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第3話 辺境の死神と、肩こりの酷いクマさん

 御者さんとの楽しい(?)並走の旅を終え、私はついにアイゼンラッド公爵領の入り口へと差し掛かっていました。


 見渡す限りの雪景色。

 吐く息が白く凍りつくほどの寒さですが、私の体温は常に燃焼モード(基礎代謝アップ中)なので、半袖の聖女服でもポカポカと快適です。

 むしろ、天然のクーリングシステムが効いていて、運動するには最適な環境と言えるでしょう。


「さて、まずは領主様にご挨拶を……ん?」


 鋭敏な聴覚が、風に乗って微かな悲鳴と爆発音を捉えました。

 視力(動体視力強化済み)を凝らして街道の先を見ると、一台の豪奢な黒塗りの馬車が、巨大な影に襲われているのが見えました。


 岩の塊のような巨体。

 鋭い爪。


 魔獣図鑑で見たことがあります。

 あれは確か「ロックベア」。

 全身が岩盤のように硬い皮膚で覆われた、物理防御特化型のクマさんです。


「グオオオオオオッ!!」


 ロックベアが剛腕を振り上げます。

 対する馬車の護衛騎士たちは、必死に剣や魔法で応戦していますが、剣は硬い皮膚に弾かれ、氷の魔法も表面を傷つける程度にしか効いていません。


 そして、馬車の影には一人の男性がへたり込んでいました。


 黒髪に、透き通るほど白い肌。

 遠目にも分かるほど痩せ細り、頬がこけています。  


 彼が噂の辺境伯、ジークフリート様でしょうか。

 その姿は『死神』というよりは、今にも死にそうな『病人』に見えます。


(ああ、なんてこと!)


 私は思わず口元を覆いました。

 彼が魔物に襲われていることよりも、もっと重大な問題に気づいてしまったからです。


(あの姿勢……! 極度の猫背に加え、骨盤が後傾しています! あれでは内臓が圧迫され、呼吸が浅くなり、顔色も悪くなるはずですわ!)


 しかも、襲いかかろうとしているロックベアの方も深刻です。


 あの岩のように盛り上がった肩周り。

 あれはただの装甲ではありません。

 長年の姿勢不良と冷えによって、僧帽筋がカチカチに石灰化してしまっているのです!


(人間も魔物も、身体のメンテナンスを怠りすぎです! 特にあのクマさん、あんなに肩が凝っていては、腕を上げるのも辛いでしょうに……!)


 元聖女として、いえ、筋肉の伝道師として、これを見過ごすわけにはいきません。


「待っていてください! 今、楽にして差し上げますから!」


 私は雪面を蹴りました。

 ドォン!! という爆発音と共に、私は砲弾となって戦場へ飛び込みました。


 ◇


(……もう、駄目か)


 辺境伯ジークフリートは、薄れゆく意識の中で死を覚悟していた。


 生まれつきの「呪い」によって身体が動かず、魔力も底をつきかけている。

 護衛騎士たちは勇敢に戦ってくれているが、物理攻撃を無効化するロックベアを相手にするには分が悪すぎる。


 ロックベアの丸太のような腕が、ジークフリートの頭上へ振り下ろされる。


 ああ、これで終わりか。  

 せめて領民たちのために、もう少し何かしてやりたかったが――。


「肩こりが酷いですわ!!」


 突如、凛とした女性の声が戦場に響き渡った。


 次の瞬間。  


 ジークフリートの目の前に、銀髪の少女が舞い降りた。

 聖女の法衣を翻し、彼女はあろうことか、振り下ろされたロックベアの剛腕を、白く細い()()()()で受け止めたのだ。


 ズンッ!!


 衝撃波が広がり、周囲の雪が吹き飛ぶ。

 だが、少女は一歩も引かず、むしろクマの手首を掴んで、心配そうに眉をひそめていた。


「可哀想に……。これだけ筋肉が石灰化していると、腕を上げるたびに激痛が走ったでしょう? 可動域を広げるには、一度強い衝撃を与えて、コリを粉砕(リリース)する必要があります」


 少女はにっこりと笑うと、握りしめた拳を引いた。

 その背中の筋肉が、服の上からでも分かるほど異様に盛り上がり、空気がビリビリと震える。


「はい、深呼吸をして〜。リラックス〜」


 ドゴォッ!!!!


 少女の正拳突きが、ロックベアの肩口にめり込んだ。  

 

 ダイヤモンドよりも硬いとされる岩の皮膚が、飴細工のように粉々に砕け散る。

 衝撃は内部へと浸透し、数トンの巨体はピンボールのように弾き飛ばされ、遥か後方の岩山に激突して轟音と共に沈黙した。


 シーン……。  


 戦場に静寂が訪れる。

 騎士たちも、ジークフリートも、口を開けたまま動けない。


 そんな中、少女は何事もなかったかのように手首を回し、ジークフリートの方へ振り返った。

 雪の中で輝くような笑顔。  


 彼女は倒れ込むジークフリートの手を取り、慈愛に満ちた(そして万力のように強い)声で言った。


「初めまして、公爵閣下。王都から追放(派遣)されて参りました、聖女ルシナです」


 彼女の紫色の瞳が、ジークフリートのやせ細った身体を、ねっとりと舐めるように精査する。


「……素晴らしい。実に素晴らしい()()ですわ」


「そ、ざい……?」


「ええ。脂肪が極限まで少なく、骨格のラインは美しい。これなら、適切な食事とトレーニングさえ行えば、無駄のない最高の大胸筋が育つはずです!」


 ジークフリートは思った。


 自分は、魔物よりも恐ろしい()()()に出会ってしまったのかもしれない、と。  


 そして恐怖(と、なぜか少しの安堵)により、彼の意識はプツリと途切れた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


クマさん、ただの肩こりだったようです(物理)。


「素手で倒したww」 「公爵との出会い方が酷い」


と笑っていただけましたら、 【ブックマーク】登録と、 下にある【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、ルシナの筋肉が喜びます!


(★★★★★だと更新の励みになります!)


次回、「公爵視点:暗殺者が来たと思いました」。 勘違いコントの始まりです。明日も更新します!

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