第6話 報酬は「最高級の赤身肉(プロテイン)」でお願いします
アイゼンラッド公爵邸の朝食会場であるダイニングルーム。
普段は重苦しい静寂に包まれているその場所は、今朝に限って、異様な活気に満ちていた。
「素晴らしい……! 味がする! パンの小麦の香りが、スープの温かさが、五臓六腑に染み渡るようだ!」
上座に座るジークフリート公爵は、涙を流しながらスプーンを動かしていた。
これまでの彼は、呪いの影響で内臓機能が低下し、何を食べても砂を噛むような味気なさだったという。
それが今、ルシナの「施術(物理)」によって血流が改善され、代謝機能が劇的に向上した結果、空腹感という生きる喜びを取り戻していたのだ。
その様子を、ルシナは向かいの席から満足げに見守っていた。
彼女の前には、山盛りのサラダと、ゆで卵が十個、そして蒸した鶏肉の山が積まれている。
「良い食べっぷりです、ジーク様。胃腸の調子が良い証拠ですね。消化吸収こそが筋肉への第一歩です」
「ああ、ルシナ嬢。君のおかげだ。……正直、昨夜は殺されるかと思ったが、結果が全てだ。君は私の命の恩人だ」
ジークフリートはナプキンで口を拭うと、真剣な眼差しでルシナを見据えた。
その瞳には、深い感謝と、畏敬の念が宿っている。
「さて、本題に入ろう。君への報酬についてだ」
部屋の空気が引き締まる。
控えていた執事が、緊張した面持ちでメモ帳を取り出した。
王都から追放されたとはいえ、彼女は腐っても聖女。
しかも、公爵の不治の病を一晩で治療してみせた規格外の存在だ。
領地の一つや二つ、あるいは莫大な賠償金を要求されても断れない。
「私は君に救われた。望むものは何でも言ってくれ。金貨か? 宝石か? それとも、王都への復讐の手助けか?」
ジークフリートの提案に、ルシナは首を横に振った。
「いいえ、そのような物は筋肉の役には立ちません」
「……では、何を望む?」
ルシナは姿勢を正し、きっぱりと言い放った。
「二つ、条件があります」
彼女は指を二本立てた。
「一つ目は、食料の支給について。今後、私の食事は全て『高タンパク・低脂質』なメニューにしてください。具体的には、アイゼンラッド領特産の『魔獣の赤身肉』。あれを毎日3キロ、ステーキにして提供していただきたいのです」
「……は?」
ジークフリートが呆気にとられる。
執事の手が止まる。
「あ、赤身肉……3キロ、だと?」
「はい。今の私の筋肉量を維持するには、それだけのタンパク質が不可欠なのです。霜降り肉は脂質が多いのでNGです。赤身です。ヒレかモモ肉でお願いします」
ルシナは真剣そのものだ。
ジークフリートは困惑した。
(金銀財宝ではなく、肉を……? それも、美容を気にする令嬢が敬遠するような、野生の魔獣肉を所望するとは……)
「……わ、分かった。倉庫には討伐した魔獣の肉が山ほどある。好きなだけ食べてくれ。で、二つ目は?」
「二つ目は、施設の建設です」
ルシナの目が怪しく輝いた。
「この屋敷の地下倉庫を一つ、私にください。そこを改装し、『聖なる鍛錬場』を作りたいのです」
「聖なる……鍛錬場?」
「はい。具体的には、重さを調節できる鉄塊、懸垂ができる鉄棒、そして床には衝撃吸収用のマットを敷き詰めます。設計図は既に頭の中にあります」
ルシナは熱弁した。
いかにこの屋敷の環境が「筋トレ」に適していないか。
昨夜の施術も、専用の台があればもっと効率的に、苦痛を少なく行えたはずだと。
ジークフリートは、彼女の言葉の意味を半分も理解できなかった。
だが、彼の脳内で、勝手な解釈が構築されていく。
(……なるほど。彼女は『肉』を喰らい、『鉄』と戯れることで、その神秘的な力を維持しているのか。聖女としての祈りや瞑想ではなく、より原始的で野性的な儀式……それが彼女の強さの根源なのかもしれない)
常人には理解不能な行動原理。
それこそが、彼女が「神に愛された規格外の聖女」である証左のように思えた。
彼は深く頷いた。
「いいだろう。地下の北倉庫を空けさせよう。中にある武具も好きに使っていい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「その代わり……ルシナ嬢。君には、私と『専属契約』を結んでもらいたい」
ジークフリートは、テーブル越しに身を乗り出した。
「私の身体は、まだ『骨組みだけ』なのだろう? 君が言う『強固な壁』……完全なる肉体を手に入れるまで、私の傍で指導してほしい。君の求める肉も鉄も、全て私が用意する」
それは実質的な生涯の雇用契約だった。
だが、ルシナの脳内変換はこうだ。
(まあ! つまり、私が彼を『理想のマッチョ』に育て上げるまで、衣食住とトレーニング環境をフルサポートしてくださるということですの!? 最高のスポンサーですわ!)
利害は完全に一致した。
ルシナは満面の笑みで、ジークフリートの手をガシッと握り返した。
「喜んで! 契約成立です、オーナー!」
「うっ……!(握力が……強い……!)」
ボキボキと骨が鳴る音と共に、ここに「プロテイン協定」が締結された。
この瞬間から、アイゼンラッド公爵家は、領地経営から「筋肉経営」へと大きく舵を切ることになるのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ついに「プロテイン協定」が結ばれました。 貴族の令嬢が「赤身肉3キロ」を要求するシーン、書いていて楽しかったです。
「筋肉経営ww」 「Win-Winの関係だね」
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次回、最強のメイド長が登場します。 窓拭きでスクワット!




