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【第2部連載開始】戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~  作者: 桜塚あお華
第1章 穢れた聖女と言われた戦場の聖女、契約結婚する。

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第10話 運命の出会い。

 日が傾きかけた頃、フェルグレイ北東の山道で滑落事故が発生した──そう近衛から告げられたのは、セラが宿舎でハーブティーを煎れていた時だった。


「負傷者は五名。内、二名は骨折、出血も多い。治癒師を向かわせているが……あなたの力も貸してもらえば衣だろうか?」

「私でよければ別に構わないが……余所者だけど、大丈夫ですか?」

「王から許可は出ている」

「……それならばお手伝いいたしましょう」


 迷いなどない。

 セラフィーナはすぐに支度を整え、現場へと馬車で急行した。


   ▽ 


 事故現場は、急斜面の作業用小道だった。

 薬草採取の補修工事をしていた作業班が足を滑らせ岩場の斜面を数メートル落下したらしい。

 すでに治癒師や騎士が集まり、負傷者を手当てしていたが、間に合っていない。


「このままでは間に合わない者もいます!」


 治癒師の叫びに、空気が張り詰める。

 その中に、セラフィーナが到着した。


「怪我人はどこですか!急いでこちらに連れてきてください!!」


 一瞬、場が静まり、騎士たちが道を開ける。

 セラフィーナは血に染まった衣をまとう男の傍へ膝をつき、手をかざした。


「どうか……命を繋がせて──」


 静かな祈りと共に、彼女の掌から光があふれる。


 淡く、温かく――その光は男の胸を包み、止まらなかった出血がじわじわと止まり始めた。

 折れた肋骨が少しずつ元に戻り、呼吸が安定する。


 ──ああ、間に合った。


「次、いませんか!」

「こ、こちらをお願いいたします!」


 治癒師の一人がもう一人連れてきたので、急いで魔力を右手にこめて力を与える。  

 安定していなかった呼吸が徐々に落ち着いてきたのを感じながら、次の患者がいないか探していた時だった。


「……それが、お前の『力』か」


 背後から、低く落ち着いた男の声が届いた。

 驚いて振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 黒い外套に身を包み、フードを深く被り、だが、その陰から覗く黄金の瞳は鋭く、何かを見透かすような力を帯びていた。


「癒しとは、静かであたたかいものだと……久しく忘れていた」

「……あの、どちらさまですか?変質者はお断りなんですけど」


 セラフィーナは思わず距離を取りながら問い返した。

 怪我人を前に、じっと見つめてきたその様子に無意識に警戒がにじむ。

 男はフードの奥で口元を歪めた。


「俺を変質者呼ばわりか……クク、随分と物怖じしない人間の女だな」

「物怖じくらいしますよ。でも、誰なのかも言わずに背後から現れて、急に話しかけるなんて──そんなの怪しまれるに決まってるだろう?」


 セラフィーナは眉をひそめながらも、一歩も引かなかった。

 彼女にとって無言で力を見つめる視線は、王都で幾度も経験した冷たいものだった。

 けれど──この男の視線は、少し違っていた。


 冷たさも、侮蔑もない。

 ただ、静かな観察。

 そして、その奥にほんのわずかに『尊敬』のようなものが混じっていた。


 男は一歩、彼女に近づいた。

 近くで見ると、長身で体格もがっしりしている。

 まるで野生の獣のような威圧感だ。

 セラは無意識に肩の力を入れた。


「俺は……この国の治安に関わっている者だ。そう思ってくれればいい」

「曖昧ですね。それって、要するに名乗れない、貴族様ってことですか?」

「察しがいい」


 男はわずかに笑った。

 笑みというにはあまりに薄いが、確かに口元が緩んだのをセラフィーナは見逃さなかった。

 

「だが、今日の働き──見事だった」

「……ありがとう……癒しの力を使っただけですから」

「そう謙遜する者ほど、力を侮らない……お前の力は、そして祈りは届いていた。命にも周囲にも」


 セラフィーナは、しばらくその瞳を見つめ返した。

 深い金色。黒狼のような、獣の瞳。


 ――何か、惹かれるものがある。

 

 だが、それが何かは、まだわからなかった。


 やがて男は、ふいに視線を逸らし、後ろを振り返る。


「そろそろ戻るか、お前も早く休め」

「ちょっと待ってください!あなたは──」


 だが、問い終える前に彼は騎士の列の中に紛れ込むようにして歩き去っていった。

 名前も、身分もわからないまま。


「……なんだったんだあの男は、本当に不審者?いや、違うか……」


 風が吹いた。

 山の空気は冷たかったが、その余韻だけは不思議とあたたかく感じられた。


 癒しの祈りを見つめた彼の瞳が、何処かで彼女自身を見ていたような気がしてならなかった。

 彼女はまだ知らない。

 あの男こそが、フェルグレイの王──ライグ・ヴァルナークであることを。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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