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第18話 癒しの依頼と、不思議な香り

 王のお願いしてから数日後。

 セラフィーナは、城内にある癒術の中枢──〈翠癒の棟〉へと案内された。


 白い石造りの回廊を抜けると、空気が一変する。

 湿度と香草の匂いが濃く漂いどこか神聖な空間のような雰囲気さえあった。

 重厚な木扉の奥、広々とした室内には薬草を天井から吊るした乾燥棚、石造りの作業台、大小さまざまな瓶が整然と並んでいる。

 薬草の青く鋭い香りと甘く煙るような香の匂いが、同時にセラフィーナの鼻腔をくすぐった。


「……ここが、この国の癒しを担っている場所……?」


 思わず零した声に、同行していた護衛が小さく頷く。


「薬師、香術師、呪癒士……種族や術式によって部門は違うが、すべてこの棟に集まっております……今日は、薬草精製の補助に入っていただきます」


 そのように案内されたのは、薬草庫の奥にある石張りの部屋だった。

 そこでは、獣人の女性たちがいた。

 耳の尖った兎型の獣人、角を持つ山羊型の老人など──が、黙々と作業をしていた。

 セラフィーナが姿を現すと、一瞬その手が止まる。

 冷ややかな視線、警戒にざわつき。

 けれど、敵意ではない。

 彼女の立場を図りかねている、そんな空気だった。

 その場を仕切っていたのは、背の曲がった老薬師だった。

 灰白色の毛に覆われた顔、細い爪の指先が繊細に薬草を仕分けていた。


「……王が言うておった、例の聖女か……人間にしては肌が白すぎるな。光を溜めやすいのか?」


 そんな独特の視点での評価に、セラフィーナは思わず微笑む。


「お招きいただきありがとうございます。薬草については、少しだけ勉強しております……そして、もしよければ補助をさせてください」


 老薬師はしばらくじっとセラフィーナを見つめ──そして、鼻を鳴らした。


「ふん。見た目で判断するより、手元を見せてもらおうか」


 それが始まりだ。

 最初は、触っていい薬草といけない薬草の区別もつかず戸惑うことも多かった。

 だが、セラフィーナは驚くほど素直に学ぶことを受け入れた。


 ──熱で香りが変化する葉。

 ──癒しの力を閉じ込める獣骨の粉末。

 ──月夜にだけ採れる精神安定の花。


 その一つ一つが、初めて見る世界だった。


「なるほど……これが、香術ですか?」


 香炉に焚かれた淡い灰緑の煙に、セラはふと足を止める。

 その香りは――。


(……この匂い……)


 胸の奥に、何かがざわめく。

 あの日、戦場で兵の精神を保つために焚かれていた香と、よく似ていた。

 焦げた血の匂いに満ちた中、それでもこの香があれば兵たちは少しだけ眠れた。

 その記憶が、ふいに蘇り、セラの目が細められる。

 不意に、小さな声が聞こえた。


「う……うぅ、せんせぇ……くるしい……」


 棚の陰で、しゃがみ込んだ幼い声。

 見ると、小さな獣人の子が薬草の粉で咳き込み、呼吸が乱れていた。


「苦しいの……やだ……」


 誰かが呼びに行こうとするより早く、セラフィーナはそっと膝をついた。


「大丈夫……怖くないぞ」


 その声は驚くほど優しく、柔らかかった。 


「光よ、穢れを祓いこの子の胸を解きほぐし──」


 自然とその祈りの言葉が口をついて出た。


 次の瞬間──セラの掌に、ふわりと柔らかな金の光が灯った。

 光はまるで小さな羽根のように揺れながら子どもの胸元を包み込む。

 同時に、部屋の空気がふっと静まった。

 焚かれていた香の煙がゆらぎ、その中で光が溶けていくように広がる。


 ──子どもが、微かに身体を震わせた。


 浅く速かった呼吸が、次第に落ち着いていく。

 ぎゅっと縮こまっていた肩が、ゆっくりと力を抜いた。


「あ……くるしく、ない……」


 か細い声が、胸の奥を打つ。

 セラフィーナは優しく微笑んだ。


「もう、大丈夫だ……よく頑張ったな」


 そう言って、小さな背中をそっと撫でた。

 その手の温かさに、子どもは安心したように目を閉じ、ぎゅっとセラの袖を掴んだ。


 ──ざわり、と。


 周囲にいた獣人たちが、目を見開く。


 先ほどまで薬草を仕分けていた手が止まり、誰もが息を呑んでその場の光景を見守っていた。


「……いまの……」

「これが王妃様の力?」

「本物だ……魔力の揺らぎが、まったく嘘じゃない」


 声にならない声が、部屋のあちこちで交わされる。

 それは驚きでもあり畏敬でもあり──戸惑いさえ含んでいた。

 老薬師もまた、手にしていた木の器を静かに置き、片目を細めてセラの手元をじっと見つめていた。

 獣骨や香では引き出せない、『何か』が確かにそこにあった。


 けれど、当のセラフィーナ本人は、そんな周囲の視線にまるで気づいていなかった。


 ──ただ、目の前の小さな命が救われた事に、安堵していたからである。


 その姿はまるで、『聖女』のように。


 香の煙が揺れる中、誰かが、ぽつりと呟いた。


「……あれが……聖女か」


 その言葉は静かに、けれど確かに部屋全体に染みわたった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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