第20話 再会と母のような人
養育舎――それは王城の裏手、小高い丘の上に建つこぢんまりとした屋敷だ。
木造の梁が走るあたたかな建物に、子どもたちの笑い声と獣人特有の獣毛の匂いが混ざる。
その玄関口で、セラフィーナは思わず立ち止まった。
「……懐かしい音だわ。戦場の野営地とはまるで違う」
人の気配が溢れていて、けれど殺気はどこにもない。
ただ、安心と生活の気配がある。
中へ通されると、すぐにノアとカルミアが駆け寄ってきた。
「セラァァッ!!」
「ほんとに来てくれたーっ!」
二人の軽い体が同時に勢いよく飛びついてくる。
「うぐっ!?ま、待て、勢いが……!」
セラフィーナは思わずバランスを崩しかけながらも、しゃがみ込み両腕でぎゅっと包み込むように抱きしめた。
「……元気そうでよかった」
「うん!ノアね、おてつだいできるようになったんだよ!」
「カルミアも!お花、水あげてるの!」
嬉しそうに話す双子の姿に、セラフィーナの胸がじんわりと温かくなる。
小さな体は、王都からの旅路で見た時よりも少しだけしっかりしていた。
それを、遠くから見守っていた他の子どもたちは──最初、距離を取っていた。
けれど、ノアとカルミアが「この人はだいじょうぶだよ」「すごくいい人なんだよ」と声を弾ませているのを聞いて、少しずつ視線を向け始める。
セラフィーナは無理に距離を詰めることはしなかった。
ただ、木陰のベンチに座って子どもたちに絵本を読み聞かせたり、転んだ子の膝をそっと拭ってあげたり。
熱を出した子には、自分の膝を貸して額に手を当て優しい声で子守唄のように歌を口ずさむ。
「セラのにおい森の草みたい……あと、ちょっとおいしそうなパンのにおいもする」
「パン!?」
セラフィーナが目をぱちくりさせると、ノアはにこにこしながらセラの裾をぎゅっと握った。
「おちつくんだもん。セラのにおい、すき」
「ここに、ずっといて……カルミアのおふとん、となり空けとくから」
「それは、ちょっと考えさせて?」
思わず笑って返すセラフィーナに、カルミアはふくれっ面で「やだー!」と叫び、ノアは大真面目に「セラは家族枠だから問題ない」と断言。
子どもたちの素直さと、まっすぐな言葉にセラフィーナは胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。
少し離れたところでその光景を見ていた、中年の獣人女性――養育舎の世話係である老人の獣人・マリヤが小さく息をついた。
彼女は長い耳を揺らしながら、ぽつりと呟く。
「……あの子たちに、あんなに柔らかく笑いかけられる人……本当に久しぶりに見たわ」
それは、母性とは違う。
力づくでもない。恩でもない。
ただ、見守るようなやさしさが、そこにあった。
▽
日が傾く頃――子どもたちが昼寝に入った静かな室内で、セラフィーナは小さく息を吐いた。
カルミアが膝に乗り、嬉しそうに笑っている。
「……ここにいると、私まで癒されてしまいそうだ」
その呟きに、近くにいたマリヤが少しだけ微笑む。
「王妃様、ここには家が必要な子たちばかりです。あなたがここに来てくれるだけで、子どもたちにとっては、それだけで……家のにおいになるんですよ」
セラフィーナは、はにかんだように笑った。
「……私は王妃なんて呼ばれるような人間じゃないのですが」
「でも、あの子たちは、もうあなたをそう見ている――大切な人として、ね」
その言葉が、胸にふわりと染み込む。
血も繋がっていない。
それでも、こんなふうに誰かと絆を結べるのなら――
(私は、ここで……また『誰かを守る』ことができるのかもしれない)
セラフィーナは膝に乗っていたカルミアの髪を優しく撫でながら、そっと言った。
「そろそろ、お城に戻らないと……」
「……えっ」
カルミアの体がぴくりと固まる。
その向こうではノアも絵本を読む手を止めてこちらを見ていた。
「かえっちゃ……やだっ!」
カルミアがぎゅうっとセラフィーナにしがみつく。
「わたし、もっとおはなし読んでほしいの!セラのにおい、やさしいのに!」
「そうだよ!おなかすいたらごはん食べて、夜はおふとんでいっしょにねる!それで解決!」
「解決って……そんな……」
セラフィーナは苦笑しつつも、その小さな手のぬくもりに胸がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「ありがとう……でも、申し訳ないんだけど、お仕事があるんだ」
「じゃあ!こっちにおしごと持ってきて!」
「それは無理だと思うなぁ……」
二人の無邪気な引き止め作戦に、セラフィーナは思わず吹き出してしまった。
「また来るって、約束する。だから今日はお利口にしててね?」
「やくそく、ぜったいだからね!」
「ゆびきりするの!」
「はいはい、ゆびきりげんまん──」
指きりを交わしたその瞬間、ノアとカルミアは満足げににっこり笑った。
セラフィーナはそんな二人の頭を優しく撫でると、名残惜しそうに立ち上がった。
その夜、離れに戻ったセラの部屋にはノアとカルミアが描いた絵がそっと飾られていた。
そこには、三人が手をつないで笑っている姿が子どもらしい丸い線で描かれていた。
そして──絵の隅に書かれた文字。
「セラ だいすき」
セラフィーナは胸元を押さえ、そっと目を閉じる。
その言葉だけで、どんな勲章よりも重い気がした。
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