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第3話

 翌朝、流灯凛花は都城大学前駅の改札を通り過ぎた。いつもと変わらない朝だが、依頼を受けて、少し緊張していると感じる。


 学校へ向かう道で、前方に法条の後ろ姿を見つけた。だが、学校生活の中では、凛花は法条に声をかけることはまずない。法条も凛花に声をかけることはない。


 学校内では、お互いがバディで、エージェントであることは秘密だった。それは、しらゆきに紹介されて、二人がバディを組むことになった時に決めたことだ。


 だが、凛花は、昨晩、彼がよく寝られたのかは気になっていた。あとで、携帯端末からSNSで確認しようと思う。異能を使ったから大丈夫だとは思うが。



 二時限目と三時限目の間、つまり休み時間。


 凛花は、職員室に用があり訪れる。その近くの廊下の一角で、夏川一葉が保健体育教師の賭崎と会話をしているのを目にした。彼女はひどく怯えた表情で、賭崎に封筒を差し出している。


 友人と、そして依頼されたターゲットが接触していることに、驚いた。そして、しらゆきの『君たちの学校の生徒も餌食になっているかもしれない』という言葉を思い出す。


 賭崎は、一葉から奪うように封筒を取ると、中身を確認していた。彼の表情が怒りを示す。一葉は平謝りしていた。賭崎は何か言うと、封筒を持ったまま、その場を立ち去って行く。


 一葉は言われたことがショックだったのか、肩を落とし青白い顔になっていた。


 凛花の切れ長の目が、一層鋭くなる。


 *


「一葉、一緒にお弁当食べよう」


 凛花は、落ち込んでいる夏川一葉に声をかけた。今は昼休みだ。彼女を校舎と校舎の間の中庭に連れ出す。そこのベンチに揃って腰掛けた。


 元気のない一葉だったが、中庭の緑が清める空気と太陽光の温かさで少し気分が良くなったようだ。凛花に話しかけてきた。なんとか平静を保とうとしていうようにも見える。


「……凛花は、自分でお弁当作ってるんだよね? すごいよ」


 凛花は合気道の朝練がない日は、自分で弁当を作っている。父親の分もついでにだ。長期入院している母が、元気な時は父に作っていたのを知っていたからだった。「一人分も二人分もたいして変わりないわ」と母が言っていたのを思い出す。そんなことはなかった。料理をするのも、弁当箱に詰めるのも、大変だった。いまでこそ慣れてきたけれども。


「じゃ、凛花お手製の卵焼き、食べてみる? はい。あーん」


 そう言って、凛花は卵焼きを箸でつまみ、一葉の口に持っていく。少し照れた一葉は卵焼きを口にした。


「美味しい。あ、中にチーズが入ってる」


 卵焼きを食べ終えた一葉の顔が綻んだ。


 そのタイミングで、凛花は異能を使う。一葉は目を瞑り、身体が少し左右に揺れた。催眠状態だ。


 そして、凛花はいくつか彼女に問いかける。その答えを知るごとに、凛花の心の中では、怒りの炎が強くなっていった。


 凛花は軽く手を叩く。その合図で、一葉の目が覚めた。


「今度、一葉の分もお弁当作ってあげようか?」


「ええッ! お父さんのも作ってるのでしょう? 大変だよ」


「ううん。一人分増えても、たいして変わらないよ」


 凛花は微笑んで、ささやかな優しい嘘をついた。


 *


 放課後。カフェ『フェイブル・テイル』で、凛花と法条は待ち合わせをしていた。凛花が、法条をSNSで呼び出した形だ。


 先に到着したのは、凛花だった。前と同じテーブルを選び、同じ席に着く。五分ほどして、法条が店内に入ってきた。凛花の対面に座る。なんだかお決まりの形。


「流灯、なんかあった?」


 平静を装っていた凛花を見て、法条が告げた。


「……うん。私の友だちに……賭崎が、危害を加えていた」


 凛花の表情がきつくなる。押さえ込んでいた怒りが吹き出す様に、そうさせる。


「そうか……。詳しく聞いてもいいか?」


 法条の低く落ち着いた声で、凛花は自分の感情に気づいた。そして、日中に知ったことを話す。賭崎の異能は、一葉から聞き出せなかったことも添える。


 彼は、静かに聞いていた。


「……状況は、わかった」


「一刻も早く、賭崎を倒したい。許せない。好き放題させない」


 凛花は、テーブルの下で強く拳を握る。


「流灯。ぼくは、それを否定する」


 法条が告げた。凛花は驚いて、法条に目を合わせる。


「賭崎の異能がまだ不明だからだ。ただでさえ、君と賭崎では体格差がある。彼は成人男性な上に体育教師だ。しらゆきからの依頼も二週間以内だった。もう少し調査をしてから、仕掛けよう」


 その言葉に、凛花は返す。真剣な顔だった。


「でも法条くん、一葉は今週末バスケ部の試合に出るの。一年生で一人だけレギュラーなんだよ。こんなんじゃ試合で力、出せないよ。なんとかしたい」


 法条は、息を吐き、左目を閉じる。二人のテーブルは、静寂に包まれた。



「……わかった。明日の放課後、校内の人気のないところに賭崎を呼び出す」


 そう言うと、法条は鞄からノートパソコンと腕時計型端末を取り出した。言葉を続ける。


「今から発信元を偽装して賭崎へメールを入れる。夏川を脅していたことをほのめかせて呼び出すよ。じゃ、いつもどおり、これを」


 法条は、凛花に腕時計型端末を渡した。


 凛花はうなずく。そして、鞄からクッキーが入った袋を取り出して、法条の前に置いた。


「あっ。ありがとう。……明日の放課後は、図書室に引っ込んでいるから」


「うん。法条くん、わがままを聞いてくれて、ありがとう」


 *


 翌日の放課後。


 法条はクッキーを食べながら、図書室に向う。凛花へSNSのチャットで、準備ができたこととクッキーが美味しかったことを伝えた。



 凛花は、賭崎を呼び出した空き部屋の近くで待機している。その部屋は出入口が一つしかない。つまり、先に賭崎を入れてから、逃さないように対決する狙いだった。


 賭崎が入ったのを確認し、すぐに凛花も部屋に入る。扉を閉めた。その音に賭崎がふり返る。


「賭崎先生がしたことは知っています。おとなしく罪を認めて、自首してください」


「なんだ、流灯か。呼び出したのは、お前か? 大人を脅すもんじゃない」


 突然、賭崎の形相が変わり、襲いかかってきた。だが、凛花は、得意の合気道で、いなす。対峙した形で、賭崎は言った。


「お前一人で、俺に勝てると思っているのか?」


 凛花は思う。一人じゃない、二人よと。

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