第10話 噂の真相(悲鳴のち、マッチョ)
その頃、王都サンクチュアリでは、ある「黒い噂」がまことしやかに囁かれていました。
「おい、聞いたか? あの追放された聖女の話」
「ああ。辺境の公爵邸から、毎晩のように男の悲鳴が聞こえるらしいな……」
噂の出処は、王宮。
第一王子レオンと、その婚約者となった聖女アリアが、面白おかしく広めたものでした。
『怪力女ルシナが、憂さ晴らしに病弱な公爵を虐待している』
『骨を砕く音と、許しを乞う公爵の声が響き渡っている』
人々はその残虐さに身震いし、「やはり追放されて正解だったのだ」と納得していました。
レオン王子もまた、自らの正当性が証明されたと鼻高々でした。
「ふん、哀れなアイゼンラッド公爵。ルシナの暴力に晒され、今頃は息絶えているかもしれんな」
――しかし。
現実は、彼らの想像を(筋肉的な意味で)遥かに超えていました。
◇
一方、北の辺境、アイゼンラッド公爵領。
城下町は、別の意味でざわついていました。
「おい、見たか!? 今朝の公爵様を!」
「見たとも! 我が目を疑ったわ!」
町の広場に集まった領民たちは、興奮冷めやらぬ様子で語り合っています。
彼らの視線の先、領主の館のバルコニーには、信じがたい光景がありました。
そこには、長年「死神」と呼ばれ、車椅子でしか移動できなかったはずのジークフリート公爵が――仁王立ちしていたのです。
それだけではありません。
青白かった肌は健康的な小麦色に焼け、猫背だった背筋は剣のように真っ直ぐ伸びています。
何より、服の上からでも分かるほど、胸板が厚くなっているのです。
「お、おい……公爵様、あんなに逞しかったか?」
「いや、先月見たときは、風が吹けば飛びそうなほど細かったはずだぞ……」
領民たちが困惑する中、公爵の隣に銀髪の少女が現れました。
聖女ルシナです。
彼女は公爵に何かを囁き、公爵はそれに深く頷くと、バルコニーの手すりに手をかけました。
そして。
「領民たちよ!!」
ビリビリビリッ!
空気が震えるほどの声。
以前の彼からは想像もできない、力強いバリトンボイスが広場に響き渡りました。
「心配をかけたな! 私はこの通り、復活した!! 全ては、ここにいる聖女ルシナの献身的な『治療』のおかげだ!!」
おおおおおっ! と歓声が上がります。
ジークフリートは続けます。
「彼女は私の身体を破壊し、再構築してくれた! 毎晩の激痛は、生まれ変わるための産声だったのだ!!」
領民たちは顔を見合わせました。
館から聞こえる悲鳴の正体は、虐待ではなく、荒療治による治療だったのか。
なんという奇跡。
なんという神の御業。
「聖女様……! 万歳!」
「ルシナ様万歳! 公爵様万歳!」
熱狂的なコールが巻き起こります。
しかし、その中心にいるルシナだけは、少し不満げな顔でジークフリートの二の腕をつついていました。
「ジーク様、声出しはいいですが、腹圧が抜けていますよ。もっと丹田に力を入れて」
「む、こうか?」
「そうです! その姿勢で挨拶を続行してください。体幹トレーニングになりますから!」
領民たちの目には「寄り添う仲睦まじい二人」に見えていますが、実際に行われているのは公開トレーニング指導です。
「……ふう。これで満足か、ルシナ」
「はい、素晴らしい演説でした!」
バルコニーから戻ったジークフリートは、額の汗を拭いました。
その顔は晴れやかです。
「これで、君への変な噂も消えるだろう。……ありがとう、ルシナ。君は私の誇りだ」
ジークフリートが、熱い視線を送ります。
もはや隠そうともしない溺愛の眼差し。
ですが、ルシナの関心は別のところにありました。
「どういたしまして。それよりジーク様、朗報です」
「ん? なんだ?」
「領民たちが、私の治療に興味を持ち始めているようです。『俺の腰痛も治してくれ』という声が聞こえました」
ルシナは目をキラキラさせ、窓の外を指差しました。
「この領地には、魔獣と戦う冒険者や、力仕事をする職人がたくさんいます。彼らは皆、筋肉の悩みを抱えているはず……。つまり!」
「つまり?」
「『公営ジム』を作りましょう! 領民全員マッチョ化計画の始動ですわ!」
ジークフリートは一瞬呆気にとられましたが、すぐに優しく微笑みました。
「……ふ。君らしいな。いいだろう、予算は私が何とかする。君の夢を、共に叶えよう」
こうして、王都では「虐待の悪魔」と呼ばれているルシナは、辺境において「筋肉の女神」として崇められ始めたのでした。
二人の噂が王都の耳に入り、レオン王子が腰を抜かすまで――あと少し。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第10話、これにて第1章(導入編)完結です! 虐待疑惑も晴れ、公爵様も完全復活。そして始まる「領民全員マッチョ化計画」。 この領地、攻め込まれたら物理で撃退しそうですね。
ここまで読んで、 「公爵様の演説が脳筋すぎる」 「王子の反応が楽しみ!」
と思っていただけましたら、 【ブックマーク】と 記事下の【☆☆☆☆☆】で評価をいただけると、第2章への執筆スピードが加速します!
(★5ついただけると、ルシナと一緒に小躍りして喜びます……!)
次回から「筋肉領地改革編」へ突入! 素手で畑を耕したり、魔獣シチューを作ったりします。
明日も更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!




