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最終話 筋肉は世界を救う(今日も明日も、追い込みましょう!)

 アイゼンラッド公爵夫妻が地下迷宮の闇を払い、伝説のプロテインを手に入れてから、数年の月日が流れました。


 かつて「死神の領地」と恐れられた北の辺境は今、世界中の人々が健康と強さを求めて集う、聖なる筋肉の巡礼地――通称『マッスル・サンクチュアリ』へと変貌を遂げていました。


 都の広場では、巨大な石造りのトレーニング器具が至る所に設置され、領民たちは朝の挨拶代わりに互いの「僧帽筋」の発達具合を確認し合っています。

 頸部から背中の中央にかけてダイヤモンドのような形状に広がる僧帽筋は、今やこの領地において、健全な魂と高い自律神経の安定性を示すステータスとなっていました 。


 すれ違う人々からは「でかいよ!」「ナイスバルク!」「肩がメロン!」といった、古代の勇者たちが用いたとされる祝福の言葉(コール)が絶え間なく飛び交っています。


 ◇


 公爵邸の裏庭。  そこには、五年前には想像もできなかった、平和で「暑苦しい」日常の光景がありました。


「さあ、ジーク様! 最後の1レップですわ! 脊柱を安定させる多裂筋(たれつきん)の収縮を意識して!」


「おおおおおおおっ!! 見ろ、ルシナ!! 脊椎の深部にある『隠れた足場』が、君の期待に応えて火を噴いているぞぉぉぉッ!!」


 ジークフリート公爵は、もはや「巨神」と呼ぶに相応しい肉体となっていました。

 彼は自身の背中に、巨大な岩(推定重量500キロ)を背負い、高強度のスクワットを繰り返しています。


 彼の背骨を支える多裂筋は、小さな筋肉の連続体でありながら、セグメントごとの安定性を保ち、腰痛を防ぐための強固な「隠れた足場」として完璧に機能していました。


「素晴らしいですわ、ジーク様! 腸腰筋(ちょうようきん)の柔軟性も以前より格段に向上しています。腰椎と股関節の連動、まさに芸術品(アート)ですわ!」


 ルシナは、愛おしそうにジークフリートの外腹斜筋(がいふくしゃきん)のキレを眺めていました。  

 

 上半身と下半身を繋ぐ唯一の筋肉である腸腰筋は、歩行や姿勢保持において決定的な役割を果たしており、彼女がかつてレオン王子の「貧弱な腰」に見出した致命的な欠陥は、今の夫には微塵も存在しません。


「……ふぅッ!!」


 ジークフリートが岩を地面に置いた瞬間、地響きと共に庭に小さなクレーターが穿たれました。

 彼は本日五枚目となる特注の「伸縮率無限大」シャツを、ただ汗を拭うための動作だけで粉砕。

 黄金色に輝く上半身を晒し、ルシナを抱き寄せました。


「ありがとう、ルシナ。……君と出会ってから、私の人生は毎日が『メイン・セット』のように充実している」


「私もですわ、ジーク様。……あ、見てください。あちらでも小さな勇者が頑張っていますわよ」


 ルシナが指差す先。


 芝生の上では、三歳になったばかりの愛息子――ジークフリート・ジュニアが、自身の体重と同じくらいの重さがある石のガラガラ(特注ダンベル)を振り回して遊んでいました。


「バブーッ! チェストォォッ!」


 ジュニアがガラガラを握るその握力は、既に一般的な成人男性を凌駕しており、彼がハイハイをするたびに庭の芝生には深い(わだち)が刻まれていきます。  


 ルシナは、息子の「三角筋」の膨らみに目を細めました。


「将来が楽しみですわね。三歳にして既に『メロン肩』の予兆があります。……ジーク様、今日からジュニアの離乳食に、さらに高純度のプロテインを配合しましょうか?」


「ああ、名案だ。……だが、彼には筋肉だけでなく、君のような慈悲深い心も育んでほしいものだな」


 ジークフリートはジュニアを抱き上げ、自身の巨大な(三角筋)に乗せました。

 三角筋は肩関節を安定させる重要な筋肉であり、デッドリフトのような高負荷トレーニングにおいても腕の脱臼を防ぐ役割を担っています。


 父の逞しい肩の上で、ジュニアは嬉しそうにポージングを決めました。


 そこへ、一人の男が駆け寄ってきました。

 かつての第一王子――今や『アイゼンラッド筋肉更生施設』の筆頭訓練生となったレオンです。


「ルシナ様! ジークフリート様! ……ハッ、ハッ、失礼いたします!」


 レオンの姿に、かつての傲慢な面影はありません。

 青白かった肌は健康的な褐色に焼け、腰をさすっていた癖は消え、背筋は剣のように真っ直ぐ伸びています。


「本日の『自重スクワット3000回』、無事に完遂いたしました! ……今の私なら、国ではなく、この大地そのものを背負える気がいたしますッ!!」


「よく頑張りましたね、レオンさん。……ご褒美に、今日の夜は私の『スペシャル指圧』を予約しておきますわ」


「ひっ、ひいいい……あ、ありがとうございます……!!」


 恐怖と感謝が入り混じったレオンの絶叫。  

 それは、辺境が育んだ新しい「教育」の形でした。


 夕日が沈み始め、アイゼンラッドの山々が茜色に染まります。

 広場からは領民たちの「もう1セット!」という元気な掛け声が風に乗って聞こえてきます。


 病気もなく、争いもなく。

 ただ自分自身の限界に挑み、隣人のバルクアップを称え合う。


 そこには、ルシナが夢見た「物理的に平和な世界」が、確かに存在していました。


「ジーク様。私、この国に来て本当に良かったですわ」


 ルシナは、ジークフリートの胸板に寄り添いました。

 鋼のような硬度と、深い優しさを備えた、彼女だけの「大胸筋(居場所)」。


「ああ、私もだ。……君が私を救い、この世界を救ってくれた。……愛しているよ、ルシナ」


「私もですわ。……さあ、ジーク様!」


 ルシナはバッと顔を上げ、最高の、太陽のような笑顔で夫を見上げました。

 その瞳には、昨日よりも、そして一分前よりも輝かしい未来が映っていました。


「夕食の後は、ダンス(有酸素運動)の時間ですわよ! 今夜こそ、大広間の床板を()()粉砕するまで踊り明かしましょう!!」


「……はは、ははははッ!! 望むところだッ!!」


 二人の笑い声が、アイゼンラッドの空に高く、高く響き渡りました。


 筋肉は、決して裏切らない。

 そして、筋肉を愛する者たちの物語は、この世界が動き続ける限り、永遠に続いていくのです。


(完)

【謝辞とお願い、そして大事なお知らせ】


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

これにて『聖女の拳は全てを癒す! シーズン1』、無事完結となります。


当初は「筋肉で聖女ってどうなんだろう……」という不安もありましたが、執筆を進めるうちに、私自身の広背筋も心なしかパンプアップしてきた気がします。

本作を通じて、皆様に少しでも笑いと、そして「今日スクワットしてみようかな」というやる気をお届けできていれば、作家としてこれ以上の幸せはありません。


振り返ってみれば、ジークフリート様のシャツが合計何枚犠牲になったのか、数えるのも恐ろしいほどですが、それも全て彼のルシナ様への愛の結晶です。

また、レオン王子が最終的に「いい顔」になったのは、ある意味でこの物語の最大の救いだったかもしれません。


もし「面白かった!」「最後にスカッとした!」と思っていただけましたら、記事下の【☆☆☆☆☆】評価を、全力の指圧を込めてタップしていただけると幸いです!  

皆様の評価が、作者の次なるバルクアップの糧になります!

何卒、よろしくお願いいたします!


最後に大事なお知らせ。


シーズン2も鋭意作成中です。


近日連載開始します!

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