第23話 王太子の腰痛(魔女の一撃は、突然に)
アイゼンラッド公爵邸、謁見の間。
そこは、近衛騎士団という国の精鋭たちが「良い姿勢の屍」となって転がる、シュールな地獄絵図と化していました。
立っているのは、筋肉の巨塔となったジークフリートと、笑顔の聖女ルシナのみ。
対するレオン王子は、恐怖と怒りで顔を歪め、後ずさりしていました。
「ひ、怯むな……! 私は王太子だぞ! 次期国王だぞ!」
レオンは震える足で踏み止まり、精一杯の虚勢を張りました。
彼は右手を突き出し、ルシナを指差して叫ぼうとしました。
「この、筋肉ダル――ッ!?」
その時でした。
彼の身体の奥底、腰椎の第四番と第五番の間で、何かが「ピキッ」と音を立てました。
それは、世界の崩壊を告げる鐘の音。
直後。
ズドォォォォォンッ!!
雷に打たれたような衝撃が、レオンの腰を貫きました。
痛みという次元を超えた、神経の断裂感。
視界がホワイトアウトし、膝の力が完全に抜け落ちます。
「あ、が……ッ!?」
レオンはその場に崩れ落ちました。
受け身を取ることすらできません。
無様に床に這いつくばり、芋虫のように痙攣します。
「で、殿下!? どうされました!?」
アリアが慌てて駆け寄りますが、レオンは言葉を発することすらできません。
腰に、熱した鉄杭を打ち込まれたような激痛。
息をするだけで激痛が走る。
いわゆる急性腰痛症――別名、「魔女の一撃」です。
「こ、腰が……! 腰がァァァッ!」
「大変! すぐに治癒を! 『ホーリー・ヒール』!」
アリアが杖をかざし、光の魔法を放ちました。
温かな光がレオンの腰を包み込みます。
これで治るはず。
誰もがそう思いました。
しかし。
「ぎゃあああああっ!! やめろ! 熱い! 痛い! 余計に痛いぃぃぃっ!」
レオンがのたうち回りました。
魔法の光が、炎症を起こした患部を刺激し、逆に激痛を増幅させてしまったのです。
「な、なぜですの!? 私の魔法は完璧なはず……!」
「無駄です」
冷ややかな声が響きました。
見れば、ルシナが腕を組んで見下ろしています。
「それは怪我ではありません。長年の姿勢不良と筋力不足による、筋肉の拘縮です。魔法で表面を撫でたところで、奥底で絡まった神経の結び目は解けません」
ルシナは、白衣(聖女服)の袖をまくり上げました。
その前腕筋群が、美しく隆起します。
「どきなさい、素人さん。……私がやります」
「なっ、貴女に何ができると……」
「どけッ!!」
ブンッ!!
ルシナが腕を振ると、風圧だけでアリアが吹き飛びました。
ルシナはレオンの横に膝をつき、その背中に手を置きました。
「ひぃっ! く、来るな! 殺す気か!」
「暴れないでください。少し『響き』ますよ」
ルシナの指先が、レオンの腰の深層を探ります。
そして、カチコチに固まった一点――腸腰筋の深部を見つけ出しました。
「ここですね。サビついた蝶番のようなものです」
彼女は親指を立て、狙いを定めました。
慈悲はありません。
あるのは、筋肉への愛のみ。
「開通ッ!!」
ズブォォッ!!
ルシナの親指が、レオンの脇腹の肉を押しのけ、内臓の隙間を縫って、背骨のキワにある深層筋へとダイレクトにねじ込まれました。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
レオンの口から、魂の絶叫が迸りました。
眼球が飛び出しそうになり、爪が床板を掻きむしります。
痛い。
痛いどころではない。
内側から身体を食い破られているような感覚。
「まだです! 逃がしませんよ!」
グリグリグリグリッ!!
ルシナは親指をドリルのように回転させ、癒着した筋膜を強引に引き剥がしていきます。
ゴリッ、バキッ、という、人体からしてはいけない音が響き渡ります。
「あ、あ、あ……ぱっぱ、まま……!」
レオンは幼児退行し、白目を剥いて泡を吹き始めました。
その光景を見ていたジークフリートは、懐かしそうに目を細めて頷きました。
「……いい悲鳴だ。腹式呼吸ができている」
「閣下、感心している場合ですか!?」
騎士たちが戦慄する中、施術は3分間続きました。
それはレオンにとって、永遠にも等しい地獄の時間でした。
そして。
「はい、完了!」
ポンッ! とルシナが手を離しました。
レオンはピクリとも動きません。
死んだか? と思われた、その時。
むくり。
レオンが、上半身を起こしました。
恐る恐るではありません。
バネ仕掛けの人形のように、軽やかに。
「……あれ?」
彼は自分の腰を触りました。
痛くない。
あの、鉛が入ったような重だるさも、針で刺すような鋭い痛みも、綺麗さっぱり消え失せています。
「な、なんだこれは……? 腰が……羽のように軽いぞ?」
レオンは立ち上がり、その場で前屈をし、さらにブリッジまでしてみました。
身体がゴムのようにしなります。
10年来の腰痛持ちだった彼にとって、それは奇跡以外の何物でもありませんでした。
「す、すごい……! 魔法でも治らなかった私の腰が……!」
レオンは感動に打ち震え、ルシナを見ました。
先ほどまでの憎しみはどこへやら、その瞳には「救世主」を見るような熱い光が宿っています。
「ルシナ……! 貴様、いや、貴女は……!」
「どういたしまして。ですが、勘違いしないでくださいね」
ルシナは冷たく言い放ち、手についた脂汗をハンカチで拭いました。
「これは一時的な処置です。貴方の腹筋が弱すぎるせいで、腰椎が悲鳴を上げていたのです。根本治療には、最低でも一日5分のプランクと、スクワットが必要です」
「やります!!」
レオンは即答しました。
食い気味に。
あの痛みから解放されるなら、悪魔に魂を売ってもいい。
今の彼は本気でした。
「おお、ルシナよ! 余は愚かだった! 貴女こそが真の聖女! いや、私の腰の守り神だ!」
レオンはルシナの手を取ろうとして――横から伸びてきた丸太のような腕に阻まれました。
「……気安く触るな、レオン殿下」
ジークフリートです。
彼は魔王のような形相で、ルシナを背後に隠しました。
「治療は終わった。これ以上、私の聖女に近づくなら……今度は私が、その腰を『へし折る』ぞ?」
ゴゴゴゴゴ……という擬音が聞こえそうな威圧感。
レオンは「ひっ!」と悲鳴を上げ、完治したばかりの腰を抜かしました。
こうして、王太子レオンは、心も体も(特に腰が!)アイゼンラッド公爵家に完全敗北したのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
王子、腰痛完治おめでとうございます。 ぎっくり腰(魔女の一撃)の痛み、経験者なら分かっていただけると思いますが、本当に動けなくなりますよね。 ルシナの施術(腸腰筋リリース)は、実際にめちゃくちゃ痛いですが効果てきめんです(※作中の描写はフィクションです。真似しないでください)。
「指圧の描写がホラー」 「王子の掌返しが早いww」
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次回、腰痛が治った王子が、とんでもない提案をしてきます。 「逃した魚(ただし筋肉質)」。
明日も更新します!




