第二節 勝利者の権力
「で?」
祐奈の不機嫌そうな声。
少し強めの風に揺れるツーサイドアップを、片手で押さえている。
昼休みの屋上に、俺は祐奈を呼び出した。
賭けに勝った賞品を伝えるためだ。
俺は祐奈の持ち物、何でも一つ貰うことが出来る。
最初に決めたとおり、俺はこいつの今穿いてるパンツを貰おうと考えている。
さすがに教室では可哀想だと思ったので、武士の情けでここに呼び出したのだ。
ま、こいつの態度によっては許してやらなくもない。
「何が欲しいのよ?」
だが、こうも強気で来られると、許すわけには行かない。
「そうだな。ま、お前がそういう態度なら──」
「全く、あんたに負けるなんて、最悪だわ。あんたみたいな努力のひとつも出来ない奴に負けるなんてね!」
本気で悔しいのか、祐奈がばん、と金網を叩く。
金網は揺れと風で、みゅんみゅんと妙な音を立てる。
「で? 何なのよ、何が欲しいのよ!」
怒った態度のまま、俺に詰め寄ってくる祐奈。
なんでこいつ、ここまで強気なんだよ。
俺は腹が立ちつつ、これまでのようにこいつの怒りに萎縮して何も言えずにいた。
「どうせくだらないものでしょ? さっさと言いなさいよ! 何が欲しいの? パンツでも欲しいって言うつもりなの? この変態!」
ぴきぃっ!
俺の中の何かが切れた。
そうだよ、図星だよ!
お前のパンツが欲しい変態だよ、俺は!
別にお前のパンツを手にしたいからじゃないぞ。
そんな気が全くないわけじゃないけど、どっちかというと、お前を困らせるためだ。
だいたい、お前がそういつも強気だからこうなったんじゃないか!
お前がもっと素直だったり、俺に友好的だったりしたら、俺もこんなこと言い出さなかったよ。
もう駄目だ。
もう許さない。
お前のパンツをよこせ?
そんな程度で許すもんかよ!
ああ、そうだよ、俺は変態だ。
変態だから、変態らしく、えげつないこと言ってやるよ!
「さあ、言いなさいよ!」
「……言ってやるよ」
俺は顔を上げ、祐奈を睨む。
祐奈は俺の顔に少し怯むが、それは一瞬のことですぐに睨み返してくる。
「……何よ」
俺は口を開く。
カッとなって思いついた事。
祐奈が心底嫌がるであろう物。
「お前のこれまで、そしてこれから穿く全てののパンツの所有権をよこせ」
俺がそう言い放った瞬間、祐奈がその端正な眉を曲げた。
「な、なによそれ、一つじゃないわよ! 反則じゃないの!」
少し焦り気味の祐奈。
「一つだよ『所有権』っていう一つのものをよこせって言ってるんだ」
「……だ、駄目よそんなの! 駄目に決まってるじゃないの!」
祐奈は俺から一歩離れる。
だから俺は二歩近づいてやった。
眼前には祐奈の少し怯えた表情。
「何が駄目なんだよ。約束を破るつもりか?」
「…………っ!」
何も言い返せない祐奈。
少し泣きそうなその表情で、俺は興奮していた。
俺は、祐奈の両腕をがしっとつかむ。
陸上部で鍛えた柔らかい筋肉と薄い脂肪の、心地いい触り心地。
俺は追いつめた獲物にとどめを刺す。
「お前のパンツは俺のものだ。ノーパンになりたくなきゃ、毎日俺に見せに来い」
祐奈は目を見開いたまま、何も言えずに俺を見ていた。
▼
俺は、祐奈に勝った。
何年ぶりかわからないが、祐奈と勝負して、勝った。
その結果、祐奈のすべてのパンツの所有権を俺のものにした。
祐奈がパンツを穿く以上、持ち主である俺に貸してもらわなければならない。
俺は祐奈にパンツを貸すことを許可した、だがその代わり、毎日穿いているパンツを見せに来るように命じた。
祐奈は死ぬほど悔しそうな顔をしたが、「だったら明日からノーパンで過ごすか?」などと言ったら、渋々受け入れた。
俺はこの何年か前の逆転を、もう一度ひっくり返すことができた。
俺が貸主で、あいつが借主だ。
この関係が死ぬほど痛快だ。
もちろんあいつのパンツを見たくないわけじゃない。
見れるものなら見たい。
まあ、俺はでも、珠優と一緒に住んでて、あいつのパンツ姿をしょっちゅう見てるから、そこまでパンツに対して思い入れはないが、女の子が必死になって隠しているものを見たいという一般的な男子の心は持ち合わせている。
だけど、それよりも、あの祐奈が俺の前でスカートをまくり上げて俺にパンツを見せるという、その構図がどうしても嬉しくて仕方がない。
「いってきます!」
「え? お兄ちゃんもう行くの? まだこんな時間だよ?」
珠優の驚く声。
「ああ、ちょっと寄るところがあるからな」
そう言って俺は家をでて、学校と反対方向へと走る。
俺の家から徒歩三分という、かなり近所にある高埜家。
その家の呼び鈴を俺は躊躇なく押した。
「こんにちはー! 祐奈、学校行こうか!」
俺は笑顔で中に呼びかける。
「あら、康ちゃん? 祐奈ならまだ部屋にいるけど?」
祐奈の母親のおばちゃん、もちろん俺とは顔なじみだ。
「行ってもいいですか?」
「あ、うん。祐奈! 康ちゃん来たわよ!」
おばさんは娘が着替え中かどうかを確認するために呼びかける。
「……入ってもらって?」
部屋から祐奈の声が聞こえた。
俺はおばさんに礼をして、中に入る。
「おはよう、祐奈」
部屋のドアを開けながら、中の祐奈に挨拶をする。
祐奈は俺を睨みつけるように腕を組んで立っていた。
部屋全体から、祐奈の匂いが漂ってくる、紛れもない祐奈が生活している部屋。
久しぶりに入る祐奈の部屋は、俺の記憶にあるそれとは様変わりしていた。
机は子供の頃から変わってないな。
だけど、ベッドは昔のベッドとは変わってて、パイプとマットのベッドになっていた。
布団はピンクで統一されていて、今は少し乱れていて、上の方がめくれている。
ちょっと前までここで祐奈が寝てたんだよな。
部屋全体は結構シンプルで、本棚には参考書が並んでいる。
「……何見てんのよ」
祐奈が、不機嫌な声で、少し恥ずかしそうに言う。
「別に。久しぶりだったからさ」
部屋を見られた程度で恥ずかしがってちゃ、これからやる事は出来ないだろ?
そんな感じの態度を見せると、祐奈はふん、と息を吐く。
「じゃ、見せてもらおうかな。今日のパンツを」
俺はベッドの縁に座ると、背を屈めて、祐奈の足元に目を合わせる。
「…………」
祐奈は不機嫌な表情のまま、スカートをまくり上げる。
最初は躊躇しつつ、ゆっくり上げる。
俺は、思わず息を飲んだ。
その音があまりにも大きかったので、祐奈に聞かれたかとひやひやしたくらいだ。
くどいようだが、俺は珠優と同部屋でもあり、女のパンツは見慣れている。
あいつは俺の前でも平然と着替えるし、俺も全く気にしないからな。
だから、パンツ自体にそんなに感動はない、なんて思っていたんだが。
俺は、そのパンツから目が離せないでいた。
祐奈は珠優よりも腰回りの凸凹がはっきりしていた。
引き締まったウエストと、適度に出たヒップ。
今日のパンツは、水色だった。
水色のパンツが、祐奈の局部を覆い隠し、その上から、ブラウスの裾がパンツの上部を更に覆い隠している。
生地は中が透けそうで透けていない。
生地から見える凸凹でその中に何があるのかを想像してしまう。
太ももは、多分女の子の中では太い方なのかもしれないけど、それでもかなり細かった。
祐奈って陸上部だからもっと足が太いと思ったけど、こんなに細いのかよ。
これでよくあれだけ走れるよな。
「触るのはなしよ!」
祐奈の声に、俺ははっと手を引っ込める。
「触ろうとしたからもう終わり! 今日はもう見せた!」
祐奈はばっとスカートを下ろし、更に誰もめくろうとしていないのにスカートの裾を押さえた。
まあ、俺には「触ったら終わり」なんてルールはないし、もう一度上げるように命じればいくらでも見られるだろうけど、まあ今日は勘弁しといてやろう。
「じゃ、学校行くわよ?」
祐奈は部屋の隅に置かれていた鞄を持って部屋を出ようとする。
「あ、うん、もうちょっと待ってくれないかな……」
「?」
ベッドに座ったままの俺に怪訝な表情を浮かべる祐奈。
だが、こっちは立てる状態じゃなかった。
いや、まあ、むしろ「もう立ってます」状態だった。
「早く行かないと遅刻するわよ?」
「あ、う、うん……」
俺は前かがみのまま立ち上がり、後に続く。
「あ、あのさ……!」
ドアを出る直前の祐奈が、いきなり振り返って話しかけてきた。
俺は祐奈をよけるために直立に立ってしまった。
「この事は、学校では言……!」
最初に顔を見た祐奈は照れくさいのかどんどん視線を下げていき、俺の、もう一つの直立に気づいた。
瞬時に顔が真っ赤になり、俺の顔と俺の股間とを見比べながら、口をあうあうと開いて、何かを言おうとするんだが、何も言えなかった。
まあ、自分のパンツ見て欲情した男を目の前にして、何か言えってのは、さすがに祐奈と俺の仲でも無理だろう。
「いや! これは、仕方がないんだよ! 男ってこういう生き物なんだよ!」
俺は無駄だと思ったが、一応主張した。
祐奈は真っ赤なまま、最後にはうつむいてしまった。
なんだろう、この罪悪感。
いや、俺に罪なんてないんだけど、これはただの生理現象なんだけど、こうも激しく反応されると、俺が悪いみたいに思えてしまう。
しかもなにしろ、そんな祐奈の表情を見てるだけで俺は興奮する奴だから、いつまで経ってもこのままだ。
あー、もう。
俺はやけくそ気味に、祐奈の手を握り、部屋を出た。
祐奈は俺に引っ張られながらもついてくる。
「じゃ、いってきます」
俺は前かがみのままおばさんに挨拶をする。
「行ってらっしゃい、昔のままねえ二人とも」
微笑ましげに笑いながら挨拶を返すおばさん。
いや、違うんだけどね。
俺はもう祐奈を引っ張ってない。
今、たまたま、祐奈を引っ張る格好になっただけで。
靴を履くときに手を離したが、祐奈が靴を履くのに手間取ってておばさんの笑顔が痛かったのでまた祐奈の手を引っ張って外に出た。
「あ、ちょっと……!」
靴を履きかけだった祐奈は少しだけ抵抗するが、すぐにそのままついてきた。
祐奈はつま先で地面を蹴りながら靴を履き、黙って俺についてくる。
昨日までは考えられなかった構図だ。
ほんの一日前まで、俺は祐奈の好き勝手に付き合わされてきた。
それを今じゃ形だけとはいえ、祐奈を引っ張っている。
まあ、一時的なものだろうけどさ。
こいつもやっぱりパンツ見られて恥ずかしいってだけの話で、すぐに回復するだろう。
でも、たとえ元に戻っても、昨日とは少し違う。
どんなムチャぶりをされても、最終的には俺が強い。
俺が一言「お前のパンツを全部取り上げる」と言えば、祐奈は明日からノーパンだ。
その最終スイッチがあるから俺は安心して祐奈のわがままにつき合える。
梅雨の近い湿った風が吹く通学路。
俺は手をつないだまま、祐奈と歩いている。
手をつないでいる以外、昨日と変わらないはずなんだが、会話は一切なかった。
いつも俺たちの通学の時には特に気兼ねすることなく話が出来ていたのだが、今は話が一切ない。
何でだろう、などと考えるまでもなく、祐奈が喋らないからだと気づいた。
そういえばいつも、俺は話の受身で、だいたいの話題は祐奈が振っていたんだっけな。
今はその祐奈が俺の隣で黙ってうつむいて歩いている。
だから、会話が続かない。
たったそれだけだが、話がつながらない。
俺が話題を振らなきゃならないのか。
「えっと、祐奈は今日も部活なのか?」
「……うん」
「部活は楽しいか?」
「うん……」
「そうかそうか、うん、それはよかった」
話はそれで終わってしまった。
なんだこの年頃の娘と父親みたいな会話。
俺ってこんなに話題の主導権握れなかったっけ?
俺はそれでも必死になってたどたどしい会話を続け、学校に到着するまでなんとか会話を持たせた。