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第17話 王の妻としての日常

 朝の光が、静かに石壁を染めていく。

 王城の離れ──それは本館から少し離れた場所にある、古いが丁寧に手入れされた小さな館だった。

 嘗ては来賓や高官のために使われていたというが今はただ一人、王の『契約妻』として迎えられた元、聖女セラフィーナが住んでいる。


「おはようございます、セラ様」

「ああ、おはようミリア」


 朝食を運んできた侍女ミリアが、いつものように控えめに頭を下げる。

 頭を下げる時に見える猫耳が可愛らしいと言う事を何度も思ってしまった自分自身を胸の中に収めながら。

 年の近い彼女とは、ここ数週間で少しずつ打ち解けてきた。

 銀のカトラリー、木製のトレイに並ぶ温かいスープと焼きたてのパン、そして果実の煮込み。


「今日はパンに蜂蜜を添えてみました……お好みに合えば、良いのですが」

「ありがとう、助かる……朝から元気が出そうだ」


 にっこりと笑うセラフィーナに、ミリアは照れたように頷きそっと部屋を出て行った。


 それは、もう日常の一部になりつつある光景だった。

 この館での暮らしは、静かで穏やかで、時に寂しかった。

 読書、刺繍、簡単な庭仕事。

 日が傾けばお茶を飲み、夜には一人で祈りを捧げる。

 『王の妻』とは名ばかりで政治にも式典にも顔を出さず、世間からは遠く切り離された生活だった。


(……それでも、少しずつ馴染んできた気がする)


 庭に咲いた白い花が、今朝はひとつ、蕾を開いた。

 朝露に濡れた葉を指先で撫でながら、セラフィーナは静かに微笑む。


(ここは王都とは違うし、誰も私を責めない。誰も……『穢れた』なんて言わないな)


 けれど同時に、心のどこかにわだかまりが残る。


(妻になったとは言え……私はこの国に、必要とされているのか?うーん……)

「……何か、仕事でもないだろうか?」


   ▽

 

 午後、離れの外回りを散歩していた時に思いがけず王と顔を合わせた。

 黒銀の長髪に黒衣をまとい、ライグ・ヴァルナークは今日も変わらず無口で、近づき難い雰囲気を纏っていた。

 だが、セラフィーナは勇気を出して声をかける。

 女性らしく、そして元聖女らしく、背筋を伸ばして、言葉遣いを直して。


「――陛下」


 その名を呼ぶと彼は一瞬だけ立ち止まったあと、振り返る。


「……何か、困りごとか」

「あの……このまま、何もせず過ごしていいのかと思いまして」

「……俺の『妻』として、何か不都合があったか?」


 低く響く声に、セラフィーナはあたふたと手を振った。


「い、いえいえっ!全然ありません!本当に!むしろありがたいくらいで!」

「……では?」

「……えっと……その……」


 言い淀んだセラフィーナに、ライグが眉をひとつだけ上げた。


「……言え」

「……この国のために、何かできることがあれば教えていただきたいのです。契約とはいえ私はあなたの妻であって、この国の王妃であって……だから、一応、なにか……」

「……本音は?」


 その一言に、セラは観念したように息を吐く。


「──ぶっちゃけ、暇すぎて困ってます」


 その言葉に、ライグはほんの一瞬だけ、目を伏せ──


「……そうか」


 短くそしてなぜか少し満足げに、そう呟いた。

 

「……医術や癒しに関する部署と、接点を持ってみるか」


 唐突とも言えるその提案に、セラフィーナは思わず目を見開いた。


「……え?」


 ライグは、まるで当たり前のようにそれを告げた。

 眉ひとつ動かさず、ただ静かに、真っ直ぐな声で。


「この国には、香術師や骨術士、精霊導師といった治癒能力のようなものを担う者たちがいる」


 そして、一拍の間を置いて、話を続けた。


「……王都でのお前の行動と、記録の一部はすでに確認している。もしそれが真実なら必要とする者は、この国にもいる」


 セラフィーナは息を呑んだ。


 それは命令ではない。

 無理強いでもなければ、社交辞令でもない。

 彼の声音は、ただ事実を述べているように聞こえた。


 嘗て過ごしていた王都では、『穢れた聖女』として、誰もがその言葉すら信じてくれなかった。

 けれど今、目の前の王は、それを肯定も否定もしないままに──彼女の力を必要とする者がいる、と言った。

 セラフィーナは、胸がじんと熱くなるのを感じる。

 そして、そっと膝を折り、深く頭を下げる。


「……ありがとうございます。お任せいただけるのなら、私……全力を尽くします」


 その声は震えていなかった。

 まっすぐで、静かな決意の声だった。


 ライグはしばらく無言のまま、彼女を見下ろしている。

 その視線には、言葉にはしない何かが込められているかのように。

 重くも、冷たくもない──ただ、真っ直ぐで誠実な、王の眼差し。

 やがて彼は無言で踵を返し、背を向けた。


 その黒い外套が風に揺れ、長い銀髪が夜光を受けてきらりと光る。

 歩み去るその背中を見送りながら、セラフィーナはふと、思う。


(……さっきよりも、背が……少しだけ近くに感じたな……)


 それが錯覚なのか、希望なのかはわからない。

 けれど、確かに何かが、ほんのわずかに動き出した気がした。


(──この国でなら、もう一度力になれる事があるのかもしれない!)


 王都では閉ざされていたその祈りが、今──再び静かに、息を吹き返し始めていた。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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