第19話 聖女対決(あなたの魔法は、筋肉を甘やかしているだけです)
アイゼンラッド公爵邸、地獄の謁見の間。
そこには、プルプルと生まれたての子鹿のように足を震わせる、王都からの使者たちの姿がありました。
「ひぃ……ひぃ……もう、無理ですわ……!」
偽聖女アリアは、ドレスの裾を乱し、床にへたり込んでいました。
ルシナが課した「ウェルカム・スクワット100回」の、まだ15回目です。
隣では、査察官のドランが白目を剥いて気絶しています。
「あらあら。もう限界ですか? ふとももが泣いていますよ」
ルシナは涼しい顔で、アリアを見下ろしました。
その視線は、ゴミを見るようなものではなく、故障したマシンを見るような「修理が必要ですね」という慈愛の眼差し。
それが、アリアのプライドを逆なでしました。
「っ……! ふざけないで! 私は王太子の婚約者、次期聖女のアリアですのよ!」
アリアは叫び、よろよろと立ち上がりました。
「こんな野蛮な運動など、聖女の仕事ではありません! 聖女の本分は『癒やし』! 神聖なる光の魔法で、傷ついた人々を救うことですわ!」
「ほう?」
玉座でプロテインを飲んでいたジークフリートが、面白そうに眉を上げました。
「つまり貴様は、癒やしの力ならばルシナに勝てると?」
「当然です! あの女はただの筋肉ダルマ! 繊細な光魔法など使えるはずがありません!」
アリアは勝ち誇ったように宣言しました。
これぞ好機。
得意分野でルシナを打ち負かし、主導権を取り戻すのです。
「よろしい。ならば勝負といきましょう」
ジークフリートが指を鳴らすと、控えていた騎士たちが二人の負傷者を連れてきました。
昨日の訓練で負傷した、若手の兵士たちです。
一人は腕の骨折。
もう一人は重度の腰痛。
「ルールは単純。どちらがより『優れた状態』に治せるか、です」
◇
先攻はアリア。
彼女は腕を骨折している兵士の前に立ち、優雅に杖を構えました。
「ご覧なさい。これが本物の聖女の奇跡ですわ。『ホーリー・ヒール』!」
眩い光が溢れ、兵士の腕を包み込みます。
光が収まると、折れていたはずの腕は元通りになり、傷跡一つ残っていませんでした。
「お、おお……痛くない! 治った!」
「どうです! 一瞬で、痛みもなく完治させましたわ!」
アリアはドヤ顔でルシナを見ます。
確かに、魔法としての完成度は高いでしょう。
しかし、ルシナは残念そうに首を横に振りました。
「……駄目ですね。0点です」
「なっ!? 負け惜しみを!」
「兵士さん。その腕で、剣を振ってみてください」
言われて、兵士が剣を振ります。
しかし、剣筋は弱々しく、すぐに腕をだらりと下げてしまいました。
「あれ……? 力が入らない……」
「当然です」
ルシナは冷徹に解説しました。
「貴女の魔法は、ただ傷を塞ぎ、痛覚を麻痺させただけ。筋肉は萎縮したままで、神経の伝達も回復していません。それは『治癒』ではなく、ただの『修繕』です。筋肉へのリスペクトが足りません!」
「な、なんですってぇ!?」
「本物の治療というものを見せて差し上げましょう。こちらの腰痛の方、前へ」
後攻、ルシナ。
彼女の患者は、重度のギックリ腰で動けない兵士です。
ルシナは杖も持たず、素手で彼に歩み寄りました。
「い、一瞬で治るんですよね……?」
「ええ。一瞬です」
兵士が期待の眼差しを向けた、その時。
ドスッ!!
ルシナの手刀が、兵士の脇腹に深々と突き刺さりました。
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
会場に響き渡る絶叫。
アリアが「ひっ!」と悲鳴を上げます。
「暴れないでください。深層筋がズレています。骨盤ごと位置を戻しますね」
ボキィッ! ゴリゴリゴリッ!!
人体からしてはいけない音が連続して響きます。
ルシナは兵士の体を粘土細工のように捏ね回し、最後に背中をバンッ! と叩きました。
「はい、完了!」
兵士は白目を剥いて倒れ……かけましたが、次の瞬間、バネのように飛び起きました。
「……あ、あれ?」
彼は自分の腰をさすり、恐る恐る動かします。
痛くない。
それどころか――。
「軽い……! 背中に羽が生えたようだ! 力が、力が湧いてくるぞぉぉッ!!」
兵士はいきなりその場でバク転を決め、着地と同時に「ラット・スプレッド(背中を見せるポーズ)」を決めました。
シャツが弾け飛び、鍛え上げられた背中が輝きます。
「な、ななな……!?」
アリアは開いた口が塞がりません。
ルシナはニッコリと笑いました。
「私の治療は『破壊と再生』。固まった組織を一度物理的に剥がし、血流を一気に流し込むことで、細胞を活性化させるのです。結果、彼は以前より可動域が広がり、筋出力が120%に向上しました」
ルシナはアリアに一歩近づきます。
その背後に、鬼のオーラが見えました。
「アリアさん。貴女の魔法は、優しすぎるのです。痛みなくして成長なし。筋肉を甘やかすだけの魔法では、過酷な辺境では生き残れませんよ?」
「ひ、ひいいいっ!!」
アリアは腰を抜かして後ずさりました。
完敗です。
理論も、結果も、そして物理的な圧力でも、彼女はルシナに勝てませんでした。
「勝負あったな」
ジークフリートが冷ややかに告げます。
「敗者には罰ゲームが必要だろう。アリア嬢、君には特別メニューを追加しよう」
「い、嫌ぁぁぁ! 王都に帰してぇぇぇ!」
その日、公爵邸の地下ジムからは、深夜まで「あと10回!」という元気な掛け声と、かつての聖女の悲鳴が響き続けたのでした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
聖女対決、決着です。 光魔法 vs 整体(物理)。
治った後にバク転ができるなら、多少痛くてもルシナに頼みたいですね。
「魔法(物理)」 「アリアさんが不憫」
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次回、王都側がルシナの実力を認めざるを得ない展開へ。
「看破」。 明日も更新します!




