第2話 馬車より速い走り
王宮を追い出された私は、その日のうちに「追放用」の馬車に乗せられました。
行き先は北の最果て、アイゼンラッド公爵領。
護衛もつかない、御者と私だけの寂しい旅路です。
ガタゴトと揺れる馬車の中、私は深刻な悩みを抱えていました。
追放されたことへの悲しみではありません。
王都の美味しいスイーツが食べられなくなることへの未練でもありません。
(……揺れが少なすぎますわ)
そうなのです。
この馬車、老朽化しているせいでサスペンションが死んでおり、路面の衝撃をダイレクトに伝えてくるのですが、それが私の体幹にとっては「凪」のような平穏さにしか感じられないのです。
(これでは体幹トレーニングになりません。それに、この狭い空間で二週間も座りっぱなしだなんて……筋肉が萎縮してしまいます!)
恐怖で震えが止まらなくなってきました。
私の筋肉は、一日でもサボれば裏切る繊細な芸術品。
このままでは辺境に着く頃には、ただの「華奢な美少女」になってしまいます。
それだけは避けなければなりません。
私が馬車の床で空気椅子を始めようとした、その時でした。
ガタンッ!! バキィッ!!
凄まじい衝撃と共に、馬車が大きく傾きました。
どうやら車輪が轍に足を取られ、車軸が折れてしまったようです。
「ひ、ひいいっ! もう駄目だあ!」
御者台から、情けない悲鳴が聞こえました。
私は優雅に(空気椅子の姿勢を解いて)馬車を降りました。
外に出ると、御者の男性が頭を抱えて座り込んでいます。
「終わった……こんな何もない街道で車軸が折れるなんて……! 修理屋を呼ぶにも街まで三日はかかるぞ。俺たちはここで魔物に食われるんだ……!」
「落ち着いてくださいな」
私は彼に声をかけ、傾いた馬車を見やりました。
確かに、後輪の車軸がポッキリと折れ、車輪が外れています。
鉄の芯が入った重厚な車軸ですが、経年劣化でしょう。
「……ふむ」
私は少し考え、そして微笑みました。
これは、神が与えてくださった試練かもしれません。
「あの、御者さん。修理道具はありますか?」
「あ、あるにはあるが……馬車を持ち上げるジャッキがないんだ! これじゃあ車軸の交換なんて無理だ!」
「ジャッキなら、ここにありますわ」
「え?」
私はドレスの袖をまくり上げ、馬車の後部に歩み寄りました。
そして、バンパーの下に手を滑り込ませます。
深く息を吸い込み、腹圧を高める。
脊柱起立筋と大臀筋、そしてハムストリングスを連動させ――。
「んっ、ふンッ!!」
ズズズズズ……!
重苦しい音と共に、総重量数百キロはあるであろう馬車が、宙へと持ち上がりました。
「は……?」
御者さんの目が、これ以上ないほど見開かれています。
私は馬車を片手で支えたまま(サイドレイズの要領で)、空いた手で彼に手招きしました。
「さあ、今のうちに車軸の交換をお願いします。ちなみに、この姿勢は三角筋に良い刺激が入りますので、あと三十分くらいなら余裕でキープできますわ」
「ば、化け物ぉぉぉぉ!?」
「失礼な。ジャッキです」
御者さんは泡を吹いて気絶しかけましたが、私が「早くしないと、うっかり手を離して馬車を落としてしまうかもしれません(嘘です)」と脅すと、泣きながら修理をしてくれました。
◇
修理は三十分ほどで完了しました。
御者さんは魂が抜けたような顔で馬車に乗り込みましたが、私は地面に立ったままです。
「あの、聖女様? 乗らないんですか?」
「ええ。私、決めましたの」
私は街道の彼方、北の空を見据えて拳を握りしめました。
「馬車に乗っていると筋肉が鈍ります。ここからは『並走』することにします」
「へ?」
「ご安心ください。御者さんのペースに合わせますので。……さあ、行きましょうか!」
私は走り出しました。
馬車が動き出します。
最初は並んで走っていましたが、徐々に私のペース(有酸素運動として最適な心拍数を維持する速度)が上がってしまい、馬車を追い抜きそうになります。
「聖女様!? は、速いです! 馬が怯えてます!」
「あら、ごめんなさい! では、少し負荷をかけましょう」
私は道端にあった手頃な大きさの岩(漬物石の十倍くらい)を拾い上げ、それを背負って走ることにしました。
これならスピードも落ちますし、何より背筋へのアプローチが最高です。
「ひいいいっ! 岩を背負った美女が追いかけてくるぅぅぅ!」
御者さんは何かに怯えるように馬に鞭を入れ、必死で逃げ始めました。
私も負けじと追いかけます。
「待ってください、フォームが乱れていますよ!」
「来るなぁぁぁぁッ!!」
こうして、私たちは予定よりも大幅に早いペースで、北の辺境へと爆走することになったのです。
到着予定時刻を、五日ほど短縮する勢いで。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「聖女はジャッキだったのか(笑)」 「御者ももっと頑張れ」
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次回、「クマをワンパンする聖女」。 明日も更新します!




