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巣立ち

ハルフォンソの街からこんにちは。ティファレトです。


「アーノルド、もう少し水を入れて」


「ジョン兄、捏ねすぎ」


「シスター、搾り汁入れようとしないで!」


今日は教会で、アメリア主導のクッキー作りをしています。

何故そんな事をしているのかと言いますと、孤児院と教会が市場で物を売るという企画が婦人会からもたらされたからです。

何やら孤児の溌剌とした姿は街の良い宣伝になるらしく、ジードさんの奥さん発案らしいですよ?

そういう訳で、私達は協議した結果、最も売り物になるであろうアメリアの料理の腕に頼る事にしたのです。


「あともう少しで終わりね」


アメリアの指示に従い、ひたすらにクッキーを生産していきます。

ヒマワリ粉と水、アマ芋の粉と砕いた木の実を混ぜ合わせて焼く、優しい甘さの素朴なクッキー。

少なくとも、私はどのお店のクッキーよりも美味しいと思っています。流石に水ブドウには敵いませんが。


「これだけあれば充分ね。さぁ!出来たてを売りに行くわよ!」


「へ〜い」


「僕は刺繍してたいんだけど、駄目?」


「駄目に決まってるわよ!」


アメリア以外は気が乗らないようですね。


ジョンは鍛錬、アーノルドは刺繍がしていたいと。

ですが駄目です。逃がしませんよ?私も読書がしたいのです。


「教会で作ったクッキーでーす!お1ついかがですかー?」


「いかがですか?」


「かー?」


「お!こりゃ美味いな!」


アメリア監修のクッキーは非常に好評で、みるみる内に作った分が無くなっていきます。

貴族の妻を目指すより料理人を目指すほうが確実なのでは?


「1つ頂こう」


「はい、ありがとうございます.....あら?」


何とクッキーを受けとったのはいつぞやの第三王子殿下ではありませんか。


「今日はお忍びでね。普段通りで頼むよ」


「はい」


見れば周りにも護衛が隠れていて、警護は万全のようです。


「腕の調子に変わりはありませんか?」


「実に良い。半ば諦めていたのだが、希望を持つ事の大切さを知ったよ」


話をしながら、受け取ったクッキーを殿下が齧ります。毒味は良いのですかね?


「む、ふむ.....美味いな。いや、美味いな。これは、ティファレト殿の教会の孤児が?」


「はい。アメリアはとても料理上手なのです」


「良ければ、紹介してくれないか?」


「良いですよ。アメリア、アメリア」


「何ー?シスター。わっ、何その格好良い人!」


後ろを振り向いたアメリアが驚きながら見上げていますね。


「第三王子殿下です」


「だ!だだだだだ!......コホン。初めまして、アメリアと申します」


「おーー」


パニックになりかけましたが、すぐに落ち着いて熱心に本で勉強した学びを発揮して、丁寧に独学のカーテシーを披露しています。思わず拍手をしてしまいました。


「楽にして良い。随分と利発な子だ、それに腕もある。どうだろう?私の元で料理人、或いは侍女として雇われないか?」


「8歳ですが大丈夫なのですか?」


「問題無い。抜け道はいくらでもある」


「だ、そうです。どうしますか?アメリア」


「あ、あの、あたし、話についていけなくて」


「私の宮で料理人か侍女として働いて欲しいという事だ。つまり、上流階級の世話係の1つだな。受けてくれないからと言って何かをするわけでは無い。ただし、引き受ければ、あまりこちらには帰って来れないだろう」


アメリアは殿下の説明を聞き、考え込んでいます。


「あたし、夢があるんです」


「ほう、何かな?」


「貴族の妻になりたいんです。なれますか?」


「君次第だと言う他無いな。優秀なら貴族の養子になり、子息の妻となる道も拓けるだろう。だが、地位に胡座をかき、貴族としての務めを忘れた愚か者には道は無い」


「.......」


「辛く険しい学びの道が続くだろう。この場に留まるのも1つの道だ。だが、最も夢に近づくのは私の元だと断言しよう」


「あたし、好みがあるんです」


「ふむ?」


「なよなよした貴族じゃなくて、強くて筋肉いっぱいの貴族の妻になりたいんです!いますか!?」


「く.....アハハハハ!ああ、いるとも。うってつけの者がな。だが、手強いぞ?」


「それなら、なります!あたし、あなたの、殿下の料理人になります。あたしがいる限り、悪い食事なんて出しません!」


「良い買い物をしたと思ったら、私が買われたようだね。よし、それなら取引といこう」


「取引、ですか?」


「先程のうってつけを紹介しよう。ただし、君は君の宣言した言葉を違えるな」


「はい!......シスター、ジョン、アーノルド、今までありがとう。私、先に行くね」


いつの間にか、クッキーを全て売ったジョンとアーノルドが涙ぐみながらアメリアを見て震えています。


「アメリア、本当に良いのですね?」


「うん」


「それでは殿下、アメリアを事をよろしくお願いします」


「名誉にかけて誓おう。後日、正式な書類を送るよ」


「はい」


こうして、私の教会から1人の子どもが巣立っていきました。

とはいえ、永遠の別れになるわけではありません。

次にアメリアと出会った際に恥ずかしくないように私達も懸命に生きねばなりません。

これが、寂しいという気持ちなのでしょうか?

そうであるならば、これに慣れるべきでは無いでしょう。

きっと、この寂しさが思い出の証なのですから。

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