診療所のお手伝い
ハルフォンソの街からこんにちは。ティファレトです。
本日のお仕事も終わり、私は今、教会で本を呼んでいます。
お安いわりには豪奢な装飾の本だったので珍しさのあまり買ったのですが、何でしょう?この物語。
政略結婚の為にやって来た姫と騎士が恋に落ち、駆け落ちをする話なのですが、正気ですか?
政略の為の婚姻に来た姫を連れ去るなんて戦争になりますよ。
国の為にもこの騎士の首は刎ねた方が良いでしょうね。
「あら?」
随分と扉が叩かれています。
来客かと思い、扉の方へと向かったその瞬間に扉が勢い良く開かれました。
「ティファレトさんはいますか!?」
「はい、いますよ」
扉を開けたのはパンジーさんでした。
時々依頼でお手伝いをしに行く診療所の助手の方ですね。
「良かった。急ぎの患者が多くいまして、手を借りたくて、その、あの」
「わかりました。今から向かいましょう。ジョン、いますか?」
私が呼びかけると、ジョンが2階から顔を覗かせます。
「どうしたシスター?」
「診療所のお手伝いに行って来ますので、留守をお願いします」
「わかったー」
これでよし。
「お待たせしました。行きましょう」
緊急で私を呼ぶとすれば、恐らく虫下しでしょうね。
数多く、というのが気がかりですが。
「おおー、待っておったぞいティファレトちゃん」
「うげぇ.....」
「腹減った....でも食えねぇ」
「お待たせしました、ガーロンド先生」
診療所に行くと待っていたのは、いつもの白衣に剃髪、そろそろ高齢になるというのに背筋の伸びた、私が師と仰ぐ人間の1人ガーロンドです。
この街に来たばかりの頃に後見人になってくださり、様々な常識や知識を教えてくれた恩人ですね。
冒険者の依頼以外でも、時間に余裕がある時はここでお手伝いをしています。
おかげで街の人達は私を探す時、教会か冒険者ギルドか診療所に場所を絞るみたいです。
「こやつらはトルンの森を通った他国の商隊での。そこで生の果物を食べたのじゃ」
「あら」
「症状からみて、十中八九ハラヘリムシに寄生されておる。薬でも治せるが、急ぎだとゴネおっての。それでティファレトちゃんを呼んでもらったんじゃ」
「なるほど」
【ハラヘリムシ】
ハルフォンソの街から東にあるトルンの森。
そこには様々な果物が実る肥沃の土地なのですが、全ての果物が生で食べてはいけない事で街では有名です。
何故かと言いますと、ハラヘリムシなどの寄生虫の温床だからです。
ハラヘリムシは人間の胃酸をものともしない非常に小さな寄生虫でして、果物と共に胃に侵入した後、胃と腸を行き来しながら宿主の消化した食物から大半の栄養を盗み取ります。
そうして宿主を餓死させた後、宿主の背中が割れ、沢山の蝶のような成虫が飛び立つというわけです。
そういうわけなので、トルンの森の果物は必ず火を通すか蒸してから食べましょう。
「薬だと完治に1週間はかかるからの。即効性では奇跡の恩寵にはとても敵うまいて」
それでは早速準備に取り掛かりましょう。
「お、おい....本当に大丈夫なんだろうな?」
「なんでこんな事に....」
「うぅ.....」
男性も女性も分け隔てなく、下半身を露出させて椅子に縛って並べられます。
なんとも変な光景ですが、即効性の治療と言うからには仕方ありません。
「それでは....」
私は目を閉じ、祈りの言葉を口にします。
神に乞い願い、ついでに溜息を聞きながら祈りを深めていきます。
「報せよ......」
そうして許可を得て、神のもたらす恩寵を世に発現させるべく合図を言葉にします。
「芳香〈おとない〉」
奇跡が発現し、私の全身、特に指先から爽やかな乳のような匂いが立ち込めます。
「おごっ!?」
そのまま指先を中年男性にねじ込みます。
すると.....
「おげぇえええ!おごろろろ!」
出ました出ました。
上から下から極小の芋虫が大量に排出されていきます。
何を青褪めているのです?次は貴女ですよ?
「い、いや.....」
む、口を閉ざさないでください。
「何しとるんじゃ。お主らが望んだんじゃから観念せい」
ガーロンド先生、ありがとうございます。
ガーロンド先生が鼻をつまんだ事により口が開き、その隙に指を喉奥まで突っ込みます。
「げげぇええええ!」
「やっぱり神の御力は凄いのぉ」
そうでしょう、そうでしょう。
人間の英知も素晴らしいですが、神の偉大なる御力だって素晴らしいのです。
その後、吐き終わって気絶した人達を運び、後始末をして教会に帰ったのは翌日でした。
商隊の人達も体調が戻った様子で何よりですね。
もうトルンの森で生の果物を食べてはいけませんよ。




