冒険者のお仕事(後編)
馬車の中からこんにちは、ティファレトです。
野生動物の駆除ならば徒歩で現場に向かう冒険者ですが、今回は可能ならば捕縛になっていますので、目的地周辺までの行き帰りは馬車です。
しかし、馬車というのは揺れますね。
足が疲れないかわりに尻が疲れます。
誰か揺れない馬車というのを作ってくれませんかね?
「ここまでね。あの小山の麓が最有力候補よ」
馬車が止まり、私達は続々と降ります。
「あそこにメイキュウモグラの巣穴跡があってね、そこを根城にしてるみたい」
「広さは?」
「以前確認されてた範囲では並程度の広さ。盗賊が掘り進めていたら分からないけどね」
【メイキュウモグラ】
山の麓辺りに穴を掘り、名前の通り地下迷宮のような巣を作るモグラです。
虫ばかり食べていて人を積極的には襲いませんが、爪が人の腕ほどに太く長いので繁殖期で気が立っている時は危険なモグラです。
エサを貯め込む部屋を作ったりもするので、盗賊が新居にするにはうってつけというわけですか。
「何度も通った跡があるな。間違いなさそうだ」
「シスターは俺の後ろに隠れてな」
「はい」
あら、案外優しいではありませんかレシートさん。
それにしても武器が籠手とは大変珍しいですね。
戦いにおいて、射程というのは絶対的な優位を意味します。
銅階級でそれが分からないとは考え難いので、それを補う何かがあるのか、距離を詰められるだけの素早さがあるのか.....。
「さて、ここなら見張りからも見えないわね」
もはや洞窟と言える巣穴跡から少し離れた場所に私達は陣取ります。
入口に見張りがいる以上はここで間違いないでしょう。
「探知〈サーチ〉」
ミリアーネさんが膝をつき、力ある言葉を呟きました。
すると微かな光が円形状に拡がります。
これがミリアーネさんの魔術、探知〈サーチ〉です。
ある程度以上の大きさの生物を広範囲に渡って把握出来るらしく、恐ろしいほどの情報的有利を作り出します。
魔術は奇跡と違い、個人によって大きく効果が異なり、個人の才能が形になったそのものと言っても良いでしょう。
ただし、生命力の消耗が激しく、そもそもの習得も確立した方法はありません。
銅階級で1日1回、銀階級で多くて2回が目安ですね。
私は習得していません。
神?私も炎とか吐けませんかね?駄目ですか、そうですか。
「合計で12人。中々の数ね」
「どうする?」
「順路を指示するから、隠密で叩いていくわよ。1番奥に5人が固まっているから、恐らく標的はそこね」
「隠密かぁ、苦手だぜ」
「静かに殴れば大丈夫ですよ」
基本方針が決まり、作戦開始です。
「よし、侵入するわよ」
いざ、盗賊の根城へ。
見張り?ミリアーネさんが弓で殺しましたよ。
「右よ」
私達はバッシュさんを先頭にレシートさん、私、ミリアーネさんの順に進撃します。
「な、なんだ?がっ!」
「ぶぎゃ!」
少人数でいる所を選んで襲撃し、素早く確実に殺していきます。
バッシュさんのナタ剣が皮鎧ごと両断し、レシートさんが首を折り、私のメイスが頭蓋を砕きます。
実に順調に事が進み、例の5人のところへ向かいます。
「何だお前らは!?」
「ふざけやがって!」
流石に異常には気付いていたのか、5人は既に臨戦態勢になっていました。
貴族が興した盗賊団なだけあって、この5人は中々に強そうです。
......このまま乱闘になると、買える本が5冊から3冊に減ってしまう可能性がありますね。
「レシートさん、祈りますので防御をお願いします」
「!.....分かった」
「やっちまえ!」
戦闘が始まりました。
武器がぶつかる音、飛来する矢を落とす音、私の肌を撫でる風圧、全てが祈りに没頭した私から掻き消えます。
神に奇跡を祈る、祈る、祈る、祈る、祈る。
「危ねぇ!」
「まだか!?ティファレト!」
祈りが届き、神からの許可を賜り、恩寵を世にもたらすべく行動に移します。
左手を腰に当て、右腕を高々と掲げ、指を1本立て、腰を軽くくねらせて私は奇跡を告げます。
「光あれ......光輝〈そうせい〉」
瞬間、私の指から瞼も貫通するほどの強烈な光が巣穴跡内の全てを埋め尽くします。
「ぎゃあああああ!?」
「目が!?目がぁあああ!」
「今よ!」
この奇跡の良いところは、信徒が仲間と定めた者には一切の影響を与えないこと。
欠点は街中で使えば迷惑極まりないこと。
「よっしゃ!大人しくしろ!」
多少強かろうとも、目が見えなくなった集団と万全な私達。
当然勝つのは私達です。
「お前達、僕が誰だか分かってるのか!?」
「残虐非道なカス。違う?」
強盗、強姦、殺人、この盗賊団の所業はまさしく残虐非道と言う他無いでしょう。
それにしても喚き声がうるさいですね。
「むぐっ!むーーー!」
あっ、バッシュさんが無言で布を噛ませましたね。
あの喚き声が馬車で響くと思うと、苛立っていたと思うので素晴らしい判断です。
「あ、あのよ」
「はい?」
どうしました?レシートさん。
「甘くみて、悪かった」
「お気になさらず。祈るだけが能ですので」
そう言うと、レシートさんは顔を赤らめてしまいました。
何なのでしょうか?
「そういやぁ、あのポーズは何なんだ?」
「神の指示です」
「えぇ.......」
捕縛も無事に済み、ギルドに引き渡すとロールさんに大変感謝されました。
誰もがに唾を吐かれるような盗賊団だったようですが、少なくとも私にとっては本5冊分の命ですね。
......そう思うと、結構高いのでは?
考えるのは自分を下げるだけになるので止めましょう。
さてさて、良き本と巡り合わせがありますように。




