表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/24

第16話 契約のはずだったのに

本日も3話更新します。

15時、17時、19時です。

よろしくお願いいたします。


 これは、契約婚。

 ただの形式。

 ──守られるための、名目にすぎない。


 そう思っていたのに。


 どうしてだろう。

 この胸に宿るぬくもりは、あまりに優しくて。

 形式だけでは、説明がつかなくなってきている。


「……契約の、はずだったのに」


 そう呟いたセラフィーナは、ひとつ深く息を吐き、日記帳を閉じる。


 ──今日は、少し嬉しいことがあった。


 昼下がり、離れの館に一人の侍女がやってきた。


「王妃様、お子様たちからお手紙です」

「ああ、ありがとうございます」


 そう言って渡された封筒には小さな手形と、カラフルな絵。


 ノアとカルミア――あの双子の名前を聞いたとたん、セラフィーナの胸はきゅうっと締めつけられた。

 中には、ぎこちない文字でこう綴られていた。


「セラ、げんき?ぼくたち、おまつりいくよ!セラもきてね!だいすき!」


 そして、二人で描いたと思われる絵には、獣人の子どもと長い髪の女性が手をつないで笑っていた。


「……セラ、だいすき……」


 ぽつりと、セラは絵を撫でながら呟いた。

 涙ではない。

 けれど、胸の奥が温かくて、少し切なくなった。


(ほんとうに、ありがとう……)


 

   ▽



 夕方、城の高い塔の上。

 日が落ちきる少し前、空は茜色と薄青のグラデーションを描いていた。

 人の気配もなく、ただ風の音と鳥の羽ばたきが遠くに聞こえるだけ。

 石造りのテラスに腰かけ、セラは手元の日記帳を見つめていた。

 まだ白いページに、ペン先を添えて。

 何度も言葉を浮かべては、沈めていた。


「……こんなにも風が優しかったなんて……忘れたな」


 ぽつりと、独りごとのように。


 王都の風は冷たかった。

 屋根と屋根の隙間を縫って吹き込むその風は、体温を奪い心まで刺すようだった。


 でも、ここは違う。


 山を越えてきた風は空を渡るように柔らかく、髪を優しく撫でていく。

 まるで、「ここにいていい」と囁いてくれるようで――セラフィーナはページをめくり、静かに書き綴った。


 ――私は今、『形だけの妻』として、王の隣にいる。

 ――でも、この国で交わされる一言が小さく、けれど確かに私の心をほどいていく。

 ――彼の隣にいると鼓動が静かに、でも確かに、早まっていくのがわかる。

 ――この気持ちを……なんと呼べばいいのだろう?


「……私はどこぞの吟遊詩人か」


 自嘲気味に笑って、そっとペンを置く。

 その時だった。

 背後で、カツリと足音が響いた。

 セラフィーナが振り返ると、そこに立っていたのはライグだった。

 背後に立つのは当たり前のようになっているこの形だけの夫に、セラフィーナは一瞬驚いて体を震わせてしまったが、すぐに平然とした顔に戻す。


「へ……陛下」


 黒の外套に身を包み、黒銀の髪を風に揺らしながら、彼は月明かりが彼の肩と髪を照らし、いつものように感情の読めない端正な横顔をつくっていた。


 だけど――その目元が、どこか柔らかく見えたのは、気のせいではなかった。


「……風に当たりに来たのか?」


 低く落ち着いた声。

 それは、どこか今日だけ、ほんの少しだけ温かみを含んでいた。


「ええ……今日、ノアとカルミアからお手紙が届いたんです。少し、嬉しくて……気持ちが落ち着かなってしまいました」

「……そうか」


 それだけを言って、ライグはセラの隣に歩み寄る。

 何も言わず、何もせず、彼はただ静かに彼女の横に立った。

 肩が触れることはない。

 でも、その距離は妙に心地よくて、セラフィーナは不思議と緊張しなかった。


 しばらくの沈黙のあと、ふと、横目で彼を見ると――


(……え……?)


 その横顔。

 いつもの鋭さはほんのわずかに和らぎ、月明かりに照らされた口元が――微かに、笑っているように見えたのは気のせいだろうか?


 ほんの少し。本当に、微細なものだったけれど間違いなく笑みだ。


(……笑ってる……)


 驚きで胸が跳ね、息を吸い込んだ。

 だけど、言葉にはしなかった。

 見つめてはいけない気がして、そっと目を伏せる。


(やっぱり……この人は、優しい)


 寡黙でぶっきらぼうで、不器用で。

 でも、その沈黙の中にはいつも誰かを思う気配がある。

 私はそれを、少しずつ感じ取れるようになってきた。


 ――契約のはずだったのに。

 ――形式だけのはずだったのに。

 ――自分自身を、守るためのはずだったのに。


 この胸の鼓動は、何を求めているの?


(契約のはずだったのに……なんなんだ、これは?)


 風が吹く。

 二人の間を、静かに通り抜けていく。

 ライグは空を見上げたまま、何も言わない。

 でも、そこにある沈黙は冷たくない。

 ただ、温かい感じの静寂だった。


 ──彼は、まだ言葉にしない。


 でも、セラフィーナの鼓動は彼の隣で静かに早まっている感覚を覚えてたのだった。


 



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ