第二節 何でも、出来る
翌日の朝、俺はやっぱり祐奈の家に行く。
いや、これは約束事だから仕方がない。
祐奈に毎日パンツを見せろと言った以上、俺がやめるわけにはいかない。
いや、やめてもいいんだけど、たった一日でやめるわけにはいかない。
祐奈にもよく長続きしない事を怒られていた。
そう、当の祐奈に怒られたんだから、俺は続けるしかない。
うん、そうだ、そうに違いない。
そうやって自分の罪悪感や諸々と戦いつつ、俺は祐奈の家に行き、部屋に入る。
祐奈は諦めたような表情で俺を出迎えた。
「……おはよう」
「……おはよう」
なんだか少しだけ気まずい空気が流れる。
数秒の空白の後、俺はベッドに座る。
祐奈は何も言わずにスカートをまくり上げた。
少し日焼けした祐奈の脚の付け根の日焼けしていない白い肌が見え、その上に祐奈の一番見られたくないであろう部分を覆い隠す伸縮性のある布が現れる。
今日は蛍光イエローだ。
祐奈ってこんな色のパンツも穿くのか。
祐奈は性格こそ派手だが、私服はそんなに派手でもなく、どちらかというとおとなしめのシックなものを好んでいた。
もっと言えば、普段着はジャージやスパッツが多かった。
こいつは見た目が可愛いから、派手なのを着るとアイドルさながらになると思うが、だからといってシックな服が似合わないわけでもない。
だから、例えばシルクの黒なんてのを穿いてたらイメージに合うが、コットンの蛍光イエローというのは合わない。
俺は少し驚きつつも、その眩しい布切れから目が離せずじっとそれを見つめていた。
「意外と、派手なパンツ穿くんだな」
「そんなのは……勝手でしょ?」
昨日ほどじゃないけど、恥ずかしさを紛らわすためか、この時には反論してくる。
「まあ、勝手だな。ピンクの可愛いのとか似合いそうだしな」
「…………」
祐奈は今度は黙り込む。
そろそろ潮時か。
俺は名残惜しいけど、顔を上げる。
祐奈は九十度横を睨むように見ながら、頬を染めて、時間の過ぎるのを待っていた。
「じゃ、そろそろ行こうか」
俺が言うと、祐奈はさっとスカートを下ろし、形を整えてから鞄を持つ。
結局、やめようと思ってたけど、今日も見てしまったな。
いや、魅力的だし、今後も見続けたいってのが強いんだけどさ、このまま見続けても本当にいいのかって疑問というか迷いもあるんだよな。
今目の前にいる奴は、ま、普通の女の子だし、受け答えの反応もまあ普通だ。
だけど、こいつが、あの、少なくとも俺に対しては何の遠慮もなく暴言を吐いてきた祐奈と同一人物なら、今の状態は普通じゃない。
「どうしたの、康太? 早く行かないと遅れるわよ?」
俺を振り返るのは、ちょっと生意気な程度の祐奈。
少なくとも一週間前のこいつなら「何やってんのよ、さっさと行くわよ。あんたのせいであたしまで遅刻したらどうすんのよ」くらい言ってそうなものだ。
それが昨日あたりから、おとなしくなったっていうか、少しだけ従順になった感じなんだよな。
いや、そうなることは俺としても望ましいし、嬉しいことなんだが、それがもし、祐奈にとって異常な状態なら、それを続けさせるわけにはいかない。
冷静に考えれば、そのくらいの判断は出来る。
だけど、だけどさ、この、今の祐奈は可愛いんだよな。
それに、俺も男としてこいつのパンツは見たい。
それがこいつを傷つけるならさすがに我慢するけど、こいつがおとなしくなった原因が本当にパンツを見せてる事にあるかどうか分からない。
だから、様子を見てるわけなんだけど、様子っていつまで見てればいいんだ?
それに見てるだけでいいのか?
「…………」
おとなしく、俺の隣を歩く祐奈。
こんな祐奈を可愛く思うし、俺がおとなしくさせたという征服感も満たされているのは間違いのない事実だ。
俺は様子を見るなんて言葉で、この状態を楽しんでるんじゃないかな、と思わなくもない。
俺は確かにこの征服感のためだけに祐奈と戦った。
こいつに勝った瞬間はその絶頂にあったと言っていい。
別に俺はこいつを征服したわけじゃないが、こいつには俺に負けるという、屈辱感を与えることができた。
その瞬間、俺の中には存在しないと思ってた、サディスティックな部分が現れてきて、俺に征服感をもたらした。
俺がパンツを見るのを止められない理由ってそれなんじゃないかな、と思う。
いや、この際俺の方はどうでもいい、こいつはどうなんだろう?
まさか、まさかとは思うが、俺に負けた瞬間、こいつの中のマゾヒスティックな部分が目覚めたとでも言うのか?
まさかな、祐奈に限って……。
…………。
いや、ないとは言い切れない。
ちょっと待て、もし、万が一、祐奈がマゾに目覚めたって言うなら、今の状態を喜んでるって事だぞ?
俺が変に気を使ってこの状態をやめれば、こいつも悲しむって事だぞ?
どうなんだそこ!
ここは、確かめるしかないのか?
でも、どうやって?
……無茶なことを言ってみるか。
罰ゲームでパンツを見せろとは言ったし、それは守られてる。
だけど、それ以外の無茶なことを言ったらどう対応する?
元の祐奈で拒否するなら、まあ、それはそれでいい。
今の祐奈で泣きそうな顔になるなら、こいつはマゾじゃなく、ただ、傷ついてるだけだ。
だから、もうパンツを見るのもやめよう。
もし、そんな無茶でも受け入れるなら──。
「祐奈、ちょっと胸揉ませろよ」
そうだとしたら、こいつは、高埜祐奈はマゾだ。
俺に負けたせいで、マゾに目覚めてしまったんだ。
「……え?」
こっちを振り向いた瞬間は、多分その言葉の意味をまだ理解してなかった。
そもそも、俺がそんなことを言うなんて思ってないんだろう。
だが、俺の言葉をはっきりと理解したその瞬間、祐奈の顔が崩れ、顔が真っ赤になるのが分かった。
そりゃあ、俺に胸を揉まれるのは嫌に決まってる。
自分より下に見ていた男なんだからな。
だけど、マゾってのは、自分が馬鹿にしていた相手に虐げられることこそが燃えるらしいじゃないか。
だから、俺はあえて乱暴にそう言った。
祐奈の目は、この人、何言ってるの? って感じで俺を見ている。
まあ、俺だって、俺、何言ってんだって思ってるからしょうがないよな。
だけど、俺は一歩も引かずに、祐奈を見返す。
軽く言った一言だけど、言った後しばらく考えると、なんてことを言ったんだと自分でも恐ろしくなる。
祐奈は特に発達した胸を持ってるわけじゃない。
ま、人並み程度の膨らみって感じかな。
それを揉む、と言ったんだ俺は。
それは、パンツを見るどころの騒ぎじゃない。
確実に性行為に属する行為だ。
祐奈はすっ、とうつむき、自分の胸に手を置く。
少し、真剣な顔になり、最後は諦めたような表情を浮かべる。
そして、更に深くうつむいて──。
「……いいよ」
俺は、祐奈のか細い声を、信じられない言葉を聞いた。
おいおいおいおいおいおいおい!
「ここじゃ、嫌だから……どこか、人のいないところでもいい……?」
恥ずかしそうに俺に聞いてくる祐奈は、とてつもなく可愛い。
制止が、利かない。
待てよ、これは冗談だ。
俺はこいつの反応を試したかっただけなんだ。
それを言えばいい。
そう言えば、何も起こらない。
だけど……だけど……!
俺の中の抗えない征服心(野生)が、この女を、俺のモノにしてやろうと暴れている。
祐奈の胸を、揉みたい。
揉んでみたい。
さすがに子供の頃でも胸を揉んだことはない。
成長したこいつの胸は、どれだけ柔らかくなったんだろう。
駄目だ、止まらない。
俺は揉みたいと思ってて、こいつもいいと言ってるんだ。
どこの誰が止めるんだ?
俺の自制心(理性)以外に止める者がいない。
そうだ、こいつはマゾなんだ。
だから、これもこいつにとってはご褒美なんだ。
だから……だから……。
「康……太……?」
何も言わなくなった俺を、祐奈は顔は赤いまま不安げに見上げる。
「あ、いや、何でもない。そうだな、じゃ、昼休みにでも」
少しうろたえたような表情で、俺は笑う。
そうじゃないだろ!
何言ってるんだ俺!
お前止まらなきゃ、誰も止めてくれないんだぞ!
「うん……じゃあ、昼休み」
顔を赤く染めながらも、祐奈はそう答えた。
俺は、負けた。
誰にでもない、自分に負けた。
もう、自分が嫌いで仕方なくなってくる。
俺は、来てはいけないところに踏み込んでしまったのかもしれない。
▼
昼休み、俺は祐奈を引き連れて、理科準備室へと来ていた。
最初は屋上に行ったけど、そこには先客がいた。
それに、野外ではどこで誰が見ているか分からないことに気づき、その近くにある準備室に来てみたのだ。
ここに常駐する先生はおらず、運良く先生も生徒もいなかった。
「…………」
祐奈は、恥ずかしそうにうつむいて緊張していた。
自分からブラウスのリボンを取り、手に持っている。
恥ずかしげに俺を見上げるその表情は、これまで見たことがなく、とても可愛かった。
俺は、誰も来ないことを確かめて、鍵をかける。
多分俺は、祐奈よりも緊張していた。
もう、引き返せない。
いや、今ならまだ間に合う。
ここでやめたら、こいつにチキンとか意気地なしとか思われそうだけど、それでもその一線を越えずに済む。
だけど、それには従えないような、抗えない魅力があった。
祐奈は、俺の気持ちなんて知るわけもなく、俺に背を向ける。
後ろから手を回して揉め、というのだろう。
俺の目の前に、祐奈のツーサイドアップの長い髪が揺れている。
ほんのりと、祐奈の甘い匂いがする。
やめろ、やめろ、やめろ!
心の中の自制心(理性)が叫ぶ。
俺は、自分の良心を無視して、祐奈の腕の外側から手を伸ばし、祐奈の胸に、手を置いた。
「…………っ!」
祐奈はびくん、と少し髪を揺らす。
俺は祐奈の肩越しに、自分の手を見る。
祐奈のふくらみの上に置かれた手は、祐奈の胸には一応触れている程度で、まだ揉んですらいなかった。
ブラジャーの感触しかしない。
その下の柔らかなふくらみを感じないわけじゃないが、手を置いただけの俺には、胸の柔らかさまでは分からない。
シャンプーの匂いがする。
珠優とは違う匂いだ。
祐奈は緊張なのか、全身に力が入っていて、少しだけ前屈みになっている。
ブラウスの間からのぞくのは、蛍光イエローのブラジャー。
ああ、そうか、上下セットか。
朝見たのは蛍光イエローのパンツ、今見えるのは、それと同じ色のブラジャー。
そう思うと、俺の興奮が、腕に、手に力を入れてしまう。
だが──。
「…………?」
祐奈が不思議そうに俺を振り返る。
俺が、まだ、揉んでもいないのに、手を戻したからだ。
それには、俺自身がまず驚いていた。
さっきまで抗えなかった征服心(野性)に、今はあっさり打ち勝つ事が出来た。
「もう、いいの……?」
祐奈がおそるおそる尋ねる。
もういいのか、俺?
まだ揉んですらいないんだぞ?
胸の上に手を置いた時点で、もう俺は変態だし、でも、それを味わってないんだぞ?
「あ、う、うん。お前の胸が偽装じゃないか確かめたかっただけだからさ。もう十分だ」
俺は、そんな適当なことを言ってその場を終わらせようとした。
祐奈は、自分の胸を偽装と言われたことにむっとして俺を睨むが、つい、と背を向けて、リボンを付け始めた。
結局俺はその一線の上で超えることも踏みとどまることもできず、線上で立ち尽くしただけだった。