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第十六話・元十三毒花の一人【嫉妬のマリー・ゴールド】再登場

 監獄宮殿の円卓室──一族の紋章が描かれた紙を顔に張って人相を隠した、監獄宮殿一族の者たちが円卓に座り重い空気の中で沈黙していた。


 一人の男が、地の底から聞こえて来るような低い声で言った。

「まさか、監獄ダンジョンまで壊されるとは……想定外だ」

 一族の女性が言った。

「早急に手を打たないと……いずれは、この監獄宮殿に乗り込んできて、宮殿もブッ壊されますよ」


「わかっている、あの気弱なメリメ・クエルエルが、ここまで強気な娘に変貌するとは……想定外だ」

 別の男が想定外男に訊ねる。

「何か対策の考えはあるのか?」

「何も考えていない……想定外だ」

「あんたは、いつも想定外だな……その言葉で誤魔化して逃げてばかりだ」


 その時──部屋の扉が開いて、顔に一族の紋章が描かれた紙を張った、腰にレイピア剣を吊るした若い男が入室してきた。

 男を一目見た、一族の者が静かな口調で言った。

「ここへの出入りは禁止したはずだ……なぜ来た」

 男は顔に張ってあった紙を剥いで捨てる……紙の下から、粘着のシレネと尖塔で対峙して取り逃した男の顔が現れる。

 男が言った。

「ウチが、メリメ・クエルエルを仕留めてきましょうか」

「おまえがか? 一族の変わり種のおまえが? できるのか」


「この姿に変われば」

 男の姿が──髪が伸びて男から女へと変わる。

 男装の麗人剣士になった元男が、自分の股間を撫でて言った。

「よし、ちゃんと無くなっている……女になった」

【嫉妬のマリー・ゴールド】──監獄宮殿の一員でありながら、その昔は十三毒花の一人として所属していた変り種……女になれば剣聖レベルの剣の腕前。


 女体化したマリー・ゴールドに、一族の一人が言った。

「想定外だ……よし、そこまで言うなら、メリメ・クエルエルの討伐を任せる、討ち果たすまで宮殿には帰ってくるな……裏切ったら、わかっているだろうな」


 マリー・ゴールドは、自分の胸を揉み回しながら返答する。

「覚悟の上だ……よし、胸も膨らんで女になっている」

 そう言い残してマリーは、円卓部屋から出ていった。


   ◇◇◇◇◇◇


 監獄宮殿の地下にある牢獄を改装した自分の部屋に戻って、身支度を整えたマリーは、古い革のカバンを開けて中に入っていたモノを眺める。

「まさか、コレをまたウチが頭にかぶる日が来るとは」

 カバンを閉めたマリーは、大荷物を持って宮殿の普段は閉じられている門に向かった。

 マリー・ゴールドの姿を見た門番が、マリーに向かって敬礼をして訊ねた。


「ずいぶんと、荷物が多いんですね」

「ウチは、男物の服と女物の服の両方を持っていかなければならないからな……世話になったな」

「御武運を祈ります」

「メリメ・クエルエルが、次にブッ壊しを狙うのは〝監獄ダム〟だろう……ダムに向かう前に討つ」


 軽く手を挙げたマリーの前に馬車が停車して、マリー・ゴールドはメリメ・クエルエルを倒すために旅立った。


  ◇◇◇◇◇◇


 黒ユリ森、美魔女の小屋──悪意のロベリアが、テーブルの上に広げた地図の一箇所を指差して言った。

「ここ、ここにある貯水のダムを、ブッ壊す計画だけどよ……もう少し考えた方がいいぜ」

 メリメがテーブル肘をついて、地図の上でロベリアと腕相撲をする。

 加減していてもメリメの力がまさって、ロベリアの体は回転して床に落ちた。

 立ち上がったロベリアが、懲りずにメリメの腕相撲に挑戦する。

 ロベリアの汗ばむ手を握りしめながら、メリメが質問する。


「監獄宮殿の一族が支配して、下流の村々の農業用水量を調整して、高額な水使用料を徴収しているダムをブッ壊すコトに何か問題があるのか? 自然の水は本来、無料で誰が使っても自由なはずだぜ」


「理屈的にはそうだけれどよ……皮肉にも、あのダムには、もう一つの重要な役目があるんでぇ」

 メリメが力加減した手の甲を、ロベリアは地図の上に押しつける。

「どんな、役目でぇ」

 ロベリアの手を押し戻すメリメ。

「大雨が降った時の洪水を抑える役目が、あのダムにはあるんでぇ……ダムを破壊するのは、両刃の(つるぎ)だぜ……利点と欠点の両方がある」

 手を離してメリメが言った。

「何かいい方法はあるか?」

「それを、今考え中だ……もう少し、考える時間が欲しいぜ」


  ◆◆◆◆◆◆


 監獄ダムのブッ壊し計画が停滞したまま、数日間が経過した──ロベリアは、ずっと部屋にこもりっきりで、地図を睨んでいる。


 小屋の外をホウキで掃き掃除をしていた、ワスレナが近くの薪の上に座っているメリメと会話する。

「ロベリアさん、かなり悩んでいますね」

「そうだな……なんでも噂では監獄ダムは、本当に囚人を拘置しおく、強固な監獄部屋が昔あったらしいぜ……今はダムの水面下だがな」

「それ、あたしも授業で習いました、監獄宮殿一族に歯向かった者が主に投獄されていた……と、水牢だったみたいで」


 メリメとワスレナがそんな会話をしていると、嫉妬のマリー・ゴールドが森の道を歩いてきて現れた。

 メリメとワスレナの前にやって来た、マリー・ゴールドは自分の胸を揉み股間を擦る。

「よし、胸は膨らんでいる、股間のモノは無くなっている……女の体だ」


 マリー・ゴールドの奇行にワスレナが引く。

「なんですか? あなた、自分の体を確認して?」

 マリー・ゴールドはワスレナの問いを無視して、取り出した手配書に描かれているメリメの人相書きと、メリメの顔を見比べて言った。

「間違いない、メリメ・クエルエルだ……荷物はダム近くの村の宿屋に預けた、ここでメリメ・クエルエルを始末する」

 レイピア剣の柄に手を添えて、構えるマリー。

 そのマリーの肩を足を忍ばせて近づいて、肩を軽くポンポンと叩く人物がいた。

「見覚えがある後ろ姿だと思ったら、やっぱりマリー・ゴールドだ……元気していた?」

 屈託(くったく)がない笑顔のジャスミンに肩を叩かれた、マリーは横に飛びのけて悲鳴を発する。


「しまった! 女に触られた!」

 マリーの女体化した時に伸びた分の髪が切れて落ちて、男の姿に変わる。

 慌てて胸と股間を触って確認するマリー・ゴールド。

「胸がない! アレが股間にある! 男の体だ、ひぃぃぃ!」


 マリー・ゴールドは黒ユリ森の道を、走って逃げて行った。

 逃げていくマリー・ゴールドの後ろ姿を眺めながら、ジャスミンが呟く。

「相変わらず、女の時の背後は無防備なんだから……女の姿の時は前方は剣聖レベルなんだけれど、背後が隙だらけ」


  ◇◇◇◇◇◇


 美魔女の小屋に外にいたメリメと一緒に入ったジャスミンが、表でマリー・ゴールドに会ったとアルケミラに伝えた。

「そうですか……嫉妬のマリー・ゴールドが来ていましたか」

 メリメがアルケミラに訊ねる。

「マリー・ゴールドって何者なんだ?」

「昔いた十三毒花の一人です……ロベリアが十三毒花に加わって、女性の人数が増えたので自分から抜けました」


 アルケミラの話しだと、マリー・ゴールドは女体化剣聖の時に、女に体を触られると、非凡な剣の腕前の男に戻ってしまうらしい。


「女になる時は自分の意志で自由に女体化できるんですけれどね──女に触られると、マリー・ゴールドは強制的に男に戻ってしまうんです」

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