない。
「手を洗って、うがいはしてね」
二階に向かって、お母さんは大きな声で言った。
「はぁい」
とりあえず、のぞみから返事はあったが、一階の洗面所に降りてくる気配はない。
一体、何があったのか?
二階の部屋で、何をしようとしているのか?
一階の廊下から階段を見上げ、おかあさんは首を傾げた。
のぞみが勢いよく、自分たちの部屋のドアを開けた。
薄暗かった二階の廊下が、のぞみたちの部屋の窓から差し込む陽光で少し明るくなった。
いらいらした表情の陽太の姿が、のぞみの背後に浮かび上がった。
のぞみを押しのけるかのようにして、部屋に飛び込むと陽太はクローゼットの扉を開いた。
一瞬にして表情を曇らせ、のぞみを睨み付けた。
「おねえちゃんの嘘つき。
僕が隠した変身ベルト、戻って来ていないじゃないかぁ」
陽太は完全にお怒りモードだ。
「そんな事言ったって、私は知らないわよ」
「お姉ちゃんが一日経てば、おもちゃは戻ってるって言ったんじゃないか」
「言ったのはあんたじゃない。
あそこで違うって言ったりしたら、あんたが大泣きすると思ったから、私はそうだと言ってあげただけよ」
そう。そうよ。
のぞみは本当にあの時、おもちゃが戻っているなんて確信は無かった。
「よくも僕を騙したなぁ」
のぞみとしては騙したつもりはなかったが、ある意味中途半端な事を言って、陽太を結局傷つけてしまった事は理解していた。
そして、こんな時こそ、お姉ちゃんとして弟を教育しなければならない。 それが自分の仕事だと思った。
「あのね、陽太。今回は陽太の思い通りにはならなかった訳だけど」
陽太はそんなのぞみの言葉など聞いていなかった。怒りの形相でのぞみに突進して行った。のぞみはそれ軽くかわした。
せっかく、陽太にも分かるように話をしてやろうと思っていたところに、この反応である。
のぞみは一瞬、ムカッとなって、真横を通り過ぎようとしている陽太をついつい両手で突き飛ばした。
二人の部屋のカーペットの上に倒れ込んだ。
おねえちゃんには勝てない。
そう思うと、沸き起こって来る怒りをぶつける相手を見つけられず、怒りは八つ当たりとなって、全ての根源であるあの時間を戻す箱に向かって行った。
怒りの足音。
ドカッドカッと歩いてのぞみの横を通り抜けて、クローゼットの前に立った。
一体、何をする気なのか?
そう思っていると、陽太はクローゼットの中のおもちゃの箱が並んでいる箱と箱の隙間に手を差し入れた。
その奥から取り出したのは、あの時間を戻せる箱である。
陽太はそのまま窓際まで近寄ると、窓を開けて、外に向かって、その箱を放り投げた。
「こんな役に立たない物いらないやい!」
驚いて、大きく目を見開いたのぞみ。
その視界の中、あの箱は段々小さくなりながら落下し、窓から見える視界から消え去って行った。
どうして、あんな便利な物を捨ててしまうのか?
こいつは本当に馬鹿か?
のぞみの頭の中に怒りが一瞬にして膨らんで行った。
「馬鹿!
なんて事するのよ」
のぞみは陽太の頬を叩いてしまった。
大泣きする陽太。
目の前で大泣きする弟を見て、おねえちゃんとして失格だ! そう思ったのぞみはどうやって、取り繕おうかと頭の中をフル回転させた。
「陽太、いい。物は道路に捨てちゃだめ!」
そうなんだ。私が怒ったのは自分が欲しかったあれを陽太が捨てたからじゃない。
陽太が物を道路に捨てたからなんだ。
そうしよう。
それがのぞみの出した結論だった。
「何言ってるんだ。道に空き缶捨てるお兄ちゃんとか、車からたばこの吸い殻捨てるおじちゃんとかいっぱいいるじゃないか」
「陽太。悪い事は真似しちゃだめなの。陽太まで悪い人になっちゃうよ。
陽太はお父さんやお母さん、好きなんじゃないの?」
お父さん、お母さんは効果があったらしい。
陽太の怒っていた表情が消え去って、何? と言う疑問の顔つきになって、のぞみを見つめた。
「陽太が悪い子になったら、お父さんやお母さんが悲しむよ。
それでもいいの?」
「いやだ」
陽太が激しく首を横に振った。
「分かってくれた?」
「うん」
分かったような分からないような感じだったが、大好きなお父さんやお母さんが悲しむのだけは嫌だった。
「いい。それとおもちゃなんだけど。
何でもかんでも、思い通りにはならないのよ。自分の思い通りにならないからって、さっきみたいに怒っちゃだめ。分かった?」
「うん」
陽太は頷いた。りっぱなお姉ちゃんとしてふるまうには、あと一押し。それはやはりおもちゃだ。そうのぞみは考えた。
「さあ。陽太。手を洗って、うがいをして、サンタさんからのプレゼントを取りに行こう」
のぞみは先に部屋を出た。陽太がその後をとことことついて行く。
リビングのクリスマスツリーの根元には、まだ二人のおもちゃが置かれたままだった。
二人駆け寄って、おもちゃを手にした。
「これ、欲しかったんだぁ」
陽太はもう何事も無かったかのように、変身ベルトを取り出して、自分の腰に取り付けた。
見ていたのぞみがにこりとした。
これで、私もりっぱなお姉ちゃんね。そう思った時、あの箱が捨てられたままだと言う事を思いだした。
陽太に背を向け、慌ててリビングを飛び出したのぞみ。
どたどたと言う足音に、陽太は振り向き、のぞみの後ろ姿を見送った。
のぞみはすぐに戻ってきた。
「もうあの箱、無かったじゃない。陽太ぁぁ」
がっくし表情全開ののぞみ。どうやら、もうあの箱は誰かに拾われたのか、どこにも見当たらなかったらしい。
「ちょっとした感情で、考えも無しに行動を起こしちゃだめなの!」
「おねえちゃん。あれやっぱり欲しかったんだ」
図星を突かれて、のぞみは一歩後退した。
「そ、そ、そんな事ないわよ」
「すぐに拾いに行けばよかったのに。
しないといけない事はすぐにしないとね。
いつもお母さんが言ってるでしょ」
自分はお姉ちゃん。
私に比べて、弟なんてばかで何もできない。
私が頑張らなきゃ。
そう思っていた。
そして、自分はちょっと立派にふるまえるようになっていると思っていたけど、弟も捨てたものじゃない。弟も立派になってきている。
なぜだか、それがうれしいのぞみだった。
にこりと微笑むのぞみに、陽太が変身ポーズをした。
「僕は正義の味方、仮面ノイダー!」
突然の変身ポーズにのぞみは吹き出した。
「はっ。はっ。ははは」
笑うとあの箱を無くした事なんか、どうでもよくなってきた気がした。
「そうね。済んでしまった事、くよくよしても仕方ないわね」
「そうそう。時間を戻したって、いい事なんか無いって分かったんだしね」
にこにこと笑いながら、意味不明の会話をする二人。
子供の笑顔はお母さんを幸せにする。
キッチンから小首を傾げながら、そんな笑顔の二人を見ていたお母さん。
その顔もとろけんばかりの笑顔になっていた。