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第54話 堕ちた神殿

 王都の中心――聖堂跡地は嘗て神の家と謳われ、信仰の中心だった。

 その場所は今、や灰と煙の残滓に包まれていた。

 焦げた石材の匂いが風に混ざり、崩れ落ちたステンドグラスが光を受けて砕けた宝石のように散らばっている。

 以前、セラフィーナが何度も祈りを捧げた祭壇も、今は黒く煤け、跡形もない。

 その焼け跡の中央に、一人の男がいた――教会長ベネディクトゥス。

 王都教会の最高位にして、セラフィーナを『穢れたの聖女』と糾弾し、追放を許した男の一人

 今となっては白装束は煤と灰にまみれ、威厳など影もない。

 その彼が、静かに膝をつき――セラフィーナの目の前で、深々と頭を下げた。


「……どうか……」


 嗄れた声で、彼は呟いた。


「……戻ってきてほしいのです。教会の未来のために……信徒たちの……いや、我々全ての贖罪のために……」


 その姿に、周囲の兵や神官たちは息を呑んだ。


 誰よりも誇り高く、誰よりも『神の代理人』として君臨してきた男が、今はただ、ひとりの若き女性の足元にひれ伏している。

 だが――セラフィーナは、動じなかった。

 嫌そうな顔で一言。


「嫌」


 小さくそのように一言行った後、静かに、その顔を見下ろした。

 そして、静かに笑う。

 涼やかで、どこか優しい笑みだった。


「……お断りします」


 最初の言葉は聞こえなかったのか顔を上げなかったのでもう一度言うとその一言に、ベネディクトゥスがはっと顔を上げる。

 目には必死の色が滲んでいた。


「セラフィーナ様……っ!私は……確かにあなたを見誤った。だが、それでも……いま一度あなたの力が必要なのです。人々はまだ、救いを求めています……だからこそ、あなたが、もう一度……!」

「今更だ……ですよ」


 セラフィーナは、首を横に振った。

 その瞳には怒りも憎しみもなかった。

 ただ――確固たる意志が宿っていた。


「……それに私はまだ怒っているんです。あなたに、ではなく――」


 セラフィーナは、聖堂の焼け跡を見渡した。


「この場所が真実よりも体裁を選び、信仰を権威の道具に変えてしまった事に……そして、私が信じていた『祈り』が、あなたたちによって捻じ曲げられたことに……それを、『なかった事』にはできません」


 ベネディクトゥスは、ただ俯いたまま、何も言えなかった。

 その沈黙に、セラフィーナは静かに続ける。


「……私は、もう『聖女』じゃありません。祈りを捧げるだけの存在では、いられない……でも……だからこそ、今の私には、信じられるものがあるんです」


 風が、彼女の髪をなびかせた。

 その後ろには、フェルグレイ軍の兵たち。

 そして、王都の民たちの姿があった。

 かつて彼女を追い、裏切った民たち。

 だがその目には、今や尊敬と感謝の光が宿っている。

 セラフィーナは、微笑んで言った。


「私は、自分の居場所を見つけました。信じてくれる人たちと、手を取り合って、生きていく道を――それを、手放したくないんです」


 その言葉は、焼け焦げた聖堂よりも、遥かに美しく響いた。

 ベネディクトゥスは肩を震わせながら、ついに頭を地につけるように伏せた。


「……申し訳……ございません……」


 だが、セラフィーナはもう彼に赦しを与えようとはしなかった。

 もう、彼女はこの国には戻らないだろう。

 既に彼女は『聖女』ではないのだから。


   ◆


 広場を離れ、セラフィーナが歩いていると、ライグが静かに隣に並んだ。


「……いいのか、あれで」


 問いかけに、セラは微笑んだ。


「ええ。あの人たちはこれから自分で答えを探せばいいんです。信仰って……そういうものだと思うから」


 ライグはしばらく沈黙した後、小さく呟いた。


「……強くなったな。お前は」

「いいえ、やっと怒れるようになっただけだ」


 セラは、空を見上げた。

 そこには、煤煙の向こうに淡く夕陽が差していた。


「誰かを赦す前に、自分の痛みに向き合うこと……それが、『強さ』だと、やっとわかったから」


 それは、嘗て「穢れた聖女」として追放された彼女が、ようやく掴んだ本当の意味での救いだったのかもしれない。

 風が吹き抜ける広場の片隅に、ふと、誰かが駆け寄る足音が響いた。


「……っ、姉さまっ!!」


 その声に、セラフィーナは小さく目を見開いた。

 振り返ると、そこには薄汚れた修道服に、泥まみれのブーツ。

 髪は乱れ、肩は震え顔には涙の痕。

 かつて、聖堂で彼女の後ろをちょこちょことついて回っていたあの少女――クラリッサがいた。


「クラ……リッサ……?」


 その名を呼ぶと、次の瞬間。


「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!!」


 クラリッサは、膝から崩れ落ちるようにしてセラフィーナにしがみついた。

 嗚咽と共に、その小さな体は震え続けている。


「わたし……あの時、怖くて……っ、姉さまが『穢れた聖女』だって言われて、違うってわかっていたのに、なのに、あの時目を逸らして……姉さまを……見捨ててしまった!」


 その言葉に、セラフィーナは何も言わず、ただクラリッサを抱き締めた。

 涙と泥で汚れた顔を、そっと手で拭いながら穏やかに微笑む。


「大丈夫だクラリッサ……ありがとう、こうして来てくれて」

「で、でも……!わたし、あの時、姉さまが困ってるのに助けられなかったし、何も出来なかったっ!戦場で戦って私たちを助けていたのは姉さまなのにっ!!」

「ああ、だからもう言って大丈夫だ。今ここで、泣いていいし、謝ってもいいし……何より、許されてもいいんだ……もう、終わったことだから」

「ごめんなさい!ほんとうに、ほんとに……うわあぁぁあああああんっ!!」


 その言葉に、クラリッサはさらに声を上げて泣いた。

 まるで、失われた時間を取り戻すように。

 癒されることを許された魂がようやく震えを止めたかのように。


 ライグは少し離れた場所でその光景を見つめ、何も言わずに静かに頷いた。

 そこには、神の奇跡でも王の権威でも届かない――『人の心』そのものがあった。


 セラフィーナは、再び空を見上げる。

 雲の隙間から差し込む光が、まるで二人を包むように降り注いでいた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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