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第51話 癒し手、剣を取る

 夕闇が迫る中、森の端にまで迫った魔獣の群れが、ついに最初の砦を突破した。

 地響きのような足音が地面の底から響いてくる。

 咆哮、悲鳴、そして剣戟――王都軍とフェルグレイ軍が肩を並べる異様な戦場。

 互いの胸当ての紋章は異なれど、敵は同じ――無数に押し寄せる魔獣たちだ。


「くっ……っ!後方部隊、左から回り込まれているぞ!防衛線を再構築しろ!」

「砦から離れるな!弓兵は上から狙え!」


 怒号が飛び交う中、その中心から少し離れた小高い丘に、一人の女が立っていた。


 セラフィーナ・ミレティス。


 彼女のまなざしは、戦火に染まるこの地をひとときも見失わない。


「……あそこだ!左側村の倉庫に避難していた子どもたちが、取り残されてるぞ!」

「確認しました! 私が……!」

「いえ、私が行きます」


 彼女は軍医として同行していた補助隊の兵を制し、自らマントを翻す。

 足元の泥に滑ることも恐れず、まっすぐ駆けるその姿に周囲の兵士たちは息をのんだ。


「な……王妃殿下……?」


 驚きと戸惑いの声。

 だがセラフィーナは、もう何も気にしなかった。

 それが王都の兵であろうと、かつて自分を見下していた者であろうと彼らもまた誰かを守ろうとしているのだ。


(ならば、私も――)


 倉庫の扉を思いっきり蹴り上げ、そして同時にこじ開けると奥で泣き叫ぶ子どもたちの姿があった。


「大丈夫、大丈夫よ……もう大丈夫だから」


 静かに手を差し伸べ、微笑む。

 その声は震えず、恐れもなく、ただ真っ直ぐに彼らを包んだ。

 一人一人を抱きかかえ、外へ導く。

 空からは火の玉のような魔術が飛び、地上では剣が魔獣の血を浴びていた。

 だが、彼女の周囲には不思議な空気が流れていた。


 ――祈り。


 彼女がそっと両手を合わせた瞬間、周囲に柔らかな光が差した。

 それは術でも魔法でもない、『奇跡』としか呼べない温もり。


「傷を……?」


 避難途中、転倒して膝を擦りむいた子どもの傷が、光と共に癒えていく。

 その様子を見ていた王都の兵士たちが、言葉を失う。


 「あれは……あの力は……」

 「前の聖女と、同じ……いや、それ以上に……!」

 「まさか……本当に……」


 祈りと共に癒しを与える手。

 身を盾にして子どもたちを導く姿。

 混乱の戦場のただ中で彼女の立ち姿だけが、まるで時間から切り離されたように静謐だった。


 ──だが、次の瞬間。


 そんな聖女像を突き崩すように、彼女が声を張り上げた。


「そこの部隊、何を突っ立ってる!魔獣の群れがまだ奥から来てるだろう!?早く持ち場に戻れ!」

「は、はいっ!」

「し、指示を仰ぎます!」

「今さら何だ!?今は自分の頭で考えて動け!それでも騎士か!」


 鋭い言葉とともに、癒しの手がまた一つ、倒れた兵士の肩に触れる。

 慈愛と叱責――両極の力が一人の女に同居していた。

 その姿は、もはや『聖女』という理想の偶像ではない。

 心を鬼にしながら叫んでいる、これこそが戦場で生き抜いた聖女セラフィーナなのである。 


   ▽


(……また、とんでもない一面を見せてくれる)


 丘の上から彼女の姿を見下ろす男――ライグ。

 その眼差しはどこか呆れたようで、だが確かな光を宿していた。


 「……はは。やっぱり、そうだったんだな。お前は……守られるだけの存在なんかじゃない」


 幼さの残る神官ではない。

 祈るだけの聖女でもない。

 セラフィーナ・ミレティスは、戦場に咲く白き炎――癒しと怒り優しさと強さ、その全てを備えた存在だった。


 「……本性を隠して、あんなに物静かにしてたくせに……」


 ライグは小さく笑い、そして息を吐く。


 「惚れた女に、また惚れさせられるとはな……」


 その呟きに周囲の部下たちが振り返るも、ライグはおかまいなしだった。

 見下ろす視線の先には、夕陽に染まった銀の髪と、誰よりも鮮烈に戦場を駆ける、一人の女の背中があった。

   

   ▽


 その夜、戦は膠着状態に入った。

 だが、王都軍の兵たちの中には、確かな『変化』が芽生えていた。


「あの方は……やっぱり……」

「偽りなんかじゃ、なかったんだ……」


 静かに、しかし確実に嘗ての嘘が剥がれ落ち始めていた。


「……本当、変わらないですね聖女様」


 フフっと笑いながら答える一部の騎士たち。

 彼らは嘗て、聖女と一緒に戦場を駆け巡った騎士たちである。

 そしてその中に一人にロランの姿がある。

 ボロボロになった彼女に最後、言葉を交わした人物――今でもセラフィーナは渡された手紙を大事に持っている。

 ロランは支持を出しながら、怪我を治している姿を見て笑う。


「本当、変わらないし、そして立派になられましたよ、セラフィーナ様」

「ロラン、そろそろ行くぞ」

「ああ、そうだな」

「……この戦いが落ち着いたら、後で挨拶に行くか」

「だな。さようならの挨拶、ロランしかしていないし」

「けど、王妃様になったんだろう?挨拶させてくれるかなー?」

「……あの人は王妃様になったって、きっと声をかけてくれる……そんな人だろう?」


 ロランは仲間たちにそのように声をかけると、彼らも笑いながら頷くのだった。


 そして――翌日、森の奥から、さらなる異変が現れる事になる。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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