表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/16

第4話 「全身の筋膜を剥がしますね(物理)」と言われた公爵の覚悟

 深い、泥のような闇から浮上する感覚。  

 アイゼンラッド公爵、ジークフリートは重い瞼を開いた。


 視界に入ってきたのは、見慣れた自室の天蓋だ。

 どうやら、あのロックベアの襲撃から生き延び、屋敷に運び込まれたらしい。


「……まだ、生きていたか」


 乾いた笑いが漏れる。


 だが、身体は鉛のように重い。  

 生まれつきの「呪い」による脱力感に加え、魔力枯渇による激しい頭痛。

 指一本動かすのも億劫だった。


 ガチャリ。


 重厚な扉が開く音がした。

 入ってきたのは、専属医でも、古参の執事でもない。


 ――銀髪の、死神だ。


「お目覚めですね、公爵閣下」


 先ほどの少女――聖女ルシナが、ワゴンを押して入ってきた。


 ワゴンには、煮沸消毒された大量のタオルと、琥珀色の液体が入った瓶(オイルだろうか?)、そしてなぜか「すりこぎ棒」のような木の棒が置かれている。


(……処刑道具か)


 ジークフリートは瞬時に悟った。


 彼女は王都から派遣された「聖女」を名乗っているが、その正体は暗殺者に違いない。

 そうでなければ、素手で魔物を殴り殺す聖女などいるはずがない。

 あの圧倒的な暴力性。

 そして今、彼女が放っている強烈な「殺気」。


 ルシナはベッドの脇に立ち、ジークフリートを見下ろした。  

 その紫色の瞳は、獲物の急所を見定める肉食獣のように鋭く、ギラギラと輝いている。


「失礼しますわ」


 彼女は躊躇なく布団を剥ぎ取り、ジークフリートの寝間着のボタンに手をかけた。


「なっ……何を……!?」


「触診です。眠っている間にも少し見させていただきましたが……本当に『酷い』状態ですわ」


 ルシナの冷たい指先が、ジークフリートの胸板、肩、そして首筋へと這う。

 それは愛撫などではない。  

 肉の厚み、骨の継ぎ目、急所の位置を確認する、冷徹な作業だ。


「ああ、やっぱり。ガチガチに癒着しています」


 彼女は悲しげに、しかしどこか嬉しそうに言った。


「全身の筋膜が骨にへばりついて、可動域を完全に殺しています。これでは呼吸をするのも苦しいでしょう? まるで、錆びついた鎧を着て生活しているようなものです」


 彼女の言う通りだ。  

 ジークフリートの身体は、呪いによって常に石のように強張っている。

 呼吸は浅く、常に窒息寸前の苦しみが続く。


「それで……どうするつもりだ?」


「決まっています」 


 ルシナはにっこりと微笑んだ。  

 背景に黒いオーラが見えるほどの、満面の笑みで。


()()()ます」


「……は?」


「全身の()を一枚一枚、丁寧に引き剥がしていくんです。癒着した部分を指で抉じ開けて、骨から引き離します。そうですね……まずは背中からやりましょうか」


 ジークフリートは息を呑んだ。


 皮を剥ぐ。

 拷問の常套手段だ。

 やはり、王家は単に私を殺すだけでは飽き足らず、苦痛を与えて楽しむつもりなのか。


「……さらに、ここ」


 ルシナはジークフリートの首の付け根、僧帽筋のあたりを指先でグイッと押した。


 激痛が走る。


「石灰化していますね。ここにある硬いしこり……これを()()します」


「ふん、さい……?」


「はい。物理的な衝撃を与えて、中にある悪いものを粉々に砕くんです。かなり痛いですが、一度壊さないと再生しませんから」


 剥がして、砕く。

 それは治療の方針説明ではなく、解体ショーの予告にしか聞こえなかった。


 ルシナは袖をまくり上げた。

 白く華奢に見える腕だが、力を込めた瞬間、皮膚の下で鋼鉄のワイヤーのような筋肉がボコォッと隆起したのが見えた。  

 あれで殴られれば、人の骨など枯れ木のように折れるだろう。


(抵抗は、無意味か)


 部屋の外には護衛の騎士たちがいるはずだが、静まり返っている。

 おそらく、既に彼女の手によって無力化されたのだろう。

(※実際は、「治療に集中したいので絶対に入ってこないでください」と笑顔で締め出されただけである)


 ジークフリートは覚悟を決め、天井を仰いだ。


 長く苦しい、呪われた人生だった。  

 最後に美しい死神の手にかかって死ねるなら、それも悪くないかもしれない。


「……分かった」


 彼は静かに目を閉じた。


「好きにするがいい。私の命など、もう長くはない。煮るなり焼くなり、君の気の済むまで弄べばいいだろう」


 それは完全なる降伏宣言だった。  


 だが、それを聞いたルシナの反応は、彼の予想を裏切るものだった。


「本当ですか!?」


 パァァァッ! と効果音がつきそうなほど、彼女の声が弾んだ。


「好きにしていいんですね!? 徹底的に、私のやりたいようにやっても!?」


「……ああ。介錯は頼むぞ」


「任せてください! 私が責任を持って、貴方の身体を()()へ連れて行って差し上げます!」


(天国……つまり、昇天させるということか)


 ジークフリートは死を受け入れた。  

 ルシナはやる気満々で、ボキボキと指を鳴らす。


「では、うつ伏せになってください。叫んでも構いませんよ。むしろ、大声を出した方が腹横筋が収縮して効果的ですから!」


 ドンッ。


 ジークフリートはベッドに押さえつけられた。

 背中に、ルシナの体重がかかる。

 重い。

 見た目からは想像できない、圧倒的な「密度」の重みだ。


「行きますよ、ジークフリート様。まずは脊柱起立筋の破壊(リリース)からです!」


 ルシナが拳を振り上げる気配がした。


「さようなら、世界……」


 ジークフリートが最期の祈りを捧げた、その直後。


 ゴキィッ!!!!


 屋敷中に、太い木材がへし折れるような轟音が響き渡った。

 同時に、公爵の断末魔の叫びが木霊する。


「ギャアアアアアアアアアアッ!!」


 廊下で待機していた騎士たちは、主君の悲鳴を聞き涙を流した。


 誰も知らなかったのだ。  

 その悲鳴が、死への旅立ちではなく、最強のマッチョ公爵へと生まれ変わるための産声であることを。


読んでいただきありがとうございます!

公爵様、完全に覚悟を決めてしまいました。 ルシナは「治療」と言っていますが、やっていることは「解体」に聞こえるので仕方ありません。

「アンジャッシュかな?」 「これは怖いww」

と楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと評価(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!

次回、屋敷中に響き渡る断末魔。 お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ