第26話 マッスル防衛線(盾ではなく、大胸筋で防ぐのです)
地響きが、大地を、そして空気を激しく揺らしていました。
アイゼンラッド領、東の城壁。
その眼下に広がる平原を、一万を超える魔獣の群れが、黒い濁流となって埋め尽くしています。
「報告! 先頭集団、オーク兵3000! 続いてロックウルフ5000! さらに後方にはトロール級の巨躯も確認!!」
物見櫓からの絶叫が響きます。
王都から来た査察団の生き残りや、辛うじて動ける近衛騎士たちは、その圧倒的な質量の前にガクガクと膝を震わせていました。
「お、終わりだ……。あんな軍勢、鉄の城門すら紙切れのように破られるぞ……!」
しかし。
城門の前に陣取ったアイゼンラッド騎士団の面々は、絶望とは程遠い、むしろ遠足の前の子供のようなキラキラとした瞳で、迫りくる濁流を見つめていました。
「……来ましたわね。最高のイベントですわ」
最前線に立つルシナは、愛おしそうに拳を握り込みました。
彼女の隣には、上着を脱ぎ捨て、月光を浴びて青白く輝く「鋼鉄の彫像」――ジークフリート公爵が立っています。
「ルシナ。……配置は完了しているな?」
「はい、ジーク様。騎士たちの『バルクアップ』は十分。あとは実践でその耐久力を証明するだけです」
ルシナが右手を高く掲げました。
彼女の背後に控える、100名のアイゼンラッド騎士団。
ルシナの特製「魔獣シチュー」を食し、地獄のトレーニングを耐え抜いた彼らは、今や一人一人が「歩く要塞」と化していました。
「総員、構えなさい!!」
ルシナの号令が飛ぶ。
しかし、騎士たちは盾を構えませんでした。
剣も抜きません。
「第一防衛姿勢!! 『サイド・チェスト』ッ!!」
「「「サイドォォォッ! チェストォォォォッッ!!!!」」」
ドゴォォォォォォンッ!!
100人の騎士が、一斉に体を横に向け、片脚を曲げ、大胸筋を限界まで収縮させました。
瞬間、空気そのものが爆発したかのような衝撃波が発生。
彼らの筋肉から発せられる熱量が物理的な壁となり、迫りくる砂埃を弾き飛ばします。
「な、なんだ!? 奴ら、武器も持たずに何を……!」
逃げ遅れたドラン査察官が目を見開く中、魔獣の先頭集団が、ついに騎士団の肉壁に激突しました。
バゴォォォォォォォンッ!!!!
凄まじい金属音――いや、肉と肉がぶつかり合う音。
しかし、吹き飛んだのは人間ではなく、魔獣の方でした。
全力で突進してきたオークたちが、騎士の「大胸筋」に触れた瞬間、まるで巨大なスーパーボールが鉄板に当たったかのように、あらぬ方向へと弾き飛ばされていきます。
「グギャ!?」「ブモッ!?」
魔獣たちは困惑していました。
目の前にあるのは、柔らかい人間の肉のはず。
なのに、角を突き立てても通らない。牙を剥いても弾かれる。
そこにあるのは、「弾力」と「硬度」が矛盾したまま同居する、未知の物理現象だったのです。
「甘いですわよ、魔獣さんたち!」
ルシナが戦場を疾走しながら、ダメ出しを飛ばします。
「今のオークの突進速度なら、大胸筋の弾性だけで十分カウンター可能です! ほら、第4小隊、広背筋が緩んでいますよ! もっと広げて! 面で受けるのです!」
「ハッ! フロント・ラット・スプレッドォォォッ!!」
騎士たちが叫び、背中の筋肉を扇のように広げました。
すると、押し寄せるロックウルフの群れが、その巨大な筋肉の壁に押し流され、文字通り「津波が防波堤に当たる」かのように、左右へと分断されていきます。
「素晴らしい……! 筋肉が、魔獣を剪断していく……!」
ジークフリートは恍惚としていました。
これぞ、ルシナが目指した「物理的防衛」の完成形。
「ルシナ! トロール級が来たぞ! あの一撃は、筋肉の厚みだけでは耐えきれんかもしれん!」
地平線の向こうから、身長5メートルを超える巨体、トロールが巨大な岩の棍棒を振り回して接近してきます。
流石の筋肉騎士たちも、あの質量を真正面から受ければ骨が砕けかねません。
しかし、ルシナは不敵に笑いました。
「いいチャンスです。……ジーク様、アレを見せてあげましょう」
「……アレか。承知した」
二人は前線へ飛び出しました。
トロールが咆哮し、巨大な棍棒が二人の頭上へと振り下ろされます。
「喰らえッ! 『二人の絆』ッ!!」
二人は互いの背中を合わせ、同時に両腕を曲げて力こぶを作る、究極のポージングを決めました。
ドカァァァァァァァァンッ!!!!
棍棒が二人の筋肉の頂点に激突。
しかし、砕け散ったのはトロールの棍棒――それも、根元から粉々に。
「ウ、ウガ……?」
トロールが呆然と立ち尽くす中、ルシナは空いた手でトロールの脛を優しく叩きました。
「お疲れ様です。……はい、クールダウンの時間ですよ」
ルシナのデコピン一発で、数トンの巨躯を誇るトロールは、コマのように回転しながら空の彼方へと消えていきました。
一万の魔獣。
それは、アイゼンラッド騎士団にとって、絶望の対象ではありませんでした。
むしろ、過去最高の「パンプアップ」を約束する、最高級のジム機器に過ぎなかったのです。
城壁の上でその光景を見ていた王都の使者たちは、静かに白旗を上げました。
彼らは理解したのです。
この辺境には、魔法よりも、権威よりも、もっと根源的で逆らえない「真理」が支配しているのだということを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
これがアイゼンラッド騎士団の「マッスル・ディフェンス」です。
盾を使わず、サイドチェストで魔獣を弾き返す。
物理法則が筋肉によって書き換えられていく様子を楽しんでいただけたら幸いです。
「オークがスーパーボールww」 「サイドチェストの汎用性が高すぎる」
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次回、スタンピードはいよいよクライマックス。 ボス魔獣の登場に、ルシナが「空中」からお仕置き(?)を仕掛けます。
明日も更新します!




