第12話 契約な婚姻
謁見から数日後、セラフィーナは再び王城へ呼び出された。
だが、今回は玉座の間ではなく政務の控え室のような小さな部屋だ。
壁には地図が掛けられ、机の上には書簡が山積みになっている。
そこにいたのは、黒狼王ライグの側近──黒髪に銀の眼を持つ壮年の獣人だった。
鋭さと温かさが同居したその瞳は、彼がただの武官ではなく国の中枢に深く関わる人物であることを物語っている。
「……突然お呼び立てして、申し訳ございません……しかし、これは国にとっても、あなたにとっても必要な話になります」
「は、はぁ……あの、目の下に隈ありますけど、大丈夫ですか?」
「ははは、いつもの事です」
笑いながらそのように答える獣人に、この人ちゃんと寝ているのだろうかと不安になりながら、用意されていたお茶を飲む。
一呼吸を終えてから、セラフィーナは緊張した面持ちで声をかける。
「……どのようなことでしょうか」
側近は机の上の文書を一枚取り、淡々と読み上げた。
「あなたの力は、この国の民にとって大きな希望です。しかし同時にあなたは余所者であり、人間。この立場のままでは、あなたを害しようとする動きが出ないとも限らない」
「……それは……」
「ゆえに、あなたを保護するための『名目』が必要なんです──国として、最も安全かつ有効なのは王との婚姻という形式です……あ、契約みたいな感じなので」
「ぶっ!?」
セラフィーナはその発言を聞いた瞬間、飲んでいたお茶を噴き出した。
そして、一瞬言葉を失ってしまう。
「……こ、婚姻……ですか?」
側近は頷いた。
「これは政治的な措置であり、愛情を強いるものではありません……国の保護下に置くことで、あなたの立場を保証が出来る」
セラフィーナは、胸の奥で波立つものを感じながらも、静かに問い返した。
「……本当に、それで私は守られるのですか?」
「ええ。この国の法と慣習が、それを守ります……王も、ある意味でそれを望んでおられます」
「あの人が……」
部屋の空気が張り詰める。
セラフィーナは拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……私に、その資格は、あるのでしょうか?」
「ええ、もちろん!」
「……わかりました。私に……その資格があるのなら承諾します」
側近は小さく頷いた。
「……ありがとうございます。陛下には、こちらからお伝えしておきますので──儀式は、獣人と人間、双方の慣習を取り入れた形式で執り行います」
その言葉に、セラフィーナは心の奥で小さく震えながら、深く頭を下げた。
(こ、婚約、結婚……いや、でも、この人は『契約』だと言っている。つまり、私を守る為の契約な婚約だ……大丈夫大丈夫……それは、あくまで『名目』のはず──でも、どうしてこんなに胸がざわつくんだ?なんか、気持ち悪い)
▽
その日、城内の小礼拝堂に、簡素ながら荘厳な空気が漂っていた。
窓から射し込む光が、青と金のステンドグラスを通って床に模様を描く。
その中央に、円形の祭壇があり、白と黒の布が交互に敷かれている。
それは、獣人と人間双方の慣習を融合した『婚約』の特別な儀式だった。
祭壇の左右には、獣人の代表と人間の代表がそれぞれ立ち合いとして並んでいる。
彼らの視線が、セラフィーナとライグに注がれる。
セラフィーナは白い外套を身にまとい、髪をゆるく結っている。
しかし、同時に胸の奥では鼓動が早くなっている。
(……これはあくまで形式。私は、この国で生きるために、必要なことをしているだけ──)
そう言い聞かせながらも、視線の先の男から目が離せなかった。
黒狼王ライグ・ヴァルナーク。
彼は正装に身を包み、銀黒の髪を後ろに束ね、堂々と立っていた。
その金の瞳はいつものように無表情で、儀式の言葉を淡々と聞きながら微動だにしない。
だが──思わず気が付いた。
(……あれ?)
セラフィーナは、ほんの一瞬だけ気づいた。
彼の手に握られた指輪が、わずかに震えている事に。
獣人の慣習では、誓いの言葉の前に、双方が指輪を交換する。
人間の慣習では、誓いの言葉の後に、互いの名前を告げる。
それを合わせた形式で、二人は向かい合った。
「セラフィーナ・ミレティス──」
低い声が、静かな礼拝堂に響く。
「この国は、あなたを守る――あなたの祈りが、この国に届いたように」
セラフィーナは、胸の奥で息をのんだ。
「……ライグ・ヴァルナーク陛下……」
自分の声が、震えそうになるのを必死に抑える。
「私は、この国で祈り続ける事を、生涯かけてここに誓います」
ライグは、ゆっくりと指輪を差し出した。
その手は、ほんの少しだけ震えていた。
けれど、その瞳はまっすぐに、セラフィーナだけを見ていた。
セラフィーナは、自分の手を差し出し指輪を受け取った。
指輪が指に触れた瞬間、胸の奥に熱が広がる。
(これは……契約のはずだ。名目だけのはずなのに──どうしてこんなに、心が揺れる?)
その瞬間、礼拝堂の鐘が静かに鳴り響いた。
形式上の『契約』が、確かに結ばれた音だった。
だが、それが二人の運命をどう変えていくのか──この時のセラフィーナはまだ知らなかった。
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