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刺繍と少年

ハルフォンソの街からこんにちは。ティファレトです。


「シスター、布と糸買いに行っても良い?」


教会でのお勉強を終えた後、教会孤児の1人であるアーノルドがおねだりをしてきました。

あまり自己主張をしない彼ですが、刺繍や織物に関しては話が別。

教会での繕い物のほとんどはアーノルド手製で、暇さえあれば刺繍をしています。


「良いですよ、行きましょうか」


しっかり者ですし努力家ですが!アーノルドはまだ8歳。

流石に市場で1人というのは危ないので、お買い物の時は私も同伴します。

そういえば、この信徒服の肩辺りの刺繍もアーノルドお手製でしたね。

せっかく綺麗なんだからお洒落はしないと駄目だよと言いながら、水ブドウの刺繍をしてくれたのです。


「あれ?ちょっと安くなってる?」


「ふむ。ヒマワリカイコの調子が良いのでしょうか?」


【ヒマワリカイコ】

広くサンレイン王国で養蚕されている蚕であり、その名の通り、ヒマワリの花と葉を食べて糸を出します。

サンレイン王国では糸や布の多くはヒマワリカイコ製で、国の衣類を一手に担う生物です。

最近の研究では非常に賢い事が分かっており、人間に糸を利用されていると同時に、ヒマワリカイコも人間を安全確保と繁殖に利用しているとの事だとか。


「まぁ、僕としては助かるけど」


「私も助かります」


アーノルドの夢は刺繍を活かした服や絨毯を売る事らしく、新しい刺繍方法の開発に余念がありません。


「あれ?ティファレト?」


「あら?こんにちは、ツィツィーさん、ザバンさん」


「よっ、買い物か?」


先日夫婦になったツィツィーさんとザバンさんも市場に来ていたようです。


「アーノルドのお買い物に付き合っていまして。お二人もお買い物ですか?」


「ああ、ツィツィーがティファレトの信徒服みたいな刺繍入りの服を見たいって言ってな」


「でも、全然無いのよね」


でしょうね。


「恐らく、市場では見つからないかと」


「どうして?」


「この刺繍はアーノルドのお手製なのです」


「え!?」


「へぇ、たいしたもんだ」


「アーノルドって、そこで糸を見てる子?あの子がこんな立体的な刺繍をしてるの!?凄くない?」


「はい。私も教えてもらって挑戦した事がありますが、糸を無駄にしただけでした」


アーノルドの手元を見ながら糸を走らせていたのに、まるで真似出来ませんでした。


「そりゃあ、市場で売ってないわけだ。どうするツィツィー?......ツィツィー?」


「ねぇ、アーノルド君」


「あ、あの?何ですか?お姉さん」


ツィツィーさんがいつの間にかアーノルドの目の前に来て話かけていますね。


「ティファレトの刺繍って、君が刺したの?」


「うん、そうだよ?」


「それじゃあさ、こういった服にこういう刺繍は刺せる?予算はこれくらい出すからさ」


「え?......うん、それならこれくらいで大丈夫だよ」


話が早くありませんか?出会ってすぐに交渉するツィツィーさんもツィツィーさんですが、応じるアーノルドもアーノルドですよ。


「やった!ねぇ、ねぇ、どれくらいで出来る?」


「三日ぐらいで出来るよ。三日後に教会に来てくれる?」


「分かったわ。楽しみに待ってるわね!」


そのまま話が締結しました。

取り敢えず、ツィツィーさんが三日後に教会に来るみたいなので、私もお酒を用意しておきましょう。


「おっと、そろそろ時間か。ツィツィー」


「わ、もうそんな時間?それじゃあね、アーノルド君、ティファレト」


「はい」


嵐のように交渉を終えて去っていきましたね。

まぁ、アーノルドにとっても経験になるでしょうし、良いのでしょうか?


「よし!シスター!この糸とこの糸とこの糸を買って!僕の初めてのお客さんだ、満足してもらわなきゃ!」


「はい」


やる気に満ち溢れていますね。大変よろしい。


「夜更かしはしてはいけませんよ?」


「うん!」


子どもが寝不足はよろしくありませんからね。

アーノルドは夢中になると寝食を忘れがちなので釘を差しておかねばなりません。

今の内に作業を中断しての寝食を習慣にさせましょう。

メリハリは大事です。

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