第4話 「全身の筋膜を剥がしますね(物理)」と言われた公爵の覚悟
深い、泥のような闇から浮上する感覚。
アイゼンラッド公爵、ジークフリートは重い瞼を開いた。
視界に入ってきたのは、見慣れた自室の天蓋だ。
どうやら、あのロックベアの襲撃から生き延び、屋敷に運び込まれたらしい。
「……まだ、生きていたか」
乾いた笑いが漏れる。
だが、身体は鉛のように重い。
生まれつきの「呪い」による脱力感に加え、魔力枯渇による激しい頭痛。
指一本動かすのも億劫だった。
ガチャリ。
重厚な扉が開く音がした。
入ってきたのは、専属医でも、古参の執事でもない。
――銀髪の、死神だ。
「お目覚めですね、公爵閣下」
先ほどの少女――聖女ルシナが、ワゴンを押して入ってきた。
ワゴンには、煮沸消毒された大量のタオルと、琥珀色の液体が入った瓶(オイルだろうか?)、そしてなぜか「すりこぎ棒」のような木の棒が置かれている。
(……処刑道具か)
ジークフリートは瞬時に悟った。
彼女は王都から派遣された「聖女」を名乗っているが、その正体は暗殺者に違いない。
そうでなければ、素手で魔物を殴り殺す聖女などいるはずがない。
あの圧倒的な暴力性。
そして今、彼女が放っている強烈な「殺気」。
ルシナはベッドの脇に立ち、ジークフリートを見下ろした。
その紫色の瞳は、獲物の急所を見定める肉食獣のように鋭く、ギラギラと輝いている。
「失礼しますわ」
彼女は躊躇なく布団を剥ぎ取り、ジークフリートの寝間着のボタンに手をかけた。
「なっ……何を……!?」
「触診です。眠っている間にも少し見させていただきましたが……本当に『酷い』状態ですわ」
ルシナの冷たい指先が、ジークフリートの胸板、肩、そして首筋へと這う。
それは愛撫などではない。
肉の厚み、骨の継ぎ目、急所の位置を確認する、冷徹な作業だ。
「ああ、やっぱり。ガチガチに癒着しています」
彼女は悲しげに、しかしどこか嬉しそうに言った。
「全身の筋膜が骨にへばりついて、可動域を完全に殺しています。これでは呼吸をするのも苦しいでしょう? まるで、錆びついた鎧を着て生活しているようなものです」
彼女の言う通りだ。
ジークフリートの身体は、呪いによって常に石のように強張っている。
呼吸は浅く、常に窒息寸前の苦しみが続く。
「それで……どうするつもりだ?」
「決まっています」
ルシナはにっこりと微笑んだ。
背景に黒いオーラが見えるほどの、満面の笑みで。
「剥がします」
「……は?」
「全身の皮を一枚一枚、丁寧に引き剥がしていくんです。癒着した部分を指で抉じ開けて、骨から引き離します。そうですね……まずは背中からやりましょうか」
ジークフリートは息を呑んだ。
皮を剥ぐ。
拷問の常套手段だ。
やはり、王家は単に私を殺すだけでは飽き足らず、苦痛を与えて楽しむつもりなのか。
「……さらに、ここ」
ルシナはジークフリートの首の付け根、僧帽筋のあたりを指先でグイッと押した。
激痛が走る。
「石灰化していますね。ここにある硬いしこり……これを粉砕します」
「ふん、さい……?」
「はい。物理的な衝撃を与えて、中にある悪いものを粉々に砕くんです。かなり痛いですが、一度壊さないと再生しませんから」
剥がして、砕く。
それは治療の方針説明ではなく、解体ショーの予告にしか聞こえなかった。
ルシナは袖をまくり上げた。
白く華奢に見える腕だが、力を込めた瞬間、皮膚の下で鋼鉄のワイヤーのような筋肉がボコォッと隆起したのが見えた。
あれで殴られれば、人の骨など枯れ木のように折れるだろう。
(抵抗は、無意味か)
部屋の外には護衛の騎士たちがいるはずだが、静まり返っている。
おそらく、既に彼女の手によって無力化されたのだろう。
(※実際は、「治療に集中したいので絶対に入ってこないでください」と笑顔で締め出されただけである)
ジークフリートは覚悟を決め、天井を仰いだ。
長く苦しい、呪われた人生だった。
最後に美しい死神の手にかかって死ねるなら、それも悪くないかもしれない。
「……分かった」
彼は静かに目を閉じた。
「好きにするがいい。私の命など、もう長くはない。煮るなり焼くなり、君の気の済むまで弄べばいいだろう」
それは完全なる降伏宣言だった。
だが、それを聞いたルシナの反応は、彼の予想を裏切るものだった。
「本当ですか!?」
パァァァッ! と効果音がつきそうなほど、彼女の声が弾んだ。
「好きにしていいんですね!? 徹底的に、私のやりたいようにやっても!?」
「……ああ。介錯は頼むぞ」
「任せてください! 私が責任を持って、貴方の身体を天国へ連れて行って差し上げます!」
(天国……つまり、昇天させるということか)
ジークフリートは死を受け入れた。
ルシナはやる気満々で、ボキボキと指を鳴らす。
「では、うつ伏せになってください。叫んでも構いませんよ。むしろ、大声を出した方が腹横筋が収縮して効果的ですから!」
ドンッ。
ジークフリートはベッドに押さえつけられた。
背中に、ルシナの体重がかかる。
重い。
見た目からは想像できない、圧倒的な「密度」の重みだ。
「行きますよ、ジークフリート様。まずは脊柱起立筋の破壊からです!」
ルシナが拳を振り上げる気配がした。
「さようなら、世界……」
ジークフリートが最期の祈りを捧げた、その直後。
ゴキィッ!!!!
屋敷中に、太い木材がへし折れるような轟音が響き渡った。
同時に、公爵の断末魔の叫びが木霊する。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
廊下で待機していた騎士たちは、主君の悲鳴を聞き涙を流した。
誰も知らなかったのだ。
その悲鳴が、死への旅立ちではなく、最強のマッチョ公爵へと生まれ変わるための産声であることを。
読んでいただきありがとうございます!
公爵様、完全に覚悟を決めてしまいました。 ルシナは「治療」と言っていますが、やっていることは「解体」に聞こえるので仕方ありません。
「アンジャッシュかな?」 「これは怖いww」
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次回、屋敷中に響き渡る断末魔。 お楽しみに!




