第16話 ダンス・オブ・デス(床板の悲鳴は恋の歌)
静まり返った舞踏会の会場に、優雅なワルツの旋律が流れ始めました。
中央に進み出たのは、アイゼンラッド公爵ジークフリートと、そのパートナーである聖女ルシナ。
衆人環視の中、ジークフリートはルシナの腰に手を回し、ルシナは彼の肩に手を置きました。
一見、絵画のように美しい光景。
しかし、二人の間で交わされていた会話は、ロマンスとは程遠いものでした。
「ルシナ。私のリードについてこられるか?」
「愚問です、ジーク様。ダンスにおいて重要なのは、体幹の安定と下半身のバネ。今の私なら、心拍数180までなら余裕でキープできます」
ルシナの瞳が、狩人のように鋭く光ります。
彼女にとって、これはダンスではありません。
不規則な動きでインナーマッスルを刺激する、高強度の『アジリティ・トレーニング』です。
「……ふ。頼もしいな。では、行こうか!」
ジークフリートが踏み込んだ、その瞬間。
ドォォォンッ!!
重低音が響き、会場が揺れました。
地震ではありません。
ジークフリートの第一歩が、床板を踏み抜く寸前の威力で叩きつけられた音です。
「「せあっ!!」」
二人は弾丸のように動き出しました。
ギュンッ! ヒュンッ!
風切り音が鳴り響きます。
通常のワルツが「優雅な川の流れ」だとするなら、彼らのダンスは「鉄砲水」でした。
「ワン、ツー、スリー! ワン、ツー、スリー!」
ルシナの掛け声に合わせて、二人は高速で回転を繰り返します。
その速度は、周囲の景色が線に見えるほど。
遠心力でルシナのドレスの裾が水平に広がり、凶器のような風圧を撒き散らします。
「ひ、ひいいっ! 風が! カツラが飛ぶ!」
「下がれ! 巻き込まれたらミンチにされるぞ!」
最前列にいた貴族たちが、悲鳴を上げて避難を始めました。
しかし、二人の耳には届きません。
「いいです! いいですよジーク様! 内ももが効いています!」
「おおおっ! 君の重さを感じない! 今の私なら、空さえ飛べる気がする!」
ジークフリートは恍惚としていました。
かつては歩くことさえままならなかった自分が、今は聖女を振り回して踊っている。
ルシナの鋼のような筋肉が、自分の動きに完璧に追従し、さらに強い力で押し返してくる。
この「筋肉の対話」こそが、彼にとっての愛の語らいでした。
ミシッ……バキキキッ!!
足元から不穏な音が聞こえますが、二人は止まりません。
むしろ、加速します。
「さあ、サビです! 持ち上げ行きますよ!」
「応!」
ジークフリートはルシナの腰を掴み、天井へ向かって放り投げました。
普通のダンスなら、優しく持ち上げる場面です。
しかし、今の彼の握力と背筋力は、オークをも絞め殺すレベル。
ドシュッ!!
ルシナの体は、砲弾のように垂直に射出されました。
シャンデリアの飾りガラスが、衝撃波でチリンと揺れます。
「素晴らしい出力です!」
空中でルシナは姿勢制御を行い、重力に従って落下を開始。
彼女を受け止めるべく、ジークフリートが腕を広げて待ち構えます。
落下速度 × 筋肉密度 = 破壊力。
物理の法則に従い、ルシナという質量の塊が、ジークフリートの腕の中へダイブします。
「受け止めろぉぉぉぉッ!!」
「来いぃぃぃぃぃぃッ!!」
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
着地の瞬間、爆音が轟きました。
衝撃が床を伝い、ワイングラスが割れ、貴婦人が失神します。
土煙が晴れた後。
そこには、直径2メートルほどのクレーターの中心で、美しいポーズを決める二人の姿がありました。
ジークフリートは片膝をつき、ルシナをしっかりとお姫様抱っこしています。
床板は完全に砕け散り、地面の土が見えていました。
「……はぁ、はぁ。ナイス、キャッチです」
「……ふぅ。君こそ、ナイス、バルクだ」
二人は汗だくで見つめ合い、ニカっと笑いました。
会場はシーンと静まり返っています。
誰も言葉を発せません。
あまりの破壊力と、常識外れの身体能力に、拍手することすら忘れていたのです。
その沈黙を破ったのは、ルシナの背中でした。
露出した背中の筋肉が、興奮冷めやらぬままピクピクと痙攣し、まるで「もっと寄越せ」と笑っているように見えたのです。
「ヒッ……!」
「あ、悪魔の舞踏会だ……」
誰かが呟きました。
しかし、ジークフリートは立ち上がり、高らかに宣言しました。
「見たか! これがアイゼンラッド流のダンス! そして、我が愛しの聖女の力だ!」
彼は誇らしげでした。
床を破壊するほどのパートナーなど、世界中どこを探しても彼女しかいないと確信したからです。
パチ……パチパチ……。
誰からともなく、乾いた拍手が起こり、やがてそれは万雷の拍手へと変わりました。
半分は恐怖、半分は「よく分からないけど凄いものを見た」という興奮からでした。
「大成功ですね、ジーク様!」
「ああ。だが、ルシナ……一つだけ問題がある」
ジークフリートは、粉々になった床を見下ろして苦笑しました。
「修理費が、また嵩みそうだ」
こうして、公爵家の夜会は「伝説のダンス」として歴史に刻まれました。
翌日から、領内のダンス教室では「床を踏み抜くためのスクワット」が必修科目になったとか、ならなかったとか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
これが物理特化聖女のダンスです。 優雅さとは……? と思いますが、床を割るほどのインパクトがあれば社交界デビューとしては大成功でしょう。 筋肉と筋肉のぶつかり合い、それすなわち愛(?)。
「ダンス(格闘技)」 「シャンデリアが危ないww」
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次回、公爵様の勘違いが極まります。 「プロポーズ(のようなもの)」。 明日も更新します!




