第九話・教師は語る「この健全な学園にイジメの事実は確認できなかった」と……うっせぇ!ブッ壊す!
魔王の仮面を付けたアマラン・サスが、メリメ・クエルエルをハグしながら言った。
「次は何をブッ壊すの?」
母親の腕に抱かれながらメリメが言った。
「学校のイジメ構図をブッ壊す……基本のブッ壊しだぜ」
メリメの話しだと、子供のイジメ構図を、他者が見て見ぬフリをすれば、成長した子供たちが社会に出てからもイジメの構図社会を構築してしまうと語った。
「なるほど、面倒に巻き込まれるのを嫌がった大人を一掃するのね……思った通りにやりなさい」
「おうっ、この腐った国をブッ壊してやるぜ!」
メリメ・クエルエルは今回の計画に必要な人材で、呼び寄せたのは、異世界楽器奏者【わがままな美人デンドロビウム】だった。
◆◆◆◆◆◆
寄宿舎がある宮殿一族の者が、学園長を務めているレンガ作りの学校にメリメたちは、やって来た。
校門の所で校舎を眺めている【わがままな美人デンドロビウム】が呟く。
「この学校は、監獄の鳥カゴ……嫌な臭いがプンプンしてくる、アタイの熱いビートで定めの生徒の足枷をブッ壊してやる」
デンドロビウムは、随所が擦れて破れた古着で少し変わったデニムを穿いていた。
太モモの辺りで切断されたデニムで、上下を鎖で繋いである。
上半身は素肌の上に直接デニムのベストを着用していた。
胸の間を露出させたベストの胸部は、二本の鎖が懸け橋のように繋いでいた。
髪の一部がピンク色に変色した、長身のデンドロビウムの手には弦が付いていないエレキギターのような楽器が握られていた。
玄関でメリメ、ロベリア、ジャスミン、デンドロビウムの四人が待っていると、一足先に学園に潜入して転入の手続きを済ませてきたアルケミラが歩いてきた。
校門の鉄柵をスライドさせて開けたアルケミラが言った。
「催眠と洗脳の異能スキルで、学園の大人たちに我々が生徒だと思い込ませてきました……これで、学園内で自由に行動ができます。ついでに寄宿舎の部屋も確保してきました」
手の平に拳を打ちつけてメリメが言った。
「オレさまにとっては、生まれて初めての学校生活だぜ……ニワトリの世話をしていたオレの体の庶民娘も、正式な学校には通っていなかったみてぇだからな……楽しみだ」
◇◇◇◇◇◇
学校の敷地内に入ったメリメたちは早速、風紀教師からの洗礼を受けた。
「そこの、あなたたち……なに、その格好と髪色は? 学校指定の制服はどうしたの?」
メジャーを持った女性教師が、メリメに近づいてスカート丈を計る。
「膝が出すぎている、校則ではスカート丈は膝下……それに、学校指定はスニーカーでブーツでは──なにそれ? 尻尾と耳は取りなさい!」
口うるさい風紀教師は、デンドロビウムの方にも近づいて弦が無い異世界ギターを奪おうとした。
スキンスーツでボディラインがはっきり出ているジャスミンが、教師とデンドロビウムの間に入って説明する。
「わたしたちは、演劇部です……これは、演劇の衣装です、見逃してくれよぅ」
風紀教師の視線が、今度はジャスミンの肢体に注がれる。
「あなた、下着は? なんてハレンチな格好を……下着をつけなさい!」
口やかましい、風紀教師に向かってアルケミラが目の模様が浮かび上がった手の平で、教師の目元をつかみ隠して言った。
「校則には違反していない……この自由な服装は、校則でも生徒の個性として認められている」
アルケミラが女性教師から離れると、催眠洗脳された女性教師が惚けた表情で言った。
「ええっ……何も問題はありません、学業に励んでください」
風紀教師が去ると、デンドロビウムは吐き捨てるような口調で。
「ケッ! うっせぇ……生徒にパッションが欠落している学園だ」
そう言った。
◇◇◇◇◇◇
宿舎の部屋に入った、メリメが室内を見て言った。
「オレの頭部がいた、監獄宮殿の部屋よりも狭い……オレの身体が寝起きしていた、屋根裏部屋よりも広い」
部屋にいるのは、メリメとロベリアと、デンドロビウムとジャスミンと、アルケミラの五人……アルケミラは男性だが、異世界の宿舎では関係ない。
二部屋をぶち抜いて繋げた宿舎部屋を、学園をブッ壊すまで利用して計画を進める。
アルケミラがメリメに訊ねる。
「まずは、何からやりますか?」
「カッカッカッ……学園の生徒の頂上……生徒会を乗っ取って情報収集をする、この学園の生徒構造を把握するぜぇ」
「一つだけ、いいですか……これは、わたしの個人的な考え方だと聞き流してください『弱肉強食な生物界の本質は弱者の排除……その、生物が本質に人間も支配されている部分もあるのではと』……もっとも、イジメの構図は人間の場合は加害者と被害者、両者の心に悪影響を残しますが」
「なんかよくわからねぇが、わかった……オレ流の方法で構図をブッ壊してやるぜ」
◇◇◇◇◇◇
生徒会を乗っ取って、学園内部の潜入し調査をしていくと。
さまざまな、問題点が露見してきた。
水面下で行われている生徒階級の存在。
陰険で悲惨なイジメの実態。
教師たちの面倒には巻き込まれたくないという、安牌主義の見て見ぬフリの対応。
数名の生徒は、不登校や引きこもりになっていて……数名の生徒の自殺もイジメとは無関係として、処理されていた。
ロベリアやジャスミンから、報告を聞いたメリメは激しく生徒会室の机上を足で踏みつけた。
「想像していた以上に腐った学園だぜぇ……カッカッカッ」
ロベリアが、報告の最後につけ加える。
「性的な乱れもあったぜぇ……生徒、教師関係なく……ついでに金銭の横領を長年続けている者もいたぜぇ、どうするメリメ?」
「根本的な学園の意識改革が必要だぜぇ……毒薬に近い、劇薬投薬が必要だぜぇ……イジメの加害者と被害者の心を同時に助ける」
「どうやって? 生徒相手にオレの策略は使いたくねぇな……今回はメリメの考えに従うぜ」
「カッカッカッ……実はまだ、具体的な計画はなーんにも考えてねぇ……カッカッカッ」
そう言って、メリメ・クエルエルは腰に手を当てて哄笑した。
◇◇◇◇◇◇
数日間が経過した──なんの計画も思いつかないメリメは、校舎の裏側を歩いていた。洋風屋根の建物にある、一部の長いバルコニーの柵を越えて立っている女子生徒の姿が見えた。
「ありゃあ、自殺希望の生徒だな……しゃーねぇなぁ」
メリメは近くにあった、学園創立者の胸像を台ごと引き抜いて脇に抱えると校舎に飛び込んで階段を駆け上がり、自殺希望者がいるバルコニーの階に到着した。
バルコニー屋上に出たメリメは、学園創設者の胸像がくっついた台を、ジャングラーでもするように空中でクルクル回しながらバルコニーの柵を越えて、狭い場所に立って地面を見つめている女子生徒に近づいて言った。
「よっ、そんな所でなにをしているんだ?」
振り返った、暗い表情の女子生徒は、空中で胸像を回転させているメリメを見て驚く。
「なんで、そんなコトが……放っといてください……あたし、これから自殺するんですから」
「ほぅ、やっぱり自殺希望者か」
「希望者なんかじゃありません! 誰が希望を持って自殺なんてするモノですか!」
胸像台を天秤担ぎしたメリメが、好奇心に満ちた視線を女子生徒に向ける。
「早く飛び降りろよ」
「えっ?」
「別に止めはしねえよ……一度、自殺する者を前々から、見たいと思っていたところだぜ……ほれほれ、いい具合に風も吹いてきた」
頬をヒクヒクさせながら女子生徒──後に美魔女の小屋に住み込みで、雑用をするコトになる【ワスレナ】と名乗る女子生徒が、涙目で訴える。
「毎日、毎日、陰惨なイジメを受けて……それでも、心折れても奨学金をもらっているから、学校に通わなければならない地獄……こんな腐った学園なんて無くなってしまえばいい」
「定番の生き地獄か……いっそうのコト、学校辞めちまう選択肢もあるぜ──自殺したら、すべてが消えて本人はスッキリするがな……その代わり、他の者の人生にも影響が出るぜ……まっ、死ぬ人間には後のコトがどうなっても関係ねぇか……ほれほれ、早く飛び降りろ空飛べるんだろう」
「バカにしないでください! 空なんて飛びません!」
ワスレナが生気に満ちた声で怒鳴る。
「勝手なコトばかり言わないでください! 死にたい人の気持ちなんか、あなたにわかるはずが!」
「わかるぜ、オレは一度、首を刎ねられて処刑されているからな」
「なにを、ふざけたコトを……あッ⁉」
怒鳴った拍子に狭い足場から、バランスを崩したワスレナの体が、地面に向かって落下していく。
咄嗟に、駆け出したメリメもワスレナを追って、空中に飛び出す。
胸像の重みで、メリメの方がわずかに早く落下速度が上がり、落下していくワスレナを追い抜く。
追い抜きざまにメリメが言った。
「よっ、また会ったな」
胸像を放り投げたメリメは、空中でワスレナの体を抱えると回転して、地面に激突してワスレナを守った。
「残念だったな……自殺しそこなっちまって」
メリメ・クエルエルの腕の中で、大きく震えながら号泣しているワスレナにメリメが言った。
「オレに全部、心の中に溜まっているコトを吐き出して話しちまぇよ……力になれるかも知れねぇからな……一度飛び降りて自殺した、あんたなら話すコトくらい簡単だろう」




