第52話 森より現れし銀狼、リル
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翌日、戦場に静寂が落ちた。
長い戦闘の末、フェルグレイ軍と王都、レガリア軍によって、魔獣の群れはほぼ壊滅状態となった。
斃された獣の亡骸が地を染め、焼けた草の匂いが風に混ざって漂う。
誰もが息を吐き、武器を下ろしかけていた――その時だった。
森が、唸る。
ごぉぉ……と、地鳴りのような音。
森の奥から、揺れる木々の影とともに、何かが現れた。
「……っ、あれは……」
兵の一人が、声を失いながら指をさす。
木々をなぎ倒すようにして現れたのは、一頭の巨大な『銀狼』。
――いや、ただの魔獣ではない。
その全身を覆う銀の毛並みは、まるで月光をそのまままとったかのよう。
瞳は蒼く、深く、どこまでも静かであらゆる者の動きを止める威厳を放っていた。
《フェンリル》――伝説の魔獣にして『森の王』。
その存在を知る者は、皆、伝承の中にしか語られぬ神話上の存在だと思っていた。
だが今、確かにそこに立っていた。
群れを失った魔獣たちは本能的にフェンリルの周囲に集まり、やがて静かに座り込む。
まるで主の許しを乞うかのように。
兵士たちは恐怖と畏怖に凍りつき、一歩も動けなかった。
だが――その中で、ただ一人。
セラフィーナだけが、歩みを止めなかった。
静かに歩を進め、蒼い瞳の奥へと視線を合わせる。
そして、そっと名前を呼んだ。
「……フェンリル」
その名を口にした瞬間、空気が張り詰める。
巨大な銀狼は、ゆっくりと首を傾け、その蒼き瞳でセラを見つめた。
「久しいなセラフィーナ……我が友よ」
その声は確かに言葉だった。
空気を震わせずまるで心の奥底に直接響いてくるような、深く、どこか寂しげな声音。
セラフィーナは、目を見開きながらも――そっと微笑む。
「やっぱり……あなた、だったんだな」
フェンリルは静かに数歩、前へと進み出る。
その足取りは威風に満ち、だが、セラフィーナを見下ろす目はどこまでも優しかった。
「お前が、追放されたと聞いた時……我が内の怒りは、止められなかった。人間の愚かさに、信仰の欺瞞に、そして――我が友を否定する世界そのモノに」
その言葉に、周囲の兵たちは思わず身を引きかけたが、フェンリルの瞳に射抜かれるようにして、誰一人として声を上げることはできなかった。
だが、セラフィーナだけは違う。
彼女は静かに、まっすぐにその巨体を見上げ、口を開いた。
「ありがとう、フェンリル……私の為に怒ってくれたんだろう?でも、大丈夫。今の私はすごく幸せなんだ」
「……しあわせ、なのか?
「ああ……護ってくれる人がいる。信じてくれる人が、隣にいてくれる。だから、私は怒っていないし、空しさも感じていない……今、すごく幸せに満ちているんだ」
フェンリルはその言葉を静かに受け止めると、しばしの間、空を見上げる。
そして、風が吹き抜け、木々の葉がさざめく。
ふと、彼女の身体が光に包まれる。
銀の毛並みが淡い輝きに溶けていき、その輪郭が変わっていく。
蒼白い光の中から一人の少女の姿が現れた。
銀の髪に、狼の耳。
冷たいようでどこか柔らかな瞳を持つその少女は、
まるでセラフィーナと同じ時代を生きたような、懐かしさをまとっているかのように。
「……あなた……」
思わずつぶやくセラに、少女はふっと微笑む。
「リルと呼んでくれ。それが嘗てお前に名乗った名だからな」
セラフィーナの瞳が揺れる。
幼き日、森で出会ったあの少女。
孤独だった自分にそっと寄り添い、笑い、共に遊んでくれた――銀狼の少女。
「お前が許すのであれば、我はもう何もしない。お前の選んだ未来を私も信じよう」
そして静かに、笑みを零す。
「……我が友よ。これからも、お前が望む道を歩め。私は遠くから、また時折――見に来てやる」
セラフィーナの頬が、やわらかくほころぶ。
「……リル、今度は私が暮らしている場所に遊びに来てほしい。昔みたいにお菓子を広げて一緒に小さなお茶会をしよう」
「それはいいな……いずれ、会いに行く」
その言葉と共に、リルの姿は再び銀の光となり、風と共に森の奥へと消えていった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように――
▽
長い沈黙の後、誰かが呟いた。
「……あの魔獣は、彼女に……語りかけていた?」
「いや、それだけじゃない……あれは……『神』のようだった」
「まさか、本当に……」
兵たちの視線が、セラフィーナに向けられる。
だがその視線に、彼女は何も言わなかった。
言葉よりも、背中で示したものが全てだったからだ。
そのとき、ライグがゆっくりと彼女の傍に歩み寄ってくる。
傷一つない彼女の姿に、どこか安堵したように微笑む。
「……戦場のど真ん中で伝説と世間話か。お前というやつは……」
彼の声には、皮肉めいた調子が混ざっていたが、それでもどこか優しさが滲んでいた。
セラフィーナは彼の方を向き、少しだけ困ったように笑う。
「友達だから、ですよライグ」
「そうか。なら――その友に感謝しないとな。お前が怒らずに済むよう怒ってくれたのだから」
「……うん」
二人の間に、柔らかな風が吹く。
森が落ち着きを取り戻し、魔獣の姿もない。
小鳥の声が、セラフィーナの耳に届くのだった。
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