第20話 看破(その魔法は、未来の健康を前借りする『闇金』です)
アイゼンラッド公爵邸の地下に新設された「第一トレーニングルーム」。
そこでは、王都から来た高貴な使者たちが、雑巾のように床に転がっていました。
「はぁ……はぁ……、もう、動けません……」
聖女アリアは、自慢のドレスを汗でぐっしょりと濡らし、美しい金髪もボサボサ。
査察官ドランに至っては、泡を吹いてピクピクと痙攣しています。
ルシナによる「強制スクワット100回」と「デッドリフト体験会」のフルコースを完走させられた結果です。
「お疲れ様です。アリアさん、意外とおしりの持久力がありますね。才能アリですよ」
ルシナが爽やかにプロテイン入りシェイカーを差し出しますが、アリアはそれを震える手で払いのけました。
「ふ、ふざけないで……! こんなの、野蛮人のすることですわ!」
アリアは涙目で睨みつけました。
まだ、彼女の心は折れていません。
「いいですか! 私が負けたのは、貴女が『暴力』に訴えたからです! 魔法の優劣では、私の『ホーリー・ヒール』の方が上ですわ! 痛くないし、傷跡も残らない……これこそが至高の奇跡!」
「……まだ、気づかないのですか?」
ルシナの声色が、急に低くなりました。
先ほどまでのトレーナーとしての明るい口調ではありません。
もっと冷たく、鋭い、解剖医のような響き。
ルシナはしゃがみ込み、アリアの腕を掴みました。
「な、何を……」
「触診です」
ルシナの指先が、アリアの二の腕、肩、そして背骨へと走ります。
それは、皮膚の上から筋肉の繊維一本一本の状態を読み取る、神業の如き指使い。
「……やはり。貴女自身の体も、ボロボロですね」
「は? 何を言って……私は健康そのもので……」
「いいえ。貴女の筋肉は『死んで』います」
ルシナは冷酷に告げました。
「貴女は、自分自身にも頻繁に治癒魔法をかけていますね? 肌荒れを治すため、疲れを取るため、あるいはコルセットで締め付けた腰の痛みを消すために」
「そ、それが何か? 聖女の特権ですわ!」
「それが毒なのです」
ルシナは立ち上がり、哀れむような目で見下ろしました。
「貴女の魔法は、痛みの原因を取り除いていません。神経を麻痺させ、細胞の代謝を魔法で無理やり加速させているだけ。それは、いわば生命力の前借りです」
アリアの顔色がサッと変わりました。
「貴女の筋肉は、魔法による強制的な再生を繰り返したせいで、ゴムのように弾力を失い、繊維が脆くなっています。今は若さで保っていますが……このまま魔法に頼り続ければ、あと三年で貴女は寝たきりになるでしょう。自分の体重すら支えられなくなってね」
「嘘……嘘よ! そんなこと……!」
「嘘ではありません。証拠に、貴女は最近、階段を登るだけで息切れがするでしょう? 朝起きても疲れが取れていないでしょう? それは、筋肉が焼き付き始めている警告音です」
図星だったのでしょう。
アリアは唇を震わせ、言葉を失いました。
安易な魔法への依存。
それは、肉体という資本を食いつぶす「闇金融」のようなもの。
ルシナは、そのリスクを「筋肉の張り」だけで完全に見抜いたのです。
「そ、そんな……。じゃあ、私はどうすれば……」
「簡単です」
ルシナはニカっと笑い、ダンベルを指差しました。
「魔法をやめて、貯筋をすることです! 失われた資産は、地道なトレーニングで買い戻すしかありません! さあ、手始めにランジを20回!」
「ひぃぃぃぃっ! もう嫌ぁぁぁっ!!」
アリアは泣き叫び、這うようにして部屋の出口へと逃げ出しました。
ドランも慌てて後を追います。
「お、覚えておれ! この屈辱、必ずレオン殿下に……!」
「お待ちください! 整理運動が終わっていませんよ! 乳酸が溜まりますよー!」
ルシナの親切な呼びかけも虚しく、王都からの使者たちは、蜘蛛の子を散らすように公爵邸から逃げ去っていきました。
◇
嵐が去った後。
ジークフリートは、腕を組んで感心したように頷きました。
「……見事だ、ルシナ。王都の聖女の欺瞞を、理論的に論破するとは」
「理論? いいえ、私はただ、筋肉の声を通訳しただけです」
ルシナはキョトンとして答えました。
彼女にとって、魔法の危険性など常識以前の話。
「楽をして得た力は脆い」。
それは、筋トレにおける絶対真理だからです。
「ですが、これで彼らも懲りたでしょう。しばらくは静かになるはずです」
「ああ。……だが、あの捨て台詞」
ジークフリートの表情が、少し曇りました。
「レオン王子……か。奴のプライドの高さは異常だ。自分の婚約者がコケにされたと知れば、黙ってはいないだろう」
「レオン様ですか。懐かしいですね」
ルシナは遠い目をして、かつての婚約者を思い出しました。
そして、心配そうに眉を下げます。
「あの方の腰痛、悪化していなければいいのですが……。プランク、ちゃんと続けているでしょうか」
どこまでも筋肉のことしか心配していない聖女に、ジークフリートは噴き出し、そして愛おしそうに彼女の肩を抱きました。
「君は、そのままでいてくれ。……どんな敵が来ようとも、私がその全てを物理で排除してみせるから」
公爵の二の腕が、頼もしく膨れ上がります。
二人は夕日を見つめながら、プロテインで乾杯しました。
これにて第2章「筋肉領地改革編」、完結。
次なる舞台は、ついに因縁の相手が待つ「直接対決」へと移ります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
これにて第2章が完結です。
便利な魔法へのアンチテーゼ。
「魔法はリボ払い」という真実に、アリアさんも戦慄したことでしょう。
やはり、最後に頼れるのは己の筋肉のみですね。
ここまで読んで、 「ルシナの診断が的確すぎて怖い」 「公爵様が完全にスパダリ(筋肉)」 「第3章も楽しみ!」
と思っていただけましたら、 【ブックマーク】登録と、 記事下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、第3章の執筆速度が限界突破します!
(皆様の★が、私のプロテインです……! 何卒よろしくお願いいたします!)
さて、次回は逃げ帰ったアリアの報告を聞き、ついに「あの男」が動き出します。
腰痛持ちの王子 vs マッチョ公爵。
明日も更新します!




