不思議で無害なナニカ(ジード視点)
「ふぅ......こんなところか」
執務室で兄上への報告書を書き終え、ペンを置く。
昼は冒険者、夜は伯爵家次男としての仕事をこなすようになってから何年経っただろうか?
武芸一つで身を立てるのに憧れ、家に無理を言って冒険者として過ごさせてもらっている以上、文句は言えないが中々に大変ではある。
とはいえ、夜の仕事の内容は主に兄上への報告書作りだけではあるんだが、苦手なものは苦手だ。
「......」
執務室から出て家族の団欒に戻り、妻と話をしながら娘と義理の息子を見る。
ハルフォンソの信徒であるティファレトから引き取った元孤児であるジョンは、実に真っ直ぐで努力家な少年だ。
ティファレトの教育の賜物か、ジョンの気質か、きっと両方なのだろう。
兄上への報告書に書いている内容とは、そのティファレトに対する監視内容だ。
数年前、このハルフォンソの街に現れたティファレトという女は、様々な奇跡の行使と人間離れした美貌、無表情だが人助けを厭わない事から、今や街の重要人物の1人だ。
だが俺の勘、そう、確実な証拠は無いが、長年冒険者を続けている俺の勘が告げている。
あれは、人間じゃない。
「ジョンをからかうのも程々にしてやれ」
完全に人間の姿で、人間の言葉を喋っているが、街に来た時の汚れの無さ、極端な瞬きの少なさ、所々に覗かせる冷徹さ。
ヒトモドキでは絶対に無いし、他に人間に擬態する生物がいるなんて聞いた事も無い、が、それでも人間とはどうにも思えない。
「だがなぁ......」
「あなた?」
「あぁ、いや、すまん。独り言だ」
かといって、俺達人間の敵だとも思えない。
それならとっくに何かしらの行動に移しているだろうし、教会の運営も真っ白だ。
何より、巣立った子どもらに悪い噂を聞かない。
それなりの人数があの教会から巣立っていったが、おおむね勤勉で真面目な子ばかりだと報告を受けている。
人間に敵対するような奴が育てたら、絶対にそんな事にはならないはずだ。
嘘や騙すような行為も信徒である以上は出来ない。
調べれば調べるほど、監視すればするほど、ティファレトというナニカは敵対的存在では無いのだと証明されるのだ。
だが、それなら何故、人間に擬態するのか?その理由が分からない。
今の段階では企みの何も無く、善良な一市民として過ごしているだけの存在だ。
理由も目的も、考えるほどに分からなくなる。
「少し酒が過ぎたかな。そろそろ寝るわ」
「お休みなさい。あなた」
「お休みなさい。お父様」
「お休みなさい。ジードさ...父上」
「おう」
案外、ただ人間と一緒に過ごすのが好きだったりしてな?
「......はっ」
自嘲気味に笑う。
我ながら、あまりにもな単純思考に可笑しくなった。
「いっその事、自分から正体を明かしてくれないもんかね?」
そうすれば、夜に椅子を尻で磨く必要が無くなるんだがな。
はぁ、愚痴っても仕方ねぇな。寝るか。




