第21話 再会(元婚約者がゴリラになっていた件について)
アイゼンラッド公爵領の国境付近。
王家の紋章を輝かせた豪華な馬車が、舗装されていない街道をガタゴトと揺れながら進んでいました。
「痛っ……! ええい、御者! もっと静かに走らせられんのか!」
馬車の中で怒鳴り声を上げたのは、サンクチュアリ王国の第一王子、レオンです。
彼は腰をさすりながら、不機嫌そうに顔を歪めていました。
「申し訳ございません、殿下! ですが、辺境の道が悪すぎて……」
「言い訳など聞きたくない! くそっ、私の高貴な腰椎が悲鳴を上げているではないか……」
レオンは苛立っていました。
本来なら、王族である自分がこのような僻地に来る必要などないのです。
しかし、先に派遣した査察官ドランと婚約者アリアが、ほうほうの体で逃げ帰ってきた報告を聞き、居ても立ってもいられなくなったのです。
『で、殿下……あそこは地獄です! 公爵は魔王と化し、聖女は鬼になっていました!』
錯乱した二人の証言は支離滅裂でした。
魔王?
鬼?
馬鹿馬鹿しい。
きっとルシナが怪力で脅し、何か小細工をしたに違いありません。
「見ておれ、ルシナ。私が直接乗り込み、貴様の悪行を白日の下に晒してやる。そして泣いて許しを乞う貴様を、たっぷりと嘲笑って……」
レオンは嗜虐的な笑みを浮かべようとしましたが、馬車が大きく跳ねた衝撃で舌を噛み、涙目になりました。
◇
数時間後。
一行はアイゼンラッド公爵邸に到着しました。
門をくぐったレオンは、まずその「異様な気配」に違和感を覚えました。
静かすぎるのです。
鳥のさえずりも聞こえません。
聞こえるのは、風の音と――。
フッ! フッ! フッ!
地底から響いてくるような、謎の呼吸音だけ。
「……不気味な場所だ。やはり、まともな領地経営などできていないようだな」
レオンは鼻で笑い、近衛騎士団を引き連れて馬車を降りました。
今回の護衛は30名。
完全武装の精鋭たちです。
たかが小娘一人と病人に、これだけの戦力を揃えれば十分すぎるでしょう。
「アイゼンラッド公爵!! レオン・サンクチュアリである!!」
レオンはよく通る(金切り)声で叫びました。
「余自らが出向いてやったぞ! さっさと出てきて頭を下げぬか!」
シーン……。
返事はありません。
静寂が、レオンのプライドを逆撫でします。
「おのれ、無礼な……! おい、扉を破れ!」
レオンが騎士たちに命じようとした、その時でした。
ズゥゥゥン……。
屋敷の巨大な両開きの大扉が、内側からゆっくりと開かれました。
いや、「開かれた」という表現は正しくないかもしれません。
扉の隙間から、圧倒的な圧が漏れ出し、物理的に空気が重くなったのです。
「……なんだ?」
レオンが眉をひそめると、暗がりから「何か」が歩み出てきました。
ドスン。ドスン。
足音が重い。
現れたのは、身長2メートル近い巨漢でした。
筋骨隆々という言葉すら生温い。
岩石を削り出して作った彫像に、さらに鉄板を貼り付けたような、生物としての規格を超越した肉体。
着ている服は、最高級の貴族服のようですが、全身の筋肉がパンパンに膨れ上がっているため、縫い目が悲鳴を上げ、ボタンは弾け飛ぶ寸前(いくつかは既にない)です。
「……誰だ、貴様は」
レオンは呆気にとられて尋ねました。
屋敷の用心棒か?
それとも、北の山から降りてきた新種の魔獣か?
巨漢は、太い首をゆっくりと巡らせ、レオンを見下ろしました。
その瞳。
獲物を狩る猛禽類のように鋭く、それでいて深い知性を宿した瞳。
レオンは、その目に覚えがありました。
「よもや……」
巨漢が口を開きました。
腹の底から響く、重厚なバリトンボイス。
「久しぶりだな、レオン殿下。私の顔を忘れたか?」
「なっ……!?」
レオンは後ずさりし、腰を強打しました。
「ジ、ジークフリート……だと……!?」
嘘だ。
ありえない。
私が知っているジークフリート公爵は、青白い顔で車椅子に座り、風が吹けば折れそうな枯れ木のような男だったはずだ。
それがなんだ、この丸太の集合体は!
「ば、馬鹿な! 貴様、影武者か!? それとも幻覚魔法か!?」
「失敬な。正真正銘、本人だ」
ジークフリートは不快そうに、ぶっとい腕を組みました。
その動作だけで、上腕二頭筋がメロンのように盛り上がり、服の袖がビリッと音を立てます。
「以前の私は『仮の姿』だったのだよ。ルシナの愛によって、本来の姿を取り戻しただけだ」
「と、愛だと……?」
「そうだ。彼女は私の細胞一つ一つに語りかけ、眠っていた可能性を覚醒させたのだ」
ジークフリートは恍惚とした表情で、自分の大胸筋を撫でました。
完全に危ない人の目です。
「ひっ……!」
レオンは本能的な恐怖を感じました。
政治的な駆け引きとか、身分の上下とか、そういう次元の話ではありません。
「生物として勝てない」という、根源的な敗北感です。
その時。
ジークフリートの背後から、ひょっこりと銀髪の少女が顔を出しました。
「あら、レオン様ではありませんか。ごきげんよう」
ルシナです。
かつて王宮から追い出した元婚約者。
しかし、彼女の様子もまた、レオンの記憶とは異なっていました。
ドレスの上からでも分かる、背筋の良さ。
地面をしっかりと踏みしめる、体幹の強さ。
何より、その眼差しが――。
「……ふむ」
ルシナは、レオンの立ち姿をジロジロと観察し、残念そうに溜息をつきました。
「やはり。……悪化していますね」
「は、はあ? 何がだ!」
「腰です。骨盤が前傾しすぎて、腰椎に過度な負担がかかっています。私が推奨した『プランク』、一日たりともやっていませんね?」
図星でした。
レオンは顔を真っ赤にしました。
「う、うるさい! 余に指図するな! プランクなどという地味な運動、王族がやるわけがないだろう!」
「地味……?」
ルシナの目が、スッと細まりました。
瞬間、周囲の温度が下がった気がしました。
「体幹をおろそかにする者は、人生もおろそかにします。自分の体重すら支えられない人間に、国が支えられると思いますか?」
「なっ、貴様……!」
「見ていられません。ジーク様、あの貧弱な腰をどう思いますか?」
話を振られたジークフリートは、冷徹なトレーナーの目でレオンを一瞥しました。
「論外だな。あの姿勢では、スクワット1回で腰が砕けるだろう。……哀れなものだ」
哀れ。
次期国王である自分が、辺境の公爵と追放聖女に「哀れ」と言われた。
レオンのプライド(と血管)が、音を立てて切れました。
「お、おのれぇぇぇっ!! 言わせておけば好き勝手と!!」
レオンは抜剣し、叫びました。
「近衛騎士団! 構わん、やってしまえ! この不敬な筋肉ダルマどもを、王家の名の下に成敗してくれるわ!!」
30人の騎士たちが、一斉に武器を構えます。
多勢に無勢。
普通なら絶体絶命の状況。
しかし。
ジークフリートとルシナは、顔を見合わせてニヤリと笑いました。
「どうしますか、ジーク様。ウォーミングアップには丁度いい人数ですが」
「ああ。だが、手加減が難しいな。……殺さない程度に『撫でて』やるとしようか」
バキボキィッ!!
ジークフリートが首を鳴らし、ルシナが拳を握りしめました。
その背後に、巨大な鬼の幻影が見えた気がして、レオンは思わず悲鳴を上げそうになりました。
王都動乱編、いよいよ本格始動。
それは「戦闘」というよりは、「災害」に近い一方的な蹂躙となるのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに再会しました。 レオン王子、数ヶ月ぶりに会った元婚約者とライバルが、フィジカルモンスターに進化していた心境やいかに。
「王子、腰痛持ちなのか……(同情)」 「再会の第一声が姿勢チェックww」
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次回、近衛騎士団 vs 筋肉公爵&物理聖女。 「御前試合」という名の公開処刑が始まります。 剣は筋肉で止めるものです。
明日も更新します!




