第二十七話・夢の世界で堕ちた地獄をブッ壊す!
穏やかだけれど、汗ばむ気候の午後──メリメ・クエルエルは、美魔女小屋の裏にある、ハンモックで揺れながら白日夢を見ていた。
木漏れ日の中で、森を吹き抜けてくる風は、時に涼風、時に熱風だった。
「熱い……寒い……溶ける……寒い……凍る」
少しうなされながらメリメが見ている夢は、地獄に堕ちた悪夢だった。
★★★★★★
激流の大河を強靭な体力で泳ぎ切ったメリメは、石が積まれた河原の向う側に広がる不思議な花畑を見ていた。
こちらに向かって手招きをしている亡者たちに向かって、メリメは持ち上げた巨石を投げつける。
慌てて逃げる亡者たち、逃げ遅れた数名の亡者が大岩の下敷きになる。
「カッカッカッ……行くか行かねぇかは、オレが自分の意志で決めるぜ!」
メリメは、河原で石を積んで遊んでいる子供たちを、優しい目で眺めた。
その時、鬼の角を生やした監獄宮殿の兵士たちが、河原に走ってきて子供がせっかく積み上げた石を蹴飛ばして崩した。
鬼兵士の行動に大泣きをする子供たち。
それを見たメリメの怒りが爆発する。
「てめえら、人間じゃねぇ! 子供相手になに大人げないコトをしてやがる!」
河原に生えていた、衣服が下がった木を引き抜くと、ブンブンと振り回して、鬼の兵士たちをブッ飛ばす。
濡れた衣服を木にかけて乾かしていた奪衣の老婆が、泣きそうな顔でメリメを見る。
鬼兵士の増援部隊が河の向こう岸に集まってきたのを見たメリメは、河原の平らな石を拾うと。
水切り遊びの要領で、向こう岸に立つ鬼兵士の体を、水面を跳ねて飛んだ石で貫通させて倒した。
「カッカッカッ……どうせ夢の鬼だ、死んだってかまわしねぇ」
鬼の兵士をすべて倒したメリメは、河原から見える門とその先の、立派な建物に向かって歩きはじめた。
メリメは、見上げるほど巨大な門に刻まれていた文章を読む。か「『この門をくぐる者すべての希望を捨てよ』か……しゃらくせぇ」
メリメは、冥界の門をブチ壊して先へ進む。
立派な建物に入ったメリメは、威張り腐ったメタボ男の前に来た。
メリメを案内して来たのは、虎柄のビキニ姿で鬼の金棒を持って頭に角を生やした、マリー・ゴールドだった。
虎ビキニのマリーは、自分のビキニの胸と股間を触る。
「胸は膨らんでいる、男のモノはついていない……よし良かった、このビキニ着ている時が、男じゃなくて」
メリメは、メタボな閻魔を見て言った。
「ノブタメタボだ」
「誰が、脂身ばかり食べて、ゴロゴロしてブクブクしているブタ野郎だ!」
「そこまでは、酷いコトは言っていないぜ」
ノブタメタボ閻魔が、一枚の姿見鏡を指差して言った。
「さっさと、その鏡の前に立て……おまえの生前の罪が映し出される」
「カッカッカッ……そりゃ楽しみだな」
メリメが業鏡の前に立つと【浄玻璃】の鏡に亀裂が走って割れた。
杖の上に、女の首と男の首がついた、人頭の杖がわめき出す。
「鏡が割れた、鏡が割れた!」
「大変だ! 大変だ! 天秤で心臓を量れ! 悪い心臓を食べる、魔獣のアメミットを連れてこい!」
ノブタメタボ閻魔が、長い柄の天秤を手で持って吊り下げて、片方の皿に一枚の羽毛を置いた。
「さあ、この天秤の空いている皿に、おまえの心臓を乗せろ……どれほどの罪があるのか調べてやる」
夢の中のメリメは、口から吐き出した重金属の心臓を、馬の耳と尻尾を生やした女王カラン・コエの馬頭に渡す。
メリメの心臓を受け取ったカラン・コエの馬頭は。
「重っ⁉」そう言って、なんとか必死に天秤皿に乗せる。
その途端、超重量に傾いた天秤の重さに床が抜けて、ノブタメタボの閻魔大王は数枚の床を突き抜けて落ちていった。
「うわぁぁぁ! あばばぁばばばっ!」
一度、あまりの寒さに口が開かずに「あばば」としか言えない【阿婆婆地獄】に留まってから、さらにメタボの重みで床が数枚抜けて。
最下層の、霧の国ニヴルヘイムの寒気が流れ込む極寒の【第九階層コキュートス】まで落下した。
閻魔庁の開いて冷気が吹き出してくる床穴をメリメがふさぐと。
今度は罪多き心臓を食べる、エジプト地獄の魔獣【アメミット】が、柱の後ろからのっそりと現れた。
ワニ、ライオン、カバが入り混じった奇妙な姿をしたアメミットは、メリメの心臓が落ちていないのに気づくと、メリメ自身を食べようと口を大きく開く。
その時、横から飛んできた。
プロレスラー姿の【王者の風格プロテア】と、機甲姿の【風変わりなヘリコニア】が、アメミットをブチのめす。
豪快なプロレス技で、アメミットを血の池地獄に沈めたプロテアにメリメが言った。
「カッカッカッ……夢の中の地獄にまで来てくれたか、こりゃいい十三毒花と一緒に地獄をブッ壊しやろうじゃねえか」
【粘着のシレネ】や【黄金の太陽ヘリクリサム】などの十三毒花や、エリカ・ヤロウやワスレナの仲間もメリメの夢の中に次々と集まって来た。
「カッカッカッ……常世国とか黄泉国とかの、元々天国と地獄の区別が無かった時代に地獄を変えちまおうぜ」
地獄の針の山や、剣の山や剣の樹、燃え盛る炎の地獄や氷の地獄が、次々と攻略されていく。
鳴り響く【わがままな美人デンドロビウム】の地獄のロック。
地獄の沙汰も金次第……【魅力ある金持ちラナンキュラス】の無限金銭バラ撒き。
人喰い巨人のトリガラガイコツ鬼も倒され……地獄は次第に、天使の梯子の明かりが差し込む、明るい世界へと変わりはじめてきた。
地獄の番犬軍団──四つの目を持つ、マダラ模様の二匹の地獄の番犬【サーラメーヤ】や、胸部を血に染めた地獄の猛犬【ガルム】三ツ首【ケルベロス】と、その弟で二つ頭の【オルトロス】が、メリメたちに牙を剥く場面では、動物好きな美魔女アマラン・サスが犬たちを手なづけて愛玩犬に変えた。
「よしよしよし、いい子、いい子」
頭や喉を撫でられて、尻尾を振る地獄の番犬たちは寝転がって、無防備に腹をアマラン・サスに見せて甘える。
「よし、よし、よし……可愛い、可愛い」
地獄の随所にロータスの花が咲き、明るくなった空に天女と天使が舞い踊る。
様相が一変した地獄の夢の中で、メリメ・クエルエルは腰に手を当てて笑う。
「カッカッカッ……ジゴクをブッ壊して変えてやったぜ! この調子で宇宙に進出して、銀河系もブッ壊して変えてやるぜ……カッカッカッ」
大きく仰け反って笑ったメリメは、そのままハンモックから転げ落ちて目が覚めた。
「めちゃくちゃ楽しい夢だったぜ……いつかは、本当に地獄や宇宙をブッ壊してみてぇな」
そう言って、木々の枝葉の間から見える青空を見て、メリメは爽快な顔で微笑んだ。




