第18話 王都からの使者(その貧弱な体で、私の前に立つ気か?)
アイゼンラッド公爵領に、久方ぶりの「異物」が侵入しようとしていました。
王家の紋章を掲げた、豪奢な馬車。
王都サンクチュアリから派遣された、第一王子レオン直属の査察団です。
「……フン。なんて野蛮な土地だ」
馬車の窓から荒涼とした景色を眺め、査察官の男――キザな髭を蓄えた子爵、ドランは鼻を鳴らしました。
彼はレオン王子の腰巾着であり、今回の任務に意気揚々と志願したのです。
(任務は簡単だ。あの怪力女ルシナが、病弱なジークフリート公爵を虐げている『証拠』を掴むこと。そして公爵を保護し、ルシナを断罪して連れ帰る……!)
ドランは口元を歪めました。
成功すれば、王家からの覚えもめでたくなるでしょう。
彼は、隣に座る聖女アリア(レオンの現婚約者)に媚びた笑みを向けます。
「ご安心ください、アリア様。貴女のような本物の聖女の威光があれば、あの暴力女など一捻りです」
「ええ、頼りにしていますわドラン卿。……ああ、可哀想なジークフリート様。きっと骨と皮だけになって、牢獄に繋がれているに違いありませんわ」
アリアはハンカチで嘘泣きをしながら、その瞳の奥で嗜虐的な光をチラつかせました。
◇
公爵邸に到着した一行は、出迎えがないことに腹を立てながら、勝手知ったる様子で屋敷の扉を押し開けました。
「アイゼンラッド公爵! 王家からの使者であるぞ! 出迎えぬとは何事か!」
ドランが大声で叫びながら、エントランスホールに踏み込みます。
しかし、そこには予想していた「荒廃した屋敷」も「怯える使用人」もいませんでした。
代わりにいたのは――。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
ビシッ! と整列した、メイドと執事の軍団。
その全員が、パツパツに張り詰めた制服の上からでも分かるほど、分厚い筋肉を纏っていました。
特に最前列にいるメイド長ヒルダの眼鏡の奥の眼光は、歴戦の傭兵のように鋭く光っています。
「ひっ……!?」
ドランは思わず後ずさりしました。
な、なんだこの威圧感は。
ただ立っているだけなのに、全員が「いつでもお前を絞め落とせる」というオーラを放っている。
「し、使用人への教育もなっていないようだな……! 公爵はどこだ! 謁見の間か!?」
「はい。旦那様とルシナ様は、そちらでお待ちです」
ヒルダが恭しく(しかし大腿四頭筋を誇示するようなスクワット姿勢で)案内します。
ドランとアリア、そして護衛の近衛騎士たちは、冷や汗を流しながら奥へと進みました。
そして、謁見の間の重厚な扉が開かれます。
「入れ」
地響きのような低い声。
ドランたちは顔を上げ――そして、絶句しました。
玉座に座っていたのは、彼らの記憶にある「死神公爵」ではありませんでした。
身長は軽く2メートル近くあろうかという巨躯。
丸太のような腕、岩盤のような胸板。
特注の公爵服(ストレッチ素材)は、筋肉の鎧を隠しきれず、動くたびに危険な音を立てて軋んでいます。
「き……貴様、誰だ!?」
ドランは叫びました。
本気で分からなかったのです。
「公爵をどこへやった! まさか貴様、ルシナが雇った用心棒のオーガか!?」
「失礼な。正真正銘、ジークフリート・アイゼンラッドだ」
巨漢――ジークフリートは、不愉快そうに眉をひそめました。
その眉間のシワだけで、ドランの膝がガクガクと震えます。
「な、馬鹿な……。ジークフリート公爵は、立つこともままならない虚弱体質のはず……!」
「過去の話だ。ルシナの献身的な『指導』により、私は生まれ変わった」
ジークフリートは、傍らに控えるルシナに愛おしげな視線を送りました。
ルシナは「えっへん」と胸を張ります。
「お久しぶりです、アリアさん。相変わらず……ヒラメ筋が貧弱ですね」
「なっ、なんですって!?」
ルシナの第一声に、アリアが顔を真っ赤にして噛みつきます。
「わ、私は王太子の婚約者ですのよ! 筋肉の話などやめてくださいまし! それよりドラン卿、早くあの方を捕らえて!」
ドランはハッと我に返り、震える指でルシナを指差しました。
「そ、そうだ! ルシナ・ヴァレリウス! 貴様に『公爵虐待』の容疑がかかっている! 屋敷から聞こえる悲鳴、そして公爵の身体に刻まれた暴行の痕跡……申し開きはあるか!」
「虐待?」
ルシナは小首をかしげました。
「心外ですね。私はただ、ジーク様の筋肉を愛し、育てているだけです。悲鳴は『効いている』証拠ですし、身体の痕跡は、ハードなトレーニングの勲章ですわ」
「それを虐待と言うのだァッ!!」
ドランの合図で、近衛騎士たちが剣を抜きました。
5人の精鋭騎士。
彼らは王都でも指折りの実力者たちです。
「抵抗するなら斬り捨てる! かかれ!」
騎士たちが一斉にルシナへ殺到します。
しかし、ルシナは身動き一つしません。
代わりに動いたのは――玉座の主でした。
ドォンッ!!
床を蹴る爆音と共に、ジークフリートの巨体がルシナの前に立ちはだかりました。
速い。
あの質量で、目にも止まらぬ速さです。
「私のトレーナーに、指一本触れさせると思うか?」
ジークフリートは、突き出された騎士の剣を、あろうことか大胸筋で受け止めました。
バイィィィンッ!!
金属音ではなく、分厚いゴムが弾くような音が響きます。
剣は皮膚を切り裂くどころか、鍛え抜かれた筋肉の弾力に弾き返され、騎士の手からすっぽ抜けました。
「な……ッ!?」
「なんだその貧弱な突きは。上腕三頭筋の押し込みが足りんぞ」
ジークフリートは冷徹にダメ出しをすると、残りの騎士たちを睨みつけました。
そして、ゆっくりと「ラット・スプレッド(背中を広げるポーズ)」を取りながら威嚇します。
ブワァッ!!
背中から発せられる闘気が、物理的な風圧となって騎士たちを襲います。
「ひ、ひいいいっ! ば、化け物だァァッ!」
「剣が通じない! 逃げろォォ!」
王都の精鋭たちは、戦う前に心を折られ、武器を捨てて逃げ出しました。
残されたのは、腰を抜かしたドランとアリアだけ。
「さあ、査察官殿」
ジークフリートとルシナが、満面の笑みで二人に歩み寄ります。
その影が、二人をすっぽりと覆い尽くしました。
「せっかく遠路はるばるいらしたのです。我が領自慢の『おもてなし』を体験していきませんか?」
「まずはウェルカム・スクワット100回からですわ♡」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!!」
謁見の間に、王都からの使者たちの絶叫が響き渡りました。
彼らが王都に逃げ帰り、「北には魔王がいる」と報告するのは、数日後のことになります。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
王都からの使者、完封(物理)です。
剣を大胸筋で弾くのは、マッチョなら誰でも一度は憧れるシチュエーションですね。
ジーク様もすっかり「こちらの世界」の住人になってしまいました。
「使者が可哀想(自業自得)」 「大胸筋は最強の盾」
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次回、逃げ帰ったアリアとの直接対決!? 「聖女対決(物理)」。
本物の癒やしとは何かを、ルシナが拳で教えます。
明日も更新します! お楽しみに!




