第17話 勘違いの告白(契約期間は「死ぬまで」です)
床板を破壊した伝説のワルツから、数十分後。
夜会の熱気から逃れるように、ジークフリートとルシナは、人気のないバルコニーに出ていました。
冷たく澄んだ夜風が、火照った二人の体を優しく撫でます。
月明かりの下、ジークフリートは真剣な眼差しでルシナを見つめました。
「……ルシナ」
「はい、ジーク様。プロテインならまだ隠し持っていますよ?」
「いや、そうじゃない」
ジークフリートは苦笑し、手すりに手をつきました。
ミシッ、と石の手すりが悲鳴を上げましたが、今の彼には微調整がまだ難しいようです。
「今夜、確信したんだ。私はもう、君なしでは生きられないと」
彼の言葉は、重く、熱を帯びていました。
かつて死を待つだけだった自分に、生きる力と、立ち上がる足と、そして破壊的なまでの自信を与えてくれた少女。
彼女への感情に、もはや名前をつける必要すら感じませんでしたが、あえて言葉にするなら――それは「崇拝」に近い「愛」でした。
「君のおかげで、私は生まれ変わった。だが、この体は……この心は、君がいなければ維持できない」
ジークフリートは一歩、ルシナに近づきました。
「もし君がいなくなれば、私はまた弱く、脆い存在に戻ってしまうだろう。……それが怖い」
それは、彼なりの弱さの吐露であり、愛の告白でした。
「君が必要だ」という、魂の叫びです。
一方。
その言葉を受けたルシナの脳内では、超高速の筋肉演算が行われていました。
(……なるほど。ジーク様は『筋分解』を恐れているのですね!)
ルシナは深く頷きました。
無理もありません。
急激に作り上げた筋肉は、維持管理が大変です。
トレーニングをサボり、食事管理を怠れば、体はすぐに元の省エネモードに戻ろうとします。
ホメオスタシスという名の悪魔です。
(専属トレーナーである私が離れれば、彼は甘えが出てトレーニングをサボるかもしれない……。そうなれば、あの美しい大胸筋もしぼんでしまう。それは人類の損失!)
ルシナの使命感に火がつきました。
彼女はジークフリートの目を真っ直ぐに見返します。
「ご安心ください、ジーク様。私はどこにも行きません」
「ルシナ……!」
「貴方の体は、まだ完成していません。今の大きさは素晴らしいですが、キレが甘い。これからさらに彫刻のように仕上げていく必要があります」
ルシナは熱弁します。
ジークフリートには「二人の関係を深めていこう」という愛の言葉に聞こえています。
「だから……契約を更新しましょう」
ジークフリートは、ルシナの手を取り、その指先に口づけを落としました。
貴族の最上級の求愛行動です。
「ルシナ・ヴァレリウス。私の生涯のパートナーとして……ずっと、私の傍にいてほしい。君の全てを、私に預けてくれないか?」
それは、実質的なプロポーズでした。
「妻になってくれ」という言葉こそありませんが、貴族社会においてこれ以上の誓いはありません。
ルシナは頬を染めました。
そして、力強く答えました。
「はい! 喜んで!!」
(やった! 『終身雇用契約』キターーーッ!!)
ルシナは内心でガッツポーズをしました。
生涯のパートナー。
つまり、死ぬまで衣食住とジム使い放題が保証されたということです。
しかも、「君の全てを預けてくれ」ということは、トレーニングメニューの考案から食事管理まで、全権を委任されたということでしょう。
トレーナー冥利に尽きます。
「契約成立ですね、オーナー!」
「……ああ。愛しているよ、ルシナ」
「私もです! 貴方の大殿筋と広背筋を、誰よりも愛しています!」
ジークフリートは、感極まってルシナを抱き寄せました。
ガシィッ!!
「抱擁」というよりは「組み技」に近い衝撃音。
互いの筋肉が緩衝材となり、骨が守られます。
「(ああ……なんて硬く、頼もしい体なんだ。彼女となら、どんな困難も物理的に粉砕できる)」
「(んんっ! 素晴らしい締め付け! これは前鋸筋が発達していないと出せない圧力です!)」
月明かりの下、二人は強く抱き合いました。
心はすれ違ったまま。
けれど、筋肉と筋肉は、確かに理解し合っていたのです。
バルコニーの陰で、その様子を盗み見ていたメイドや執事たちが、「ついに!」「春が来たわ!」「赤飯を炊けぇぇっ!」と泣き崩れていることなど知らずに。
こうして、二人の間には「鋼鉄の絆(物理)」が結ばれました。
それは、後に王都をも巻き込む大騒動の中心となる、最強夫婦の誕生の瞬間でもありました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
これにて、名実ともに(?)二人はパートナーとなりました。
公爵様:愛の告白 ルシナ:終身雇用契約(福利厚生MAX)
……まあ、結果オーライです。幸せならOKです。
「会話のドッジボールが凄い」 「筋肉で通じ合ってるからヨシ!」
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さて、次回からは第3章「王都動乱編」へ突入します。 幸せな二人の元へ、空気を読まない「あの男(元婚約者)」からの使者が……?
明日も更新します!




